畳の日


 ~ 四月二十九日(金祝) 畳の日 ~

 ※羊質虎皮ようしつこひ

  外見は立派だが、中身が伴ってない




 駅ちかとは言えない程度の距離。

 田舎にしては不利な立地条件だというのに。


「こらてめえら! 仕事しろ仕事!」

「それが客に向かって言う態度か」


 すぐお隣りのブロックに建つショッピングセンターのユーザーさんには知らぬ者なし。

 休日ともなればこうして外まで行列ができる個人経営ハンバーガーショップ。


 ワンコ・バーガー。


 春先からお休みしっぱなしのお隣りのレストランに設置された屋外席も解放して。

 今日はご近所からクレームが来るほどの大賑わい。


「クレームはダメだろクレームは」

「だ、誰と話してるの……?」


 そんな店内、一番奥の席。

 俺の隣に座って限定ドリンクを飲んでいるのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「……飲む。という表現がシェイクに当てはまるのか甚だ疑問ではあるが」

「ねえ、さっきから一体だれと……」


 いつも、二人で客として利用する時は。

 さすがにすぐ、他のお客様に席を譲るんだが。


 今日はフルで四人座って。

 やたら高い限定セットを食ってるんだ。


 もう三十分程度なら。

 座っててもばちは当たらない計算だ。


 そして、今まで四人で座る時のメンバーは。

 凜々花と、親父か春姫ちゃんといった感じだったんだけど。


「…………せんぱぁい! お向いさんだなんて、運命感じちゃいますねぇ!」


 一人は、絶対に口の悪い悪態ばかりついてくると思っていた。

 小石川こいしかわ華瑚かこちゃん。


 そしてもう一人は。


「すまん。なんでこいつが黒かこじゃなくて白かこなのか理由を教えてくれ」

「本気で頼れるなあって、昨日言ってた」


 思わず目を丸くさせてしまうようなことを暴露してくれた。

 栗山くりやまみらいちゃん。


 そうか、小石川さんは裏でそんなこと言ってたんだ。

 そう言われると、なんでも頼ってほしいと思える男心。


「本気で頼れるなあって?」

「本気で頼れるなあって」

「そうかそうか。じゃあ俺が考案した『春の色どり虹いろシェイク』を御馳走してやろう!」

「都合のいい男として」

「…………ぎゃふんと言うべきか?」


 お好きにどうぞと、めんどくさそうに答えた栗山さんは。

 持ち込みのお茶をこっそり空のカップに注いで飲んでいる。


 そのお隣りも。

 無料の水と、このご時世でも未だに百円という信じがたいハンバーガーをトレイに乗せていた。


「金ねえのか。……居候させてもらってる身分だから?」

「そうなりますねぇ! でも、『春の色どり虹いろシェイク』を御馳走してくれるセンパイがすぐ目の前に住んでるなんて夢のよう!」

「ご馳走しねえよ? 席立つ前にネタ晴らし聞いちゃったから」

「ちっ。使えねえ男だな」

「慣れるとすげえ面白いな、お前」


 なんというか、特殊過ぎて。

 女の子コミュニティーからはすぐに弾き出されてきたことが手に取るように分かる。


 でも、さっきはテイクアウトのお婆ちゃんに。

 ちょっと休んでから帰れと声をかけて、椅子を貸してあげたり。


 秋乃並みに親切な子なんだけどな。


「ああそうか。それもパフォーマンスみたいに思われるのか、お前」

「は? 急になんだよ」

「そういうとこに栗山さんは惹かれて友達になったの?」

「最初に友達になったのかかこちゃんだっただけ」

「え?」

「他の子と仲良くするの、面倒なだけ」

「身も蓋もねえ」


 栗山さんの言葉に眉根を寄せた俺だったが。

 でも、秋乃はニコニコしたままだし。


 今のは、照れ隠しだったとか。

 そういう事なんだろうか。



 ……ゴールデンウィークは稼ぎ時とばかり。

 シフトに入ってる拗音トリオ。


 あいつらは分かりやすい性格してたからな。

 ギャップで、こいつらのめんどくささが際立ってる。


「そう? 最初はあの三人のこと、まるで理解できないって言ってたよ、立哉君」

「そこまではっきり考えてることが顔に出てた?」

「うん」


 聡い二人も、秋乃と同時に首肯すると。

 悪口を表情で口にしてた俺を非難する。


 そして、そんな彼女たちに援軍まで現れた。


「こらバカ兄貴の方! みらいちゃん苛めるんじゃねえ!」

「苛めてねえよ!」

「じゃあ口説いてたのか?」

「もっとちげえ!」

「てめえ、みらいちゃんに手ぇ出したらどうなるか分かってんだろうな?」

「ヤクザ口調で脅すんじゃねえよ。どうなるってんだよ」

「店長の親族になる」

「……肝に銘じておこう」


 この店に来る連中は、八割方が常連で。

 俺たちの大騒ぎに眉根を寄せるどころか。

 逆に楽しみにしているフシがある。


 だから、今の騒ぎも嫌がるどころか。

 逆に、店長の親族と聞いて。

 みらいちゃんに興味津々という様子。


「保坂君、新しい彼女?」

「店長の娘?」

「舞浜さんとの離婚調停?」

「ぜんぶちげえ」


 彼女じゃねえし。

 店長の姪だし。

 そして秋乃といつ結婚した。


 でも、そうか。

 改めてそう聞くと、変な感じ。


 栗山さんと結婚したら。

 店長が叔父さんになるってことか。


「知り合いと親族になるのって……。なんだろう、気恥ずかしくてものすごく嫌だ」

「そう?」

「しかも、そのうちカンナさんとも親戚になれるというポイントアフタータッチダウン付き」

「いいじゃない」


 頬をペッタンコにさせながら。

 『春の色どり虹いろシェイク』をすする秋乃は気楽に言うが。


「やっぱり嫌だな、そんな関係になるの」

「そうか。先輩を彼氏にすればおごってもらえる」

「一理あるな。……せんぱぁい! 彼女のあたしに、高そうなハンバーガーご馳走してくださぁい!」

「バイトでもして自分で稼げ。ああ、それこそここでバイトすりゃいいじゃねえか」


 そんな提案に。

 二人は顔を見合わせた後、大きなため息を吐く。


 一体どうしたんだと思っていたら。

 栗山さんが肩を落としながら話し始めた。


「家賃がわりに、ただ働きすることになってる」

「うわ。カンナさんの考えそうなことだな」

「で、でも……。それじゃ、お小遣いはどうなるの?」

「それで悩んでたところに救世主」

「待たせたなのセリフと共に颯爽と登場」

「俺を指さすな腹黒コンビ」


 たかろうとするんじゃねえよ。

 でも、救世主にはなってやろうかな、先輩として。


「ちゃんと給料もらって、そこから家賃を払うことにするようカンナさんに話しとく」

「おお! そんなことが!」

「きゃーっ! センパイ天才! 問題解決ですぅ!」

「まあ、先輩だからな。そして後輩たちへ、こんなものもプレゼント」


 そこまで話したところで秋乃にバトンタッチ。

 するとこいつは任しておけとばかりに胸を叩いたあと。


 口の中に入っていたシェイクをよく噛んで。

 散々待たせてから話を引き継いだ。


「ふ、二人からお引越しのお祝い……」

「金は俺。セレクトは秋乃」

「いい品みつけてきた……」

「あ……。うん」

「でも……」


 おや?

 飛び上がって喜ぶものだと思っていたら。


 意外や、後ろ向きなリアクション。


「悪い、何をよこす気だ? 部屋、狭いから大きなものは置けねえぞ?」


 ああ、なるほど。

 二人で一部屋だって言ってたもんな。


 プレゼントの選定は。

 秋乃に任せっぱなしで俺は聞いていないから。


 消えな物とかだったら、逆に迷惑になるかもしれん。


 でも、こいつは首を横に振って。

 にっこり微笑むと。


「お、大きいけど。邪魔にならない……」

「え? 大きいの?」

「それがどうして邪魔にならない?」

「敷くものだから」

「ああ、なるほどな。ラグ買って来たのか、秋乃」

「あ、これ、ラグって言うんだ……。初めて知った……」


 そう言いながら。

 店の最奥、物置スペースから引っ張り出してきた敷物は。



 虎のやつ



「うはははははははははははは!!! タイトル回収してくるかと思ったら!」

「なにかいしゅう?」

「いやこっちの話!」


 とは言え、なんてもん買って来るんだよお前。

 さすがに二人だっていらねえだろ、虎。


 案の定、顔を見合わせて眉をひそめる二人の姿。


 でも、返事は予想外の物だった。


「それ……、ちょっと欲しいんですけどぉ」

「欲しいのこれ!?」

「合わないかな」

「そうねぇ。合わないねぇ」


「「畳の部屋には」」


「こっちかよ!!!」



 仕方がないので。

 二人には『春の色どり虹いろシェイク』を御馳走してやって。


 虎は。

 我が家で引き取ることにした。



「おにい。このパジャマ、どうやって前とめるの?」


 そして凜々花の合宿荷物の中に。

 ファスナー付きの虎が入ることになった。

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