四つ葉の日


 ~ 四月二十八日(木) 四つ葉の日 ~

 ※花紅柳緑かこうりゅうりょく

  春の美しい景色のこと。




 それは。

 ただの偶然だった。


「にょーっ!! 四つ葉のクローバーみっけ!」

「にゅ! にゅ!」

「よし。じゃあ私も見つけてみよう」


 どんな小さなことでも楽しむことができる三人と。


「じゃ、じゃああたしは、そんなみんなの姿を必死に目に焼き付ける……」


 その三人を見ていることが最高の幸せという。

 舞浜まいはま秋乃あきの


 この組み合わせで一年間。

 大抵、どの部活を見学しても楽しく過ごすことが出来たんだが。


「ガキかよ」

「無駄な時間」


 興味のあることにはいかんなく才能を発揮する反面。

 食わず嫌いをしがちな二人が。

 俺の両脇でため息をつく。



 今日は部活は無いけれど。

 なんとなく、みんなで一緒に帰ろうという運びになった部活探検同好会。


 明確な目標があったり。

 人数の多い部活なら、考える必要もないけれど。


 いい加減で弱小な同好会だ。

 見学先に、こいつらの希望を。

 なるべく反映しないといけないのかも。



 そんな俺の考えが。

 こいつにはきっとお見通しなんだろう。


 秋乃は、ちらりと俺の顔色をうかがうと。


「あたしも探して来る……、ね?」


 通学路から丸見えのあぜ道に入って行って。

 長い髪を後ろに縛って、じっと地面とにらめっこ。


 どんなことでも、体験してみると楽しいよ。

 そう背中で語る秋乃だが。


 正直、この腹黒子ちゃんと。

 めんどくさがり子ちゃんが。


 素直に動くとは思えない。

 


 ……でも。

 ここはお前の考えの方が正解かもな。


 どんなことでも体験してみて。

 楽しさを感じ取る。


 二人には、人生を何倍も楽しむ方法ってものを。

 それこそ体験で学んでもらうのがいいだろう。



 だったら。

 最初の一歩を踏み出させるには。



「……おまえらもやってみれば?」

「え? きも」

「めんどくさい……」


 ここに凜々花がいたのなら。

 一緒に楽しむふりをしたであろう、仮面女の小石川こいしかわ華瑚かこ


 ここに春姫ちゃんがいたのなら。

 知的な話に好奇心がそそられていたであろう栗山くりやまみらい。


 でも二人はそれぞれ、チア部とマダミス同好会に入部届を出しに行ってるから。


 俺が何とかするしかねえ。


「しょうがねえ連中だな。じゃあ、あの四人より綺麗な四つ葉見つけたらアイスご馳走してやる」

「きゃー! 先輩のそういうとこ素敵ぃ!」

「さあ、どこにあるかな……」


 いい方法なのか、悪手なのか。

 それはまるで分からないけど。


 しばらくはエサで釣ることにしよう。


 まあ、そんな小細工も。

 長くは必要ないだろうけどね。


「やだ新田せんぱぁい! そんな綺麗な四つ葉、見つけないで貰えますぅ?」

「聞こえてたからね。アイスは私の物だ」

「秒で飽きると思ってたのに。これはなかなか……」

「にょー! みらいちゃんの視界内から横取りっ!」

「むむ。もっと集中しないと……」


 楽しんでもらいたい。

 そう思っているのは俺だけじゃなくて。


 そして、人は誰かと一緒に笑うことを。

 幸せと感じるものだから。


「よっしゃ来た! これどうだよ!」

「おお、綺麗じゃない。なんだか、見つめてるだけで幸せになれそう」

「発見。第一号」

「おめでとー!! 一つ見つかると、なんでか続けざまに見つかるからもっとさがしてみ?」


 始める前は。

 あれだけバカにしていた幸せの四つ葉探し。


 でも、二人が手にした小さな四つ葉は。

 間違いなく、幸せな笑顔を届けてくれたのだった。



 ……逆に言えば。

 見つけることのできないやつに、幸せは訪れない。


「ない……」

「まだですか? 舞浜センパイ」

「そろそろ行かないと、電車間に合わないです」

「にゅ」


 拗音トリオと。

 みらいと華瑚かこのタイムマシンコンビ。


 五人は見つけて来たのに。


 一人だけ仲間になれない不幸な子。


「あ、あたしもしかして、幸せになれない?」

「どうして四つ葉くらいすぐ見つけられねえんだよ」


 目を三つ葉に慣れさせて。

 ちょっと離れた位置から群れを眺めれば。


 不自然に十字が浮かび上がってきて……。


「ほらあった」

「そ、そんなあっさり……!?」

「コツ教えてやるから。また今度にしろよ」

「あ、あと一分だけ……!」


 揃って肩をすくめる後輩一同だったが。

 一年二人ですら、秋乃の気持ちを汲むことが出来たようで。


 文句も言わずに。

 心の中で応援している様子。


 もう、目的は達成できたよ。

 俺がそんな思いで見つめる中。


 残り十秒。

 タイムリミット直前で。


「あった!」

「「「おお!」」」

「見て! 見事なよつ……、五つ葉ぁ!?」

「「「うはははははははははははは!!!」」」


 いつもなら。

 本気かネタか悩ませてくれる秋乃だが。


 今日のは間違いなく。

 本気のリアクション。


「よ、四つ葉よりもっと幸せになる?」

「いや? 五つ葉は、お金持ちになれる」

「……幸せは?」

「その保証はないんじゃないか?」


 がーんと膝を屈した秋乃だったが。

 そこに手を差し伸べたのは栗山さん。


「舞浜さん。すごいのあげるから、元気出して」

「すごいの? 『幸せ』の『四つ葉』より?」

「その名も『完成』の『十葉』のクローバー」

「じゅ……っ!?」

「はいこれ」

「……葉っぱがチクチクして、現在あたしは不幸」


 みんなが大笑いする中で。

 涙目になる秋乃がタンポポをどう持ったものか首をひねる。


 仕方が無いから代わりに持ってやろうと手を伸ばしたんだが。


 こいつは首をふるふると振った。


 そして。


「く、栗山さんがくれた物だから、大事に持って帰る……」


 たった一言で。

 みんなに幸せを届けると。


 痛い痛いと呟く背中で。

 先輩らしい包容力を、みんなに教えてくれたのだった。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




「あれ?」

「あれ?」

「あれ?」

「あれ?」


 帰り道を御一緒しただけなのに。

 全員が同じ駅で降りたんだ。


 こうなって当たり前。


「二年トリオは引っ越しでもしたのか?」

「今日、制服の採寸するって事になってるんだ」

「ぼくも、こう見えて成長したからね!」


 横にか。

 なんて言葉を口にした日にゃ。


 女子一同から一ミリ間隔で切り刻まれる。


 それよりも。


「お前ら、同じ駅だったんだな」

「偶然ですねぇ! ……と、キモいの半々」

「よく声が簡単に切り替わるなお前」


 確か、遠くからわざわざこの学校にしたんだよな。


 その理由もうすうす察することができるけど。


「一人暮らし?」

「二人、同じとこ……。わたしの叔父さんのとこに下宿、的な」

「そうなんだ。じゃあ、俺はここで」

「あたしもここでぇ」

「わたしも……?」


 七人中、七人。

 同時に俺の家の前で手をあげて。


 一人は直進して、すぐに足を止めて振り返り。

 三人は店のドアの前で。

 俺は家の前で。


 そして、残る二人は。


「うそだろ?」

「…………こっちのセリフだ」


 ワンコ・バーガーの。

 二階へ続く外階段へと。


 その足を向けていたのだった。 

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