哲学の日


「いい方法、見つけて来た……」

「また? どれだけやっても無理だよ無理」

「そう?」

「だってあたしが外面ばっかいい顔するの、もう学校中のみんなにバレてるじゃねえの」

「……じゃあ、高校に入ったら試してみよう」

「あたしのことはいいから、あんたは友達作んなよ」

「友達、一人でいい。二人以上いると、めんどい」

「やれやれ……。それで? 今度はどんな作戦?」

「あなたにピッタリ……。外面を可愛くして、わざと聞こえるように悪態ついて……」

「いやまて本気!? ちょっとそのサイト見せろ!」

「あれ? ……見つからなくなっちゃった」

「あやし……」

「でも、試してみよう。上手くいくと思う……」

「作戦、最後まで聞いてからだからな?」



 遠い遠い。

 どこかの中学校。


 夕日の差し込む三年生の教室で。

 小さな悪だくみがその幕を開けた。


 一度読んだだけの記憶に。

 ぽつぽつとできていた空欄。


 その穴を、似た様なサイトの情報で埋めて。

 出来上がった作戦計画書を見つめながら。


 一人は満足げに頷いて。


 そしてもう一人は、小さな相方へ。

 ぽつりとつぶやいた。


「ほんと、ぴったりだな」

「演技いらない。腹黒いとこ、そのまま出せばいい」

「あたしじゃなくて。……あなた、ひたむきって言葉、知ってる?」

「めんどうなの、嫌い。NET情報まるパクリしか勝たん」

「ああもう、これで友達は一人だけって生活が三年間延長されたな」

「まあ、それはそれで」

「……別にいいけどな」


 そして同時に見つめる茜の空を。

 カラスが連れだって飛んでいく。


 一人は知っていた。

 ウソが得意でひたむきに友達を欲しがる相方なら見事にやり遂げてくれるであろうことを。


 そしてもう一人は知っていた。

 面倒くさがりで適当なくせにとびきり優しい相方なら、見事にやり遂げてくれるであろうことを。



 ……さて。


 『友達の作り方』


 それが炎上して消えてしまったのは。

 最後に紹介された一つの手法のせい。


 あまりにもずさんで。

 成功するどころか、余計みんなに嫌われたと叩かれた。


 そんな酷い作戦の。

 最後の挑戦者。


 彼女たちもまた。

 同じ運命を辿るのか。


 それとも。

 最初で最後の成功者となるのだろうか。



 今はまだ、誰にもわからないのだった。




 ~ 四月二十七日(水) 哲学の日 ~

 ※御推文字おすいもじ

  御推察の女性語。




「うはははははははははははは!!! だっさ!」

「い、一生懸命作ったのに、酷い……!」

「え? 俺を笑わせようとしてたんじゃねえの?」

「酷過ぎる……」


 それはそれは。

 昨日のおならに続いてごめんなさい。



 パソコン苦手なくせに。

 頑張ってホームページを立ち上げたこいつの名前は。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 どこから拾って来たのやら。

 空の画像をいっぱいまで引き延ばしたガサガサ背景に。


 よりにもよって水色で書いた。

 見づらいことこの上ないタイトルは。



 『友達の作り方』



「でもさ。紹介も説明もなしに、いきなり本文開始とか」

「だ、だって……。どう作ったらいいのか分からなくて……」

「しかも空の青さにエッジも無い黒文字じゃ読みづらいことこの上なし」

「だって……」


 よっぽど、昨日の一件が気に入ったんだろう。

 秋乃はその一部始終を余すことなく書き連ね。


 最後に、こうして二人にはお友達がたくさんできたのでしたとか。

 物語として締めくくっているけれど。


「……悪いことは言わん、すぐ閉鎖しろ」

「なんで……?」

「これを読んで、上手く友達が作れなかったという子が生まれたらなんとする」

「た、確かにそう……」


 誰かの人生を変えてしまうきっかけ。

 そんなものは、世にいくらでも溢れているけれど。


 もしも自分がそんなものになったらと思うとぞっとしない。

 そんな責任負えないよ。



 ……昨日の一件があったから。

 今日は、再戦を約束していたクイズ研との約束をすっぽかし。


 こうして、学校そばの河原でピクニック。

 それこそ部活探検同好会への勧誘活動だ。


「……私は、気に食わない所があったらズバズバ言うと思うがそれでも良いのなら」

「それじゃあ……!」

「……うむ。この活動を通してお前の良いところをいくつも見つけたからな。友達になってくれると嬉しい」

「ありがとうねぇ! 舞浜さん!」


 とは言っても、やっぱりメインはこっちだろう。


 友達宣言のおぜん立て。

 凜々花や春姫ちゃんも待ち望んでいた瞬間だけど。


 おそらく、俺や秋乃同様。

 長いこと友達を作りづらかったであろう小石川さんにとっては。


 忘れられない日となったはずだ。


 昼飯のついでに作ったスイーツの詰め合わせ。

 心地よい風がさざ波を立てる川面に反射する眩しい日の光。


 すべてが、今日という日を。

 九人の笑顔を祝福していた。


「ねえおにい。何度説明されてもよく分かんねえんだけどもさ」

「ん?」


 いやもとい。

 一人だけ、小首を傾げる美少女の姿。


「なにが分からねえって?」

「昨日の騒ぎの一から十まで」

「まじかこの子」

「じゃあ、保坂さんは、かこちゃんのお友達になってくれないの?」


 ポットから紅茶を淹れて手渡しながら。

 栗山さんが不安げに尋ねたが。


「へ? もうずっと前からお友達だって思ってたけど。違ったりした?」


 凜々花ならではの返事を貰って。

 嬉しそうに微笑んでいた。


「自分じゃなくて、あくまで小石川さんの友達になってくれたことが嬉しいんだな」

「うん」

「優しいね、栗山さんは」


 締まりのない自分の顔を自覚しながら語り掛けると。

 彼女は、いつものセーターの中に顔を半分うずめて逃げてしまった。


 でも、可愛いリアクションに和んでいた俺に。

 肘での横やりが飛んで来る。


「や、優しいのは小石川さん。ひたむきなのが栗山さん」

「なにその頑ななご意見」

「だって、あたしの中ではゆるぎない二人のアイデンティティー」

「じゃあお前は栗山さんは優しく無くて、小石川さんはひたむきじゃないっていう気なのか?」

「そうじゃないけど……」


 どうにも不服そうな秋乃だが。

 でも、確かにお前がそう言ってくれなければこの結末には辿り着かなかった訳で。


 俺は、殊勲賞のつもりで秋乃のために作ったフロマージュを。

 皿によそって渡してやった。



 ……俺たちが、ずっと付き合って来た。

 『友達』という言葉。


 その意味は千差万別だ。


 まず、知り合いに近しい意味合いから始まって。

 遠慮があって、自己犠牲があって。


 でも、衝突やすれ違いを経験して。

 素敵な景色を見た時に、アイツにも見せてやりたいとお互いに思える関係になる。


 無段階とも思える関係の変化。

 そのすべてを称して友達と呼ぶ。


 ……でも。

 多分、最初の一歩は確実に超えた。


 そんな『友達』が。

 今日はいくつも生まれたことだろう。



「さて、宴たけなわではございますが」

「にょーっ!? センパイ! もうちょっともうちょっと!」

「にゅー!」

「そうだよ。まだお菓子がこんなに余ってるし」

「ケーキよそっておいて、食べる時間なしとかそりゃないぜブラザー」

「非難囂囂」


 ちょっと冗談言っただけで。

 途端に汚染された和やか空気。


 そりゃあ、俺は空気読めないけどさ。

 推理くらいしか得意な物無いけどさ。


 でも部長なわけだし。

 これをやらないわけにはいかない。


「明日までだろ、入部届けの締め切り」

「にょ。そっちか」

「ああ、そのルール今年もあったんだ」


 この学校。

 どこかの部活に入らなきゃいけないルールがあって。


 そのうち退部するのは構わないんだが。

 ひとまず、ゴールデンウイークまでにはこいつをどこかに提出しなけりゃならない。


 俺は、既に『部活探検同好会』と印字した入部届を四枚。

 栗山さんに渡したんだが。



 ……そのうち一枚を小石川さんに渡して。

 二枚を突っ返してきたのだった。



「へ? ……凜々花の分は?」

「……どういうつもりだろうか」


 俺は、栗山さんの行動が腑に落ちたから。

 怪しい行動をした彼女ではなく。

 眉根を寄せる二人に問いかける。


「二人に聞きたいんだけどさ。部活探検同好会に入りたい?」

「そりゃ、友達と一緒の方がいい」

「……右に同じ」

「なるほどね。やっぱり栗山さんは優しいな」

「どういうことよ、おにい」

「……右に同じ」


 意外な形での褒め言葉。

 栗山さんは、いつもの場所に顔を半分逃がして小石川さんを見つめながら。


「あたしじゃなくて、気付いたのはかこちゃん」

「そりゃじっくり見てたから分かるよぉ! 保坂さんは運動部に入りたそうだったし、舞浜さんはお芝居ゲームの同好会が希望でしょ?」

「あ……、まあ、そうだけど」

「……うむ。だが友達と一緒がいいということも事実」

「その言葉はね。かこちゃんが一番悲しい思いをする。……友達になりたいって思えた相手だから」


 凜々花と春姫ちゃんは。

 栗山さんの言葉と同時にお互いを見つめた後。


 小石川さんへ視線を移す。


 するとそこには。

 俺だからこそ、手に取るようにわかる。


 仮面の笑顔がひとつ転がっていたのだった。


「友達だからぁ! 入りたいとこ入って欲しいよ!」

「友達だから……、か」

「……ふむ。私も、友の思いやりに応えるとしよう」



 そう。


 友達候補の心情を汲み取るべく。

 ひたむきに見つめ続けた小石川さんは。


 二人の希望に気が付いて、それを栗山さんに伝えつつも。

 彼女たちには、部活探検同好会に入って欲しかったんだろう。


 そして、優しい心の持ち主である栗山さんは。

 その事実を知って、取るべき行動は一つ。


 二人に、自分のやりたい事をやってもらいたかったのだ。



 それぞれの想いが交差して。

 導き出されたこの答え。


 これが正解なのか不正解なのか。

 誰にも分かるはずはない。

 

「まるで哲学だな」


 俺のつぶやきを。

 友としてのこいつは理解してはくれなかったようだが。


「難しいんだ」

「ああ」


 彼氏への思いやりに満ちた言葉で。

 優しく肯定してくれた秋乃だった。

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