風呂の日
~ 四月二十六日(火) 風呂の日 ~
※
外見は優しく、内面は豪胆。
それを裏表のある信頼のおけない
奴だと思うのは俺だけだろうか。
今更だが。
部活探検同好会のメンバーと。
そこにくっついて歩く四人の一年生。
女子八人に対して男子一人。
普通なら男子は参加し辛いこの状況。
それでも部長の責任を果たそうと。
日々、周囲からの白々とした視線に耐えてはきたが。
「今日はさすがに拷問だ。電車を一本遅らせて帰っていいか?」
「なんで……?」
去年もお邪魔した、温泉探訪同好会。
そのメンバーは、女子ばかり六人になっていて。
さらに勧誘イベントとして電車で近場の温泉を堪能した今日。
一年生の女子、五人が同行している訳なんだけど。
「万紅花中毛虫一点」
「え? なに?」
「……卑屈なことを言わずに堂々としていればよかろう」
今のが紅一点をもじった言葉だとすぐに理解して。
優しい言葉をかけてくれる春姫ちゃんに対して。
「ねえ春姫。鼻の下が伸びっぱなしの立哉君は、なんて言ったの?」
「お姉様は、格好をつけたがる男性のどうしようもない習性を察して言葉を選ぶべきです」
……もとい。
俺の本心を軽々と見抜き。
春姫ちゃんと一緒になって蔑んで来るこの女は。
風呂上がりのホカホカ笑顔で座席に腰かける秋乃は。
こんな毒舌を振るいながらも上機嫌。
良かったよ、実はハーレム気分で風呂上がり女子に囲まれてる事にドキドキしてるのを看破してきたのに楽しそうにしてくれていて。
今も、春姫ちゃんの頬のすべすべ具合を堪能しているようだけど。
これでお前の機嫌がおさまるのなら。
俺は春姫ちゃんに高級な美顔用品を毎日与え続けてやる。
「お、温泉の効能……。美肌成分を、たっぷり吸ったほっぺがぷるぷる……」
「……そんなに効果が出ていますか?」
「あたしも美肌の湯に入ればよかった……。楽しくて、泡がバヒューって出るお風呂にずっと入ってたから……」
「……それはそれで何かしらの効果があるでしょう」
「例えば?」
ジェットバスの効能と言えば。
血行を良くするってあたりだと思うが。
春姫ちゃんは、一瞬ニヤリと笑うと。
変なことを言い出した。
「……成分を、たっぷり吸っているはずですよ」
「なんの?」
「……泡がバヒューの」
「泡……?」
「……そう、吸い込んでいるのです。それはもうたっぷりと」
ぷぅ
「うはは!!! ごっほごほ! すまん、今のは俺の腹だ。腹ペコでみっともない音出したんだが、でもデリカシーでどうにかなるもんじゃねえって分かってくれるか?」
ぷぅ
「うはははははははははははは!!! それはYESなの? NOなの?」
誤魔化してやったんだから我慢しろ!
というか、泡がバヒューをたっぷり吸いこむとプーって出るの!? なんだその面白現象!
打ち合わせでもしてたのか。
この面白いコンビ芸のせいで。
周りの迷惑も構わずに。
腹を抱えて大笑い。
でも、秋乃は泣きそうな顔で俺を見上げながら。
「あ、あたしもお腹の音なんだけど……」
「へ? いやいやそんな見え透いたウソある?」
「ほんと……」
「……ほんとに?」
「ほんと」
えっと。
ほんとなのね。
それはほんとにごめんなさい。
俺が騒いだことによって。
電車の中にいる全ての人が、お前が粗相したと勘違いすることになっちまった。
そんな状況を。
こいつが見逃すはずはない。
「……立哉さん」
「はい閻魔様。私が被告人の立哉さんです」
「……そこに座りなさい」
「立つ方が得意なんだが」
「……二度言わせない」
「はい。被告人、座ります」
大勢の女子が見守る中。
車両の中ほどで正座して。
デリカシーの何たるかをくどくどと教え込まれることになった俺。
既に馬耳東風となりかけたところで。
ふと、そばからこんな声が聞こえて来た。
「かこちゃんの、友達になって欲しいの」
「うんうん! あたし、友達欲しくてぇ! でもお互い良く知ってからって感じだけどぉ、みらいとはおしゃべりして欲しいかなぁ! この子、楽しいよぉ!」
「ああ、言われると思ってたんだよね」
「それみんなにお願いしてるでしょ、栗山さん。有名になってるよ?」
イベント参加の一年生たちに、いつものお願いをする栗山さん。
苦笑いされても煙たがられても、丁寧にお願いする様子を見ていると。
ふと、秋乃の言葉を思い出した。
栗山さんは。
ひたむき。
良い意味で用いられがちなこの言葉は。
一つことに集中するせいで、他に目が向かないというネガティブな意味も持つ。
秋乃がそこまで理解したうえで彼女を評したのか。
それはまるで分からないけど。
でも。
明らかに、今。
彼女のひたむきは。
悪い結果を生み出そうとしていた。
「ストップストップ。それ、何かの勧誘なわけ?」
「違う……。お友達になってあげて欲しいだけ……」
「そうだよぉ?」
「でもさ。ちょっとおかしいよ、何人に声かけてるの?」
「それに小石川さん、結構噂になってるし」
「うん。ほんとは裏表ある人だって」
「そんなこと無いよぉ! あたしはいつもこんな感じぃ!」
急に不穏になった空気を感じた誰もが口をつぐんで。
事の成り行きを静かに見つめる。
そうか、沢山の友達を作りたい。
栗山さんの思いが強すぎて、周りからどう見えているか気づかなかったのか。
自分たちの客観的な評価を耳にして。
お互いを見つめる小石川さんと栗山さん。
でも、二人の心があげた小さな悲鳴を。
こいつが聞き逃すはずがない。
もはや、驚きもしなかった。
ふらっと立ち上がった秋乃が騒動の中に歩み寄ると。
二人の肩に手を乗せる。
そして、教え諭すでもなく。
ごく自然なトーンでつぶやくには。
「小石川さん……、裏表なんて、ないよ?」
「えっと、でもね、先輩」
「小石川さん、こっそり悪態ついてることがあるって評判なんですよ?」
「うん。知ってる」
え?
お前知ってたの?
でも、それじゃ矛盾すること言ってるぞ。
さすがに一年たちの眉根もぎゅっと寄る。
だが秋乃の声のトーンは変わらない。
「それの……、どこが裏表?」
「ええっ!? 裏表じゃないですか!」
「そうですよ!」
「ううん? 小石川さんは、明るくて優しい時もほんとの小石川さんだし、嫌な思いをした時にこっそり悪態をつくのもほんとの小石川さん。……どっちも、おもて」
秋乃の言葉を聞いて。
首をひねる一同が見つめるのはもちろん一人。
そんな視線にさらされたら。
小石川さんならもちろん。
こう言うに決まってる。
「ちっ……。そんな目で見るな、ウゼェ」
そして、同時に。
自分の、誤解されやすい形の竹を割ったような性格を言い当てられて。
急に泣き顔を覆ってしゃがみ込む彼女の姿。
……言葉と行動が両極端。
そんな姿を見せられた方だって両極に振れる。
半分は嫌悪感。
そして残りの半分は、ごめんなさい。
「……なんでそんなややこしいことになってんだよお前は」
誰もがどうしたらいいのか混乱する中。
栗山さんに慰められて。
ぐずぐずと鼻をすする小石川さんに。
俺が一同を代表して問い詰めると。
「もともとぉ! ……みらいと友達になった時によう」
「混ざってる混ざってる」
「こいつ良いやつだから、一緒にいるあたしも外面だけでも可愛くしなきゃって……」
「てことは、やっぱ外面良くしようとしてるってことか?」
「それが上手くできないからこんなことになってんだろ!?」
「は? どういうこと?」
そう。
全員の疑問はそこなんだ。
俺には、既に分かった答えだが。
ここはお前に任せよう。
「あの、ね? 小石川さんは、思ったことを全部言っちゃう素直な子だと思うの」
「…………ちっ。ウソついたり誤魔化したりするのが苦手で何が悪い!」
ああ。
なるほどやっと分かった。
車両内の空気が、俺に全員の胸の内を届けてくれた。
普段は可愛らしくほんとのこと言って。
ネガティブな時は低い声でほんとのこと言う。
でもそれって。
「面倒な奴だなお前は!!!」
「しょうがねえだろ治らねえんだから! でもすげえ嫌な奴に見られるからみらいしか友達いなくて、でもでもみらいにはもっと普通な友達作って欲しくて!」
「ああ分かったから泣きながら騒ぐな!」
とうとう床にへたり込んで。
恨みがましく俺を見上げる小石川さん。
安心しろよ。
そんなに悲観しなくても平気だからさ。
「おまえ、ウソつくのが苦手ってのはウソだな」
「ほんとだよ信じろよてめえ!」
「だって、ほんとはお前だって紹介されたみんなと友達になりたかったんだろ?」
「そ……、そんなことしたら、みらいまで嫌われるから……」
「ほら。ウソついてんじゃねえよ」
「だって……。だって……!」
俺の言葉に、逆に絶望したのか。
オンオンと泣きだす小石川さんは、きっとこの性格のせいで相当悲しい思いを続けてきたに違いない。
でも、お前のウソみたいな話が本当だってことは。
ここにいるみんなに、間違いなく届いたよ。
それが証拠に。
今、誰もがお前に。
仮面なんか見当たらない優しい顔で。
寄り添ってくれてるからな。
この一件で、彼女たちに向けられる視線が急に変化するとは思えないけど。
でも、優しい小石川さんとひたむきな栗山さん。
二人が不器用なだけだってことが浸透するまで。
そこまで酷い扱いを受けないための。
時間稼ぎにはなったんじゃないだろうか。
……それに。
お前と友達になりたいって思うやつなら。
もう、うちの同好会に。
何人もいるわけだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます