民放の日


 ~ 四月二十一日(木) 民放の日 ~

 ※綿裏包針めんりほうしん

  外見と違って、内心に悪意を隠している




 小さなころ。

 よく見た光景。


 俺たち子供が公園で遊ぶ姿を離れて見ている大人たちが。

 難しい話をしている。


 こっちの方が楽しいのに。

 どうして大人は混ざってこないんだろう。


 俺はいつも。

 凜々花を抱いて、夕日に頬を照らされながらおばちゃんたちと話す親父のことを。


 不思議に思っていたんだ。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「と、いうことは。今から東大目指すってことか」

「まだいろいろリサーチしないとだけどね。アイドル事務所に進むべきか、イベンターがいいのか」

「ふむふむ」

「でも一番可能性が高いのが番組プロデューサーだったとしら、テレビ局員なんて狭き門をくぐるには学歴しかないから」

「確かに。後から後悔することにならないように、最高学歴を目指すのは間違ってねえよな」


 車いすの妹さんをアイドルにしたいという夢を叶えるためならなんだってできる。


 そんな佐倉さんから、進路の話を聞かされて。

 深く感銘を受けている俺。


 ちょっと前なら、ライバルが一人増えるとかネガティブに考えていたのかもしれないが。

 今の俺は、むしろ応援したいとすら思えるほど大人の耳を持っていた。


 そんな大人が二人。

 パイプ椅子を軋ませて見つめるのは。


 なんで大人は一緒に遊ばないんだろうと考えながらはしゃぎ続ける。

 七人の子供たち。


「にょーっ!! みんなかわいい!」

「にゅ! にゅ!」

「確かにみんな似合ってるな。特に一年生の四人はヤバい」


 先輩の余裕というか。

 立ち位置がようやく定まり始めた拗音トリオと。

 三人が見つめる四人の一年生。


 みんな揃いも揃って。

 アイドル衣装に身を包んでいるのだった。


「かこちゃん、似合う……!」

「よしてよ照れるぅ! みらいもかわいいよ!」

「おどれえたことに、ハルキーは普段着とかわりゃしねえ」

「……ふむ。私はこれでもテンションあげあげなのだ。凜々花はもうちょっとおべっかを身につけろ」


 今日は知念さんに案内されて。

 ゲストにアイドルプロデューサーの佐倉さんを迎え。


 新人獲得用に大量のアイドル衣装を作って手ぐすねを引いていた被服部へとお邪魔している部活探検同好会。


 みんな大はしゃぎで鏡を眺めてご満悦。

 さらには、丹弥と春姫ちゃんと栗山さんが衣装制作に興味を示して。


 先輩へ質問し始めたもんだから。

 部員一同拳を振り上げる。


 まあ、確かに似合うよ。

 そのままステージに立つだけでファンがつくかもしれない程に。


 でも、俺には全く刺さらないね。

 だってこれを見慣れちまってるわけだからな。


「うんうん! このライブ衣装、今までで最高の出来よ! 自画自賛!」

「た、確かに可愛いかも……」


 勉強に専念するため、次のステージを最後とする決意をした佐倉さん。

 そうなると、必然的に一緒に引退することになるこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきのが更衣室から姿を現すと。


 今まではしゃいでいた子供たちが。

 揃って口を開いたまま凍り付いてしまった。


 トータルイメージは二次元世界のメイド風。

 ヘッドドレスにミニエプロン。

 ガーターベルトにハイニーソ。


 でもメインの衣装はド派手にキラキラ。

 イメージカラーの青いストライプが眩しく輝き。

 アイドルであると激しく主張する。


「うん。これぞ本物」

「保坂ちゃん、鼻の下伸びてるよ?」

「おかしいな? 接着剤でしっかり歯茎にくっ付けて来たのに」


 佐倉さんは、もちろん俺が秋乃に寄せる気持ちを知っているわけで。

 伸びる鼻の下を隠す必要なんかない。


 これが最後のアイドル衣装になるわけだからな。

 記念に写真に収めておこう。


 俺はポケットから携帯を取り出して。

 万感の思いを込めてレンズを向ける。


 秋乃のことが好きなんだと気づいたきっかけは。

 最初のステージだったわけだからな。


 お前が佐倉さんに頼まれてアイドルをしなかったら。

 俺とお前は、友達同士のままだったのかもしれない。


 そんな姿も。

 もうすぐ見納め。


 せめていつまでも色あせない思い出として。

 このメモリーカードの中に、ずっと残っていて欲しい。


 スマホの画面に指を向けると。

 そこには、照れくさそうにはにかむ秋乃の姿。


 俺も思わず笑顔になって。

 小さな音を一つだけ鳴らしたのだった。



 カシャカシャカシャカシャカシャカシャ!

 カシャカシャカシャカシャカシャカシャ!


 ピロリ~ン♪



「ひゃわわわわわ!」

「可愛い可愛い可愛い可愛い!」

「写真写真写真写真!」

「キレイキレイキレイキレイ!」

「カメラカメラカメラカメラ!」

「……お姉様のお姿、一生の宝物にさせていただきます!」


 途端に始まるアイドルの写真撮影会。

 興奮して群がるカメラマンたちの勢いに、尻をついて後ずさる秋乃は知念さんの背中に隠れてしまった。


「にょー! 可愛く撮れた!」

「にゅ! にゅ!」

「いや。私が一番可愛く撮れてる」


 そして、誰の写真が一番可愛いか。

 品評会が始まったんだが。


 優勝賞品が、教壇という名のステージ上で一曲披露って。


 人によっては罰ゲームなんじゃねえの?


「まったく……。これだから子供は……」

「大人ぶってるんじゃないの。保坂ちゃんだって子供でしょ?」

「いや? 俺は大人だからな。俺の写真が最高の瞬間を切り抜いた芸術だという自負があるが、あんなふうにはしゃいだりせん」

「ふうん。……あ! 空飛ぶカメ!」

「そんなもんいるわけ……。あ」


 うまいこと気を逸らしてきた佐倉さんは。

 俺の携帯を取り上げると、後輩たちの輪に駆け込んだ。


「あたしも混ぜて! 保坂ちゃんが撮った最高の写真で優勝狙うから!」

「ちょ、ちょっと待て佐倉ぁ! それは……!」

「刮目せよ! これが最高に可愛い…………?」


 全員が円陣組んでるせいで手が差し込めない。

 そんな絶対防御壁の中心で晒された俺の写真は。


「た、確かに可愛いですけど……」

「何というか、見た目によらず……」

「お可愛い……」

「にゅ」

「最悪だ、あのクズ男……」



 そう、シャッターを最後に押したのが俺だったせいで。

 秋乃が転んだ直後、カメラに見事おさまったのは。


 可愛い可愛い。



 イチゴ



 もちろん俺の素晴らしい写真を即刻削除した一同は。

 返す刀で袋叩き。


 そのまま大罪人をステージに無理やり立たせると。


 優勝賞品として。

 一曲披露するまで降りることを許してくれなかったのだった。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「酷い目に遭った」

「……酷いことをしたのだからな。当然の報い」

「しかも現在進行形で酷い」

「た、立哉君の携帯は、全データを確認してから返すね……」


 最後の最後まで続く優勝賞品。

 俺は一人、居残りで被服部の後片づけをしていたんだが。


 しばらくすると。

 扉が静かに開かれた。


「おお、手伝ってくれるのか、女神様!」

「忘れ物しちゃっただけですよぅ!」

「またまた! 照れ隠しなんかしなさんな!」

「いいえ全然まったくその気はありませんからぁ!」


 ふらっと部室に戻って来た小石川さんは。

 宣言通り、置き去りにされていた携帯を手に取るとまっすぐ扉へ向かおうとする。


「おいおい。小石川さんは絶対優しい子だって、秋乃が言ってたんだけどなあ?」

「そんなこと言われても手伝いませんよぅ? あんな写真撮る先輩のことなんてぇ」

「まあそうだよな、さっきはクズ男呼ばわりだし、印象最悪になっちまったな」

「…………あたしじゃありませんよ?」


 途端に声のトーンが変わった小石川さん。

 なんだ、バレてないと思ってたのか。


「聞き間違えるわけないだろ? あんな低い声、小石川さんしか出さないから」

「はあ……。気付いてたんですか」


 そして普段とは違うけだるそうな表情を俺に向けると。

 髪を掻き上げて、細めた瞳で見つめて来た。


「いつから気付いてたんですか?」

「……演劇部にお邪魔したとき」

「最初からかよ」

「そうなるね」


 今の声は小石川さんじゃないよねとか。

 都度、自分に向けて言い聞かせていたけど。


 気付かないわけないじゃない。


「誰にも言うんじゃねえぞ」

「そんなドス利かせなくても言わないよ。でも、すぐばれると思うよ?」

「……うまくやるさ」


 そんなに上手くいくかねえ。

 俺が肩をすくめている間に。

 彼女は扉も閉めずに出ていってしまった。


 今までの俺なら警戒する相手。

 でも、俺には小石川さんを信じ切れる理由がある。


「あいつが、優しい子だって言ってたからな……」


 そんな彼女は。

 未だに、栗山さんから紹介された誰とも友達にはなっていないらしい。


 本当の性格が知れて、嫌われることが怖いのか。

 それとも他に理由があるのか。


 俺は、片付けが終わった後も。

 電車を一本ずらしてあげるため。


 暗くなり始めた教室の中で。

 一人、いろんな可能性を考え続けたのだった。

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