穀雨
~ 四月二十日(水) 穀雨 ~
※
口先、うわべで取り繕う
マーダーミステリー
「いつもと違う……。この俺の頭脳をもってしてもまるで真相が見えやしない」
「ほ、ほんとにね……」
マーダーミステリーとは、与えられたシナリオと盤面の証拠品を用いて殺人犯を探し当てる推理ゲーム。
でもその本質は、ただ犯人を見つけるのではなく。
各々が登場人物になり切って、一つの物語を作り上げる即興劇として楽しむものなのだ。
だから、犯人が捕まることが解答というわけじゃない。
犯人の境遇に涙して助ける道を模索する者が現れたり。
同時に起きた別の犯行をひた隠しにする者がいたりと。
物語は製作者の想像を常に超える形で紡がれて。
演じる者の、そして見る者の胸を熱くさせる遊びなのだ。
だから、各々のプレイヤーごとに設定された得点があるにはあるが。
作られた箱庭の中で各々が思うように振る舞うのは。
いくら真相にたどり着くために邪魔になろうが。
むしろ推奨されるべき行為なのだ。
「おーっほっほっほ! ですから何度も言っているでしょう? わたくしが206号室でホテルのオーナーを屠った犯人なのですわ!」
「いや、『貴婦人』。あなたがどう言おうとも……」
「そうです! 『作家』がさっき推理した通り、あなたは犯行時刻には201号室にいたはずです!」
「でもそうすると犯人になる人物は、『貴婦人』の無実を立証した『作家』自身になるんだけど。自分の首を絞めるようなことわざわざするわけない」
「じゃあやっぱり、このホテルに伝わる亡霊の仕業?」
「にゅ……」
俺がこの遊びを気に入ってることは。
部の連中なら誰しも知っていることで。
「全体議論の時間はあと三分です」
他のわがままをいつも聞いてあげている代わりに。
定期的に、マーダーミステリー同好会の活動に参加させてもらっている。
今日の舞台は、孤島のホテル。
被害に遭ったホテルオーナーの親族四人と。
二階客室に宿泊していた五人が容疑者。
事件前後の全員の動きが早い段階で明白になり。
証言にウソ偽りがあった連中が、じつはどこで何をしていたのかという議論も腑に落ちる形で落ち着いたのに。
「たつ……、『作家』さん?」
「なんだよ『小料理屋』」
「何度考えても、誰にも犯行は不可能……」
「ちょっと待て、今考えてるんだから」
このパターンは。
舞台そのものに何かしらのトリックが仕掛けられているはずだ。
でも、それを見抜こうと考える度に。
「おーっほっほっほ! 悪あがきは醜くってよ、皆様! もう考える必要もございません。さあ、私を警察に突き出すのです!」
「…………めちゃめちゃ演技上手いよね、春姫ちゃん」
「それはどなたですの? わたくしの名は『貴婦人』!」
テーブルトークゲームでは。
お芝居というか、役になり切ることをロールと呼ぶんだが。
「春姫ちゃんのロールに引っ張られて、私も今日はノリノリになった……」
「ぼくも!」
「にゅ!」
「ああくそっ! お前らの芝居が濃すぎて推理に集中できんのじゃ!」
演劇部の時に続いて。
改めて知ったんだが。
春姫ちゃんって。
実はお芝居が好きらしい。
「は、犯人を庇おうとしてるのは明白なのに、それが誰だかわからない……」
「それこそ『芝居が上手い』ってとこまでロールしやがって……」
最初は、物静かで嫌疑をかけられる度におどおどしていた『貴婦人』が。
クライマックスで俺に確定『シロ』と推理されるなり。
高笑いと共に自らが罪を被ろうと豹変した。
その時に立った鳥肌が未だに治まらないんだけど。
そのせいで推理がまったく進まないんだけど。
「で、でも『作家』さんは、犯行時刻はあたしと一緒に外にいたから犯人じゃない……」
「いや、それは俺たち自視点での話だ。みんなから見ると、俺たちは犯行可能になる」
論理思考の持ち主とは言え。
他者目線に立つことが苦手なこいつは。
今日は、ほんとは料理が出来ないということを中盤までひた隠しにしていた小料理屋の女将だ。
俺たち二人はお互いにシロ証明できるのだが。
みんなから見れば、他に犯行が出来る人がいない場合は二人が共犯だとしか思えない。
でも、そんなみんなも頭を抱える理由があって。
『貴婦人』ばかりか、外にいた俺たちは階段から五番目、つまり205号室に見え隠れしていた『副支配人』のシロまで証言しているんだ。
もし俺たちが犯人なら、自分から容疑者を減らすような真似なんてするはずはない。
「議論時間、残り一分。この後はお互いに会話をせず犯人と思う者へ投票し、最多得票者が拘束されることになります。なにかこの間に行動したい方がいたら急いでください」
あと一分!?
ヤバい、急いで推理しないと!
「にょー! 『漁師』! あたしのペンダント返して!」
「ダメだよ。これは悪い組織の証なんだろ? 多分これを持ってゲームを終えることが朱里のミッションだ」
「そんなことないから!! それはママの形見なの!」
「えー?」
くそう、現実主義な丹弥は素のままだが。
朱里の芝居、胸に刺さるものがある。
あんな芝居されたら。
俺だったら渡しちまうかもしれない。
じゃなかった。
推理推理。
「そうね、忘れていたわ。これを返しましょうね、みらい」
「ありがと、かこちゃん。……ねえ。犯人、お化けさんなのかな?」
「そうかもしれない……、わね」
「…………会ってみたかったかも」
そしてこちらも、芝居の上手い小石川さんと。
一生懸命お芝居しようとしている気迫は感じるんだけど、実力が伴わない栗山さんの姿があり。
最後に。
「り、凜々花はお財布なんて取ってないからね!」
「和むなあ『オーナーの妹』は」
ゲームが始まるなり挙動不審。
そして犯行時刻よりだいぶ前にオーナーの部屋に入ったことを自分の口から暴露してしまった凜々花については。
慣れるまで長い目で見守ってやろう。
マーダーミステリーにはコツみたいなものがあって。
それを教えてやるところから始めるか。
例えば、ゲーム中に出て来る意味の無さそうな証拠品。
今回で言えば、お前が手にした『あたり鉢』みたいなカード。
実はそこに謎が隠されているとか。
…………ん?
そう言えば、なんですり鉢なんて証拠品があるんだろう。
しかもそれを『あたり鉢』なんて。
忌み言葉を避けたネーミングを使って……。
「あ……!」
忌み言葉、他にもどこかで見かけたな。
俺は慌てて舞台背景の資料を引っ張り出すと。
冒頭に書かれていたのは。
作物への恵みとなる穀雨が、ここ
頃は昭和。
「あしとよし!」
きっとこれがヒントに違いない!
でも、忌み言葉が表すものってなんだ!?
もうみんなが所持するカードから忌み言葉を探すような時間はない。
どこか特徴的な所に隠されてないか?
必至になった俺が視線を盤面に向けて。
ホテルの見取り図を目にしたその時。
稲妻のようなものが全身を貫いた。
「…………204号室か!!!」
そう、部屋番号に『4』は無い!
ということは、犯行があった206号室は端から五番目の部屋だったんだ!
「だったらどうなるんだ!? えっと、えっと……!」
「立哉君!」
「何だ邪魔すんな! 今、最後のピースが埋まって紐解いてるところ……」
「凶器は、ハンマーよね?」
「血まみれだからな! それがどうした!?」
「お化けだと、凶器のハンマーを持てない事が実証された」
「はあ!?」
俺は秋乃へ振り向くと。
そこにあったものは、どうやらあんまんにみたらし団子を刺して持たせてみようとしたんだろう。
柔らかすぎてあえなく倒れたみたらし団子。
それを慌ててキャッチした右手が。
「血まみれじゃなく、みそたらまみれになる……」
「うはははははははははははは!!!」
「はい議論時間終了です」
「まじかあああああ!!!」
なんてこった!
今、明らかに『副支配人』が怪しいって事に気付いたのに!
でもルールはルール。
このまま黙して犯人と思われる者に投票しなければならない。
俺は、ちらりと小石川さんの方をうかがうと。
こっちを見ながら小さく舌を出していた。
……いやはや参った。
こいつも大した役者だ。
俺は、がっくりと肩を落としながら。
警察に突き出されてしまう芝居を熱演することになったのだった。
~´∀`~´∀`~´∀`~
「おもろかった!」
「そのセリフが凜々花の口から出るとは思えんかった」
一年生たちにもどうやら好評だったようで。
無事に幕を閉じた本日の部活探検同好会。
俺は、いつも素敵なシナリオを提供してくれる五十嵐さんにお礼を言うと。
「礼には及ばない。皆、兼部でもしてくれそうなほど喜んでいるようだし」
いつものミステリアスな口調の中に、笑みを滲ませてくれたのだが。
「……ふむ、兼部か。考えていなかったが、それは却下だな」
「凜々花も、どっか一つの部活で集中してえな!」
妹コンビに言われて。
小さく肩をすくめることに。
「では言い直そう。ここに入ってくれないか?」
「……検討はするが」
「凜々花たち、ほんのり入りたいとこ決まってんだよね!」
「そうか、では無理強いはよくないな。じっくり考えなさい」
すっかり遅くなった帰り道。
みんなで駅へと向かう道すがらのやり取りを聞いて。
部室のロッカー増やさないと。
俺はそんな皮算用を始める。
そして、サイズの都合で。
四つになるか二つになるか。
それによって随分違うなと思い至ったから。
「小石川さんたちは、俺たちの活動気に入ってる?」
ちょっと意地悪な聞き方を。
隣を歩いていた、後輩候補にしてみると。
「…………いいかもしれないですね」
柔らかい笑顔で返してくれて。
そして栗山さんと楽しそうに話し始めた。
……ああ。
それ、久しく見てなかったな。
俺は彼女の笑顔に。
懐かしさを感じた。
最近すっかり見てないけど。
俺は、ずっとそれをとなりで見続けて来たんだ。
だから分かるんだよ。
「ど、どうしたの? 立哉君」
「いや? なんでも」
小石川さんが被った笑顔の仮面。
そこに隠された真実は。
この俺の頭脳をもってしてもまるで汲み取ることはできないのであった。
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