発明の日


 ~ 四月十八日(月) 発明の日 ~

 ※胆戦心驚たんせんしんきょう

  恐怖すること




 友達の作り方。


 俺と秋乃が知り合ったきっかけは。

 あまり人気の無さそうな、ちょっぴりチープなサイトだった。


 同じ悩みを抱えた二人が。

 お互いに同じ文章を読んだであろうことを暗黙のまま察し合い。


 俺は秋乃に友達候補を紹介し続けて。

 秋乃は俺から紹介され続け。


 長年夢に見て来た友達をそれぞれが作るべく。

 同じ目標に向かって、別々の方法を選択した一ヶ月。


 自分たちで効果が実証されたこの手法が。

 二人にとっては大発明と言えるこの手段が。


 既に、ネットの世界に存在しなくなってしまったのなら。

 後輩たちは、何から学べば良いというのか。


 せめて、俺の声が届く範囲のみんなには。

 俺の口から伝えよう。

 

 ……ただ。

 そうしてあげるには。


 自らの口で『友達出来るかな』と悩みを口にした相手である必要があって。


 だから、二人には手段を教えてあげたのに。

 残る二人には、それが出来ずにいる俺だった。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「偉大な発明だ」


 誰かに教わったことを。

 さらに他の誰かに教えることは。


 人類がここまで成長できた要因の一つ。


「くさいよう! くさいよう!」


 一カ所だけにまーるく穴をあけ。

 中にアンモニアをちょっぴりたらした段ボール。


 その両側面を、手でポンと叩いてやれば。

 

「……下らん嫌がらせすんな」

「こ、これ作ったの立哉君……」


 凜々花を除いて、冷静な一年ズに対して。

 丹弥を除いて、悪ふざけ大好きな二年生。


 楽しそうに逃げる凜々花と朱里とゆあに。

 ポンポンとアンモニア大砲を撃っているのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 他の部員の白い目と。

 司会者の困惑顔をちょっとは気にして欲しいです。



 ――さて。


 いよいよ部活勧誘解禁となった今日。

 訪れたのは、秋乃のおかげですっかりおなじみの化学……。


「掴みはバッチリだね! ではこれより本格的なマジックショーの始まり始まり!」


 もとい。


 とうとう実験重視のストイックな部員が全員卒業し。


 ただのマジック研究会と名前を変えてしまった、元化学部へとお邪魔しているんだが。


 歴史を知ってる俺たちにとっては。

 さもありなんというこの状況も。


 一年生にとっては眉根を寄せるばかり。


「……なぜ化学室でマジックショーなのだ?」

「化学マジックだからだろ?」

「……お姉様が行うような高度な実験を楽しみにしていたのだが」

「秋乃がやるような異常な実験を楽しめるやつなんかいやしねえ」


 こいつ、手製の防毒マスクしながら実験してる時あるからな。

 末はマッドサイエンティストか悪の組織の最高幹部か。


 そんな秋乃が大喜びしているマジックショーは。

 ギャラリーによる無理やりな盛り上げで幕を閉めたのだが。


「いやあ、すまんな! やっまりまだ人様にお見せできるレベルじゃなかったか!」

「確かに微妙だったが、明日からの部活勧誘のいい練習になったんじゃねえの?」

「こら立哉。じゃあ今日の見学者は望み薄ってことか?」

「見りゃわかるだろ」


 最前列に腰かけた一年たちは。

 凜々花も含めて生あくびをしてる始末。


 トークのテンポも、マジックの段取りも。

 とてもじゃないけど見られるような物じゃなかった。


「ありゃ。面白くなかったかな?」

「いいえぇ! 素敵でしたよぉ?」

「かこちゃん……。それは一度も拍手してない人のセリフじゃない……」


 引っ込み思案というか、常にセーターの中に隠れているような栗山さんすら突っ込む様を見て。


 凜々花と春姫ちゃんも、ごめんなさいと前置きしてから正直な感想を漏らす。


 そんな評価をされて、挽回しようとでも思ったのか。

 マジック研の皆さんは変なことを言い始めた。


「よ……、よし! それじゃあセーターの君! なにか好きなものはあるかい? それをご披露しよう!」

「そ、そんなこと急に言われても」

「何でもいいから! 君の好きなものは!?」

「ホ、ホラー?」


 なんとびっくり。

 ホラーが好きなんだね栗山さん。


 でも、さすがにそれは無いだろうと苦笑いしていたら。

 マジック研の面々が一斉に手を鳴らす。


「まじかドンピシャ!」

「よし任せとけ!」

「実は新人勧誘に使おうと思ってたとびっきりのホラーマジックを準備してあるんだ!」

「んなあほな」

 

 そして俺たちを外へと促す皆さんの後を。

 釈然としないまま、ついて行くことにしたのだが。


「……意外」

「あた、あたしが歌を歌いながらじゃないとホラー映画見れないの知ってるくせに……」

「お前じゃなく」


 怖いもの苦手な秋乃が俺の右腕をもいでしまいそうな勢いでしがみついてくるのはもちろんいつものことなのだが。


 今問題にしてるのは左腕の方。


「小石川さんもダメなんだね」

「そそそそんなことあるわけないじゃないですかぁ! みらいに誘われてホラー映画とか見てますからぁ!」

「……夜とか?」

「昼間にカーテン開けて部屋を眩しくしてヘッドフォンからお笑い番組聞きながら目を閉じながら」

「それは逆に褒めてあげたくなるな」


 左腕に全力一杯しがみついて来る小石川さんは。

 友達想いな、いい子なのかもしれない。


 今も逃げずに頑張って。

 校舎裏の畑まで、震える足でついて来て。


「遠くてゴメンな? なんせ、危険な実験するために作ったものだから」

「ここが元化学部の第二実験室さ」


 そして足を止めた部員の皆さんが指し示すのは。

 十畳ほどはありそうなプレハブ小屋。


 それなり綺麗で明るいカラーリング。

 これのどこがホラーなんだろう?


「なに始めるんだよ」

「ホラーマジックって言ったろ?」

「ここ、『出る』んだよ」

「まじか」


 マジック要素はどこへやら。

 そんな言葉に、腕の締め付けは五割増し。


 対して栗山さんの瞳には。

 零れ落ちんばかりのお星さま。


「そんなに好きなら、ホラーとは違うけどミステリ系の部活を予約しといてあげる」

「あ、ありがとうございます。でも、今はこのお化けさんのお家が素敵なので」

「そうかそうか」


 それは良かったよ。

 でもお化けさんよりも。


 今すぐ、両腕もがれるスプラッタが見れるかもしれないよ?


「がくがくがく」

「ぶるぶるぶる」

「抜ける抜ける抜ける」


 恐怖映画よりも怖いものを体験中な俺を捨て置いて。

 説明を始めるさっきのマジシャン。


 こっちの方が澱みなく話せてるけど。

 イベント司会者の方が向いてねえか?


「……というわけで、今話したお化けがこの小屋の真ん中あたりにいてね? これから四人に目隠しして小屋に入ってもらおうと思うんだ」

「な、なんで?」

「お化けを楽しませてあげるためさ。四人は四隅に立って、そのうち一人が壁沿いに進んで、次の角にいる人にタッチ。タッチした人はその場に残って、タッチされた人は次の角に進んでタッチ。それを繰り返すんだ」


 ……ん?


 おいおいそれって。


「みんなが五回、次の人にタッチできたら終わり。分かったかい?」

「わ、分かったけど……」

「誰が入るの?」

「そうだな、俺が決めよう。小石川さんと凜々花。あとは、朱里と丹弥」


 ギャーギャー文句を言うな。

 黙って小屋へ入りやがれ。


 だって、今の説明を聞いて。

 他の面々は明らかに意味を理解した顔してるし。


 しかもこいつに至っては。


「そんで、春姫ちゃんはマジック研の先輩について行って指示を聞いて?」

「……ふむ。了解した」


 さらにその先まで。

 全てを察しているだろうからな。


「あの……、先輩」

「丹弥か。言いたい事は分かるんだが、黙って見てな」


 怪訝な顔して寄って来た丹弥。


 だが、彼女の表情と俺の両腕が。

 あっという間に蒼白になる。


 今、小屋の中では目隠し鬼ごっこの声がキャーキャーと響き渡り。

 回数のカウントが、三周目を俺たちに伝えていた。


「いや……。いやいやいやいや!」

「がくがくがく!」

「ぶるぶるぶる!」

「折れる! もげる!」


 そして五周目のカウントと共に。

 目隠しを外して、キャーキャー楽しそうに怖がりながら外に飛び出してきた三人。


 その後から、栗山さんが恍惚の表情で出てくると。


「お、お化けさんと遊べるなんて……!」

「そこまで好きか」


 今まで、俺の人生で聞いたことも無い言葉を口にしながら。

 ドキドキする胸を押さえる三人のもとに近寄った。


「みらいちゃん、お化け好きすぎ! 凜々花、お化けなんていねえって分かってんのにこんなに怖えのに!」

「にょー!! ぼくもそう! ただ四人で回ってただけなのにドッキドキ!」

「にゅ!」

「…………え? お化けさん、いたよ?」


 小石川さんは、ぽつりとつぶやくなり。

 ポケットからおはじきを出して地べたに四つ、ひし形に並べると。


 十二時の位置。

 最初に走った凜々花を模したおはじきを三時の角へ移動させ。

 そこにあったおはじきを六時の角に移動させ。

 そして三つ目のおはじきを九時の角へ移動させて、丹弥を模した四つ目のおはじきを摘まむと。


 ……誰もいない。

 十二時の角へと置きながら顔をあげた。


「…………え?? あれ!? ぼぼぼぼぼ、ぼく、誰の肩を叩いたの!?!?!?」

「凜々花、誰に肩叩かれたの!?」


 途端にあがる三つの悲鳴。

 そんな姿を見つめながら。


 小石川さんは、ふふっと天使のような笑顔を浮かべたのだった。



 いやはやまったく。

 部活ってものは。


 誰かの知らない一面を。

 いつも知ることが出来るもんだな。




 とは言え。


「知らない一面を知ることは、良いことだけでもない気がする」

「……何がだ?」


 小屋の裏のドアからこっそり中に入ったんだろう。

 お化け役を見事にこなした春姫ちゃんは。


 震えながら抱き合う三人のことを。

 俺の隣でニヤニヤと見つめていたのだった。

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