ヘリコプターの日


 ~ 四月十五日(金)

   ヘリコプターの日 ~

 ※延頸挙踵えんけいきょしょう

  すぐれた人物の出現を待ち望む




 新年度。

 幕開けから一週間。


 未だ腰の落ち着かない教室に。

 それでもよどみなくたどり着けるように、なるにはなった金曜日の放課後。


 俺たちは体育館の中で。

 生姜焼きを焼いては、ごはんと共に弁当容器へ詰めていた。


「これはいつもの喫茶店だからセーフ。これはいつもの喫茶店だからセーフ」

「そこまで心配してるなら、部員勧誘が解禁されてから見学すればよかったと思うの……」

「そしてチアのみんなに囲まれてるうちの売り子はユニフォームを着せられてるだけ。体験会とかじゃないから安心安全」

「心の声が駄々洩れてるよ?」

「そう、着せられただけ。県内で知らぬ者のいないエッチなユニフォームを着せられてるだけ」

「普段そんなことばっかり考えてるってことが知れた悲しさ……」


 俺がこんなに静かにしてるというのに。

 驚くほど考えてることをぴたりと言い当てるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 スポーツドリンクを紙コップに注いでお店の準備をしながら。

 いつもとは違って、チアに近い側の隅に開店したお店で呆れ顔。


 でも、そんな顔を正面に向けるなり。

 一瞬でおばあちゃんの優しい笑顔に早変わり。


 今日はきけ子のお誘いを受けて。

 チアリーディング部の見学に来ているのだが。


 いつもと違って。

 今日は何というか。


「父母参観……」

「ど、同意かも」


 部活探検同好会からの参加者は全員、近隣至る所でエロいと評判の我が校チア部の布面積が少ない制服に身を包んでいるのだが。


 そのうち五名ほどが。

 他と違う意味で可愛くて仕方ない。


「こら夏木。教えるならちゃんと教えろ」

「無理無理無理なのよん! 可愛い可愛い! こっちに目線ちょうだい!」


 正規部員の皆様から。

 雨あられと言わんばかりにシャッターを切られているメンバーは。


 成分表の筆頭に『めっさちっこい』と表記されるきけ子よりも一回りちっこい拗音トリオ。

 そんな三人より、気持ち小さなサイズ感の凜々花。

 そして凜々花よりもっと小さな栗山さんが。


 似合ってない所が逆に可愛らしい。

 へそ出しウェアに身を包み。


 四方八方から向けられるカメラにおびえて身を寄せ合っていた。


「……ドン引きと言いたいところなのだが」

「うん、言いたい事分かるぅ」

「……困る我が身に湧く共感」

「あら詩的!」


 もうすでにテンポのいい会話ができるほどの仲になったのか。

 春姫ちゃんと小石川さんが、一歩離れてまるで他人事。


 でも、それも致し方なし。

 二人がこいつらと一緒にお遊戯会をするには。

 少々無理がありそうだ。


 ……でも大丈夫。

 二人は正しい意味で可愛いと思うぞ。


 視線を向けられないほどに。


「ふっはあ! 堪能したっ!」

「やかましいぞ夏木。真面目にやれ」

「はいはい、分かったわよん! じゃあ、ちっこいことに自信がある子はジャンプ台から飛び出してみようか!」


 そう口にするきけ子が指差す二人組が。

 手と手を組んで、ここに乗りなとばかりにスタンバイ。


「おい。いきなりそんなことして大丈夫か?」

「平気よん! じゃあ誰から飛ぶ?」

「はいはい! 凜々花、初手には定評ある異名持ってっから!」

「突撃隊長とか?」

「玉砕隊長!」

「……クッション、いっちょん柔らかなの持ってきて」


 居並ぶ皆さんの苦笑いに見守られながら。

 凜々花がおっかなびっくり、手の平の上に両足を乗せる。


 そしてぷるぷる膝を笑わせながらも、立ち上がったお二人の肩に手を乗せていると。


「じゃあ行くわよ!」

「どどど、どこにっ!?」

「3、2、1! GO!」

「ひょわああああ!」


 掛け声と共に、高々と打ち出された凜々花は空中でバタバタとみっともなく泳いでおきながら。


 クッションへの着地は見事なテレマーク。


 本人は大真面目だったみたいだけど。

 みんながお腹を抱えて笑い出すと。


 つられてエヘヘと笑いながら。

 膝まで潜り込むクッションに難儀しながら這い出て来た。


「す……。すごいすごい!」

「うわ。急にテンション上げんな秋乃」

「だって、初めてなのにびっくり技! 着地、すちゃって!」

「その前は無様な飛行姿勢だったけど」


 俺が何の感想も抱かないのが異常なのか。

 それともこいつのはしゃぎっぷりが変なのか。


 手を叩いて大喜びの秋乃は。

 俺の呆れ顔をよそに大騒ぎ。


「今現在、あたしの中の一番かわいいびっくり大賞は凜々花ちゃん!」

「俺の中で一番、ややこしくて意味分からんで賞はお前だ」

「あ、あたしもびっくり技を披露したい……!」

「工作始めるな。ほら、次が飛ぶみたいだぞ」


 空の弁当容器に何かを仕込み始めた秋乃が顔をあげると。

 ちょうど、朱里が空中で四分の三回転して大の字にクッションへ落下したところ。


「び、びっくりかわいい! 今回のも高得点!」

「もう君のツボがさっぱり分からん俺なのです」

「に、丹弥ちゃんもきっと魅せてくれるはず……!」


 そんな秋乃の期待に応えるかのように。

 丹弥もゆあも、回転を交えて飛んでみせ。


 審査委員長を、苦悩の縁へと落としたのだった。


 だが。

 最後に飛んだ栗山さんだけは。


 無難に飛んで。

 奇をてらわない着地を決めていた。


「うむむ……! びっくり大賞、誰がいいかな……!」

「重要な仕事が急に舞い込んできて頭を抱えてるとこ悪いが、割り箸を弁当に挟むの手伝えよ」

「凜々花ちゃんか、朱里ちゃんか……。丹弥ちゃんもゆあちゃんもいい……!」

「え? 先ぱぁい。みらいの綺麗なジャンプ見てなかったんですかぁ?」


 妙な盛り上がりで、ほのぼのしてた雰囲気の中に。

 ぴりりと電流のような物を感じる声が飛ぶ。


 俺と春姫ちゃんが見開いた目を同時に向けたのは。

 こちらも見ずに語る小石川さんの姿だった。


「……可愛くてびっくりの一番は、みらいだと思うんですけどぉ」

「そ、そうだった?」

「分からないなら、教えてあげますよぉ」


 普段より、ちょっと落としたトーンで語っていた小石川さんが。

 二巡目を飛び始めるクインテットのもとへ歩み寄る。


 そして、栗山さんの身体を両手で持ち上げたんだけど……。


「うそだろ!?」


 口で言うのは簡単だ。


 今、小石川さんは栗山さんのお腹と胸の辺りに手を添えて。

 真っすぐきをつけ姿勢の栗山さんを持ち上げている。


 でもこれって。

 凄いことだよね!?


 それを裏付けるように。

 チア部の皆さんも目を丸くさせるなか。


 小石川さんは、栗山さんの身体を時計回りにくるりと空中へ飛ばして。

 見事半回転させて受け止めてみせたのだ。


「ヘリコプター!?」

「け、経験者だったの!?」

「すご……! こんな綺麗なヘリコプター、見たこと無いんだけど……!」

「やだ、経験なんて無いですよぅ! テレビで見たのを二人で散々練習しただけで、これしかできないんですぅ!」

「そう、そうなんです」


 さっきまでの評価はがらりと変わって。

 主役がすげ替わったことに満足したのか。


 もみくちゃにされる栗山さんを置いて、小石川さんはいそいそと戻って来た。


 そんな大騒ぎの中。

 ギリギリ聞こえたつぶやきは。


「ちっ……。やっちまった」

「ん? 小石川さん、なんて?」

「あ! 先輩、聞いて下さいよぅ! ちょっと手首ひねっちゃってぇ!」

「あらら。シップ貰っとこうか?」

「やだぁ! そこまで大げさにされたら困りますぅ! でも先輩、優しいんですねぇ!」

「え? そ、そう?」

「…………ちょろ」

「え? 今なんて……」

「よし!!! 決まりました!!!」


 うわびっくり!

 なんだよ秋乃、何が決まったの!?


「今日の栄えあるびっくり大賞は!」

「まだ考えてたんかい!」


 急に立ち上がって。

 楽しそうに宣言する秋乃に生あたたかい視線が注がれる。


 いくら今日はお遊びみたいな日だからって。

 そこまで自由に部活の邪魔しちゃいかんだろ。


「世界を驚きで満たす、そんな女性をだれもが首を長くして待ちわびていた!」

「引っ張るねえ」

「でも発表の前に、ここで賞品を皆様にお見せしましょう!」

「いらんわ、そんな演出も賞品も」

「びっくり大賞受賞者への賞品は、この箱!」


 ご機嫌な秋乃が自信たっぷりに手をかざしたその先にある。

 世界が首を長くして待ち望んでいた者への賞品は。



 あっかんべーした首が飛び出た起動済みのびっくり箱



「うはははははははははははは!!! 確かに長くしとる!」

「て、テープが弱すぎた……」


 やれやれ。

 式典はぐずぐずになったけど。


 お前が表彰したかった二人はよく分かる。



 でも、その二人。


 一人は本気で困って泣きそうになってるし。

 もう一人の方は。


「そんな難しそうな顔してどうしたんですぅ? 先輩!」


 輝くばかりの笑顔をしているのに。

 どこか、楽しくなさそうに見えるのだった。

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