喫茶店の日


 ~ 四月十三日(水) 喫茶店の日 ~

 ※鼠窃狗盗そせつくとう

  泥棒のこと




「…………喫茶店部?」

「そう見えるなら、お前の目は正常だ」


 いつも、俺たちがお邪魔する体育館の一番隅っこ。


 バスケ部とチアの応援のため。

 ピクニックシートでお茶をすすっていたことがそもそもの始まりだったこの場所は。


 いつしか、甲斐ときけ子とパラガスにドリンクやタオルを準備するようになり。


 それが他の部員も一人二人と増えていくと。


 さすがに需要が供給を上回り始めたので、俺が冗談で有料だと宣言したら。


「まさかほんとに払うとは思わなかったんだよ」

「だからって、品数すんげえけど。おにいは、ほんとはおバカさん?」

「だって、美味いって褒めてくれるんだもん」

「おにいは、ほんとにおバカさん?」


 スポーツ飲料にプロテイン飲料。

 コーヒー紅茶にはちみつレモン。


 ガム、グミ、チョコバー、シリアルバー。

 肉まんあんまんピザまんカレーまん。


「そして一番売れるのが、この焼肉弁当だ」

「…………部活中に?」

「今更ながら、一番バカなのは客の方だと思うのだよ」


 非常識を、恐らく世界で一番肯定する凜々花ですらこのリアクション。


 今日は、休憩の五分間で全部員が焼肉弁当を食べきるという恐るべき大食漢ばかりが集まった。

 バスケ部へ見学に来た、我ら部活探検同好会。


 部活勧誘は来週からだが。

 部活見学や体験、あるいは入部自体を制限しているわけではないという裏道をかいくぐり。


 こうして、生徒会からどやされそうなフライングを決行しているわけなのだけど。


「にょー!! チアとバスケ部の見学が一番くたびれますよ! 先輩!」

「にゅ! にゅ!」

「まったく。月二回のペースでワンコ・バーガーより大変な仕事をさせられる……」

「いつも助かるよ。今日はここまででいいから、後は部活に混ざるなり後輩たちの面倒見るなり好きにしてくれ」


 そんな俺の言葉を聞いて。

 急に肩に力を入れた拗音トリオ。


 ははあ、さてはお前ら。

 『後輩』って言葉にびびってやがるな?


 思えば、俺もこいつも。

 一年前は、緊張の連続だったっけ。


 特にこいつ。

 年下というものを前にすると、平静でいられなくなる不器用さん。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 お前は、お客さんの前に売り物をどしどし積み重ねてるけど。

 田舎のお婆ちゃんじゃねえんだから、やめときなさいな。


「ほら、朱里。一年ズが早速困ってるぞ?」

「にょにょっ!? 先輩が指示してくださいよ!」

「こいつらの面倒はお前らに任せたって言っただろ? ほれ、頑張りなさい」

「あ、えとですね! 女子バスケの練習に混ぜてもらうこともできるんだけど、誰かやってみたい?」

「はいはい! 凜々花、バスケ大得意だからやってみたい!」

「お前がバスケ得意? ほんとか?」

「異名まであったんだぜ?」

「なんて」

「令和のラルフ・ブライアント」


 知らんよそんな選手。

 レイカーズ? ウォリアーズ?


 でも、バスケなんてろくに知らない俺が眉根を寄せてる間に。


 朱里とゆあに連れられて。

 凜々花はコートに行ってしまったので話はここで終わり。


 ということで。

 続きはこっちかな。


「ゆあに逃げられた……」

「そんな顔すんなよ丹弥。ほれ、お相手お相手」


 本人たちの前で露骨に困るな。

 お前ならできるから。


 でも、売り場の後片付けをぐずぐずと続けて出てこようとしない丹弥に。

 秋乃が面倒なことを言い出す。


「あ、あたしが代ろうか?」

「ほんとですか!?」

「こら。親切心ならともかく、私利私欲で出て来るなお前は」


 そうでなくても今まで散々しゃしゃり出て来てるんだ。

 我慢しろ少しは。


 俺は、秋乃と丹弥の腕を掴んでポジションを入れ替えた後。


 秋乃に縄をうって御用にしておいた。


 ……そんな下手人がご執心だった一年生。

 それはもちろん。


「……やれやれ。お姉様はいつもこうなのか?」


 秋乃、最愛の妹。

 舞浜春姫ちゃん。



 ではなく。



 そのお隣りに、ちょこんと腰かけた。

 小動物のような女の子。


「えっと、春姫さんは舞浜先輩の妹さんで、あなたの名前が……」

「く、栗山みらい……、です」


 急に暑くなって。

 ほとんどの生徒が上着を脱いで過ごしているというのに。


 着込んだぶかぶかのVネックセーターはしっかり秋冬用。

 その上、ウサギ耳のリュックを背負いっ放しなんて。


 こんなの。

 どう考えたって。


「か、可愛いんだけどどうしよう立哉君!」

「お前は俺のセリフを華麗に奪う大泥棒なのかな?」


 極めて小柄な拗音トリオ。

 未だにご近所ですら小学生と勘違いされる凜々花。


 俺の周りには、小さな女子が多いというのに。

 この子はさらに一回り小さくて。


 背負ったリュックは座った床に届くほど。

 セーターも、萌え袖どころかうらめしや。


 そして、花粉症らしく。

 さっきからくしゃみをするたび。


「へっちょ!」


 顔の半分ほどが。

 セーターの中に潜っちゃうんだけど。


「あ、あれ見る度に悶絶する……!」

「今度は俺のモノローグまで盗む気か?」


 そんな二人に、フランクな口調で部活探検同好会について説明をしている丹弥には悪いけど。


 俺たち、お前の言葉が耳に入って来ねえよ。


「邪魔して悪いけど……」

「悪いと思うなら邪魔しないで欲しいよ、先輩」

「えっと、春姫ちゃんのクラスメイトなんだよね?」

「……ああ。栗山さんは、入学初日に私に話しかけてくださってな」

「友達になろうって?」

「……それが、友達を紹介したいという妙な口説き文句だったので困惑したんだ」


 すっかり余計な話になってしまって。

 丹弥が冷たい視線を向けて来る。


 でも、その変な話が気になって。

 続きを聞きたくて仕方ない。


 俺は、栗山さんの言葉の意味と。

 今に至る経緯を聞くべく。


 口を開いたその瞬間。


「ふべし!」

「おお! よかった他の人じゃなくて!」


 俺は、凜々花の剛速球に横面をはたかれて。

 床を舐める事になったのだ。


「こら。第一声はせめてごめんなさいだろが」

「そうでもねえよ? みらいちゃんとかハルキーじゃなくて何よりじゃん?」


 まあ、確かに。

 これが栗山さんにでも当たってたら壁まで飛ばされることになってただろうけど。


「とくにみらいちゃんに当ててたら大事よ? 入学初日に決定した、うちのクラスのバスケットなんだかんな!」

「ボール役なら解釈一致」

「そ、そうじゃなくて……。ただの言い間違い……」


 当たり前だよそんなの分かってる。

 でも、秋乃がわざわざ口を挟んできた時に。


 焼肉弁当にオマケでつけたデザートを手にしながら。

 ちらりと栗山さんの方へ視線を向けたのを、俺は見逃さなかった。


 ということは。

 もうひとつボケを重ねる気か。


 でもそれが。

 この、緊張しながらびくびくしている小動物に通用するのかな?


 俺は、秋乃が空回りするだけという馬券を買って。

 レースの結果を黙って見守ることにしたんだが。


「く、栗山さんは、春姫たちのクラスの……」


 そして秋乃は。

 手にした黄緑色の粒をどや顔で掲げながら。


「アプリコット」

「うはははははははははははは!!! お前が持ってるのはマスカットだ!」


 予想外のボケをして来たんだが。

 笑ったのは俺一人。


 それどころか。


「……お姉様。ただいまから、一般常識の授業を行います」


 呆れと恥ずかしさをない交ぜにした複雑な顔の春姫ちゃんにより。

 果物を百種類覚える羽目になったのだった。



 …………まあ、この二人に。

 バスケ部はねえよな。


 明日は、春姫ちゃんと栗山さんに合いそうな部を紹介してみるか。



「……栗山さん」

「はい……」

「マスカット、食べる?」

「いただきます……」


 そして。


 小さな粒を。

 両手で持って。


 ちまちまと口にする小動物。


 友達作りが苦手そうな。

 引っ込み思案な感じの彼女が口にした言葉の意図が。


 俺には。

 なんとなくわかった気がした。

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