パンの記念日


 思い出の場所。

 思い出の景色。


 それが無くなると。

 誰だって寂しいのは当然だ。


 あんなにはっきりと覚えていた記憶すら。

 消えて無くなってしまう気がして。


 俺はこう見えて。

 実は泣き虫だから。


 秋乃が涙を零さなかったら。

 俺が頬を濡らしていたに違いない。


 二人が共有した秘密。

 友達が欲しいという願い。


 それを確かめ合ったサイトは。

 きっと、俺たちに。

 友と呼べる人がたくさんできたから。


 その役目を終えて。

 去って行ったに違いない。



 でも。

 それならば。



 『友達の作り方』



 あなたを必要とする。

 今年の新入生たちは。


 どうやって友を作れというのか。



 ……今、俺は。


 『友達の作り方』の探し方。


 そんな検索キーワードを。

 毎日なんとなく。

 携帯に打ち込む日々を送っていた。




 秋乃は立哉を笑わせたい 第24笑


 =恋人(予定)の子と、

  新しい友達を作ろう!=



 ~ 四月十二日(火) パンの記念日 ~

 ※金科玉条きんかぎょくじょう

  絶対正義の法、規則。

  現在では融通の利かない例に

  使われることが多い。




 とうとう迎えた新学期。

 課題が山になりすぎて。

 すでに切り崩す気が失せている。


 まず、進路のことはどうするか。


 あの石頭に、進路希望書に志望校を書いて提出したら。

 そうじゃなくて将来何になりたいか書けと突っ返された。


 急いで考えないといけない。

 でも、慎重に考えなきゃいけない最重要課題だ。


 そして二つ目の課題。

 部活のことはどうするか。


 拗音トリオの好きにさせればいい。

 なんなら三人の代で店じまいしても構わん。


 俺は、そう思っているのだが。

 みんなが存続させたいと願うなら。


 頑張って部員を募集しなきゃならなくて。

 でも、そんなの苦手分野だし。


 どうしたらいいのかまるで分かりません。


 さらに三つ目の課題。

 これが最も難しい。


 旅行の間も進展なし。

 気付けば不可解な関係性のまま数ヶ月が経とうとしているわけなんだが。


 そんな課題が。

 皿を叩いて催促して来る。


「お、お腹空いた……」

「やめい。課題にする気が萎えるのだ」


 俺の返事の意味をはかりかね。

 白魚のような指をあご先に当てて小首を傾げるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 その切れ長に見つめられると照れくさくなる自分に気付いてから。

 あさっての方を向いて喋ることが増えているけれど。


 さすがに今のには。

 噛みつかんばかりに顔を寄せて文句を言える。


「皿を箸で叩くものではありません」

「た、立哉君が持ってたマンガで見た……」

「マンガで見たからって、目からビーム出したら逮捕でしょうに」

「な、なるほど。言いたい事は伝わったけど、でも、ビームの罪状は?」

「…………そこはかとなくスケベ罪」

「たしかに壁を透視してたけど、そんな応用よく思い付いたね……」

「これぞ妄想力」

「立哉君。スケベ罪で逮捕」

「うい」


 こんな俺たちの、毎度バカバカしいやり取りを。

 笑って見つめるクラスの面々。


 その目が一斉に。

 教室の後ろ扉へ注がれた直後に。


 ふにゃあと福笑い。


「おにい! おにい! 大変大変!」

「四つ目の課題……」


 高校生活初日であるはずの今日。

 何度もこのクラスに乱入して来る我が妹。


 みんなが甘やかすせいで。

 すでに当たり前みたいになってるけどさ。


「……三年生の教室にホイホイ入って来るんじゃねえ」

「だって大変なんだよおにい! 凜々花の弁当が無い!」

「はあ!? 忘れて来たの!?」

「食っちまったの!」

「じゃああるわけねえだろこのおバカ!」


 クラスに居並ぶお客様。

 掴みで一斉に大笑い。


 呆れる俺をスルーして。

 この人気芸人は、秋乃がすすめる椅子に腰かけようとしたんだが。


 その目が俺たちの昼飯を捉えると。

 ひと際でかい声で大騒ぎ。


「おにい! また小倉さん!?」

「秋乃がご所望なんだ。飽きるまでこればっか食い続けるだろうな」

「凜々花、朝食も昼食も今食も三食続けて小倉さんになるんだけど!?」

「今食ってなんだよ。いやなら購買にいけば……」

「なんてドリーミーパラダイス!!!」

「……じゃあ座れ」

「あ。ハルキーも来るってよ?」

「俺の分が無くなるわ!」


 もうすっかりマスコット。

 こいつが何かしゃべる度。

 お客さんは膝を叩いて笑い出す。


 そんな、ファンの代表格。

 王子くんときけ子が秋乃の机に弁当を広げながら凜々花に話しかけて来た。

 

「あっは! 凜々花ちゃんは入りたい部活決まってるの?」

「こら王子くん。部活勧誘は来週からって規定があるだろう」

「勧誘なんかしてないよ、決まりだからね! だから演劇部に、自分から来てくれない?」

「グレーな攻め方すんな」

「そういう事なら保坂ちゃん妹よ! 我がチア部に入るのよん!」

「お前は今までの会話をちゃんと聞け!」

「いやいや我が演劇部に!」

「チア部、楽しいのよん!」


 にわかに始まる猛烈な勧誘合戦。

 そこになんとか参戦しようと。


 わたわたし続ける秋乃の姿。


 ……そうだった。

 こいつ去年もまともに勧誘できなかったもんな。


 俺も苦手なジャンルだし。

 いよいよもって、どうやって新入生を勧誘するか考えねえと。


 しかし、さすがに凜々花と同じ部活ってのはちょっと恥ずかしい。

 こいつの勧誘については秋乃次第。


 せいぜい頑張れやと見守っていたんだけど。

 旗色が悪いどころか。

 俺たちの様子をうかがうギャラリーの皆さんから、熱い視線でエールを送られる始末。


 まあ。

 負けは必至でしょうね。


「あんな? 王子くんちゃんとこも夏木ちゃんとこも行ってみてえんだどさ?」

「うんうん」

「うんうん」

「凜々花、最初に入るとこは決めてるんだ!」

「なんだそうなんだー」

「どこなのよん?」

「部活探検同好会!」


 その瞬間。

 がたっと席を立った秋乃の手に掲げられた半紙に勝訴の二文字。


 教室中から携帯のシャッター音とフラッシュが雨あられと浴びせられ。

 ご覧の皆様は光にご注意くださいと流れるテロップ。


 そんな、涙を浮かべた被告人に。

 待ったをかけるのも忍びないけど。


「おい秋乃。凜々花が『最初に』入るって言ってた意味分かってるか?」

「最初に? え? 言ってた?」

「言ってた」

「凜々花ちゃん、それってどういうこと?」

「凜々花、おにいに部活紹介してもらって、気に入ったとこに入るつもりだよ?」

「があああああああん!」


 ショックを受けてふらふらと席に着いた秋乃だったが。

 すぐに何かを思い付いたようで。


 入部届けに、何やら書き始めたんだが。


 虫眼鏡でも無ければ読めなさそうな。

 小さな文字で書かれたその一文は。



 移籍可能なフリーエージェント権獲得には、三年間当同好会に在籍する必要がある旨了承します。



「…………それはもう法的にアウト」


 俺は、イカサマ入部届をビリビリに破いたあと。

 秋乃の手に『逆転敗訴』と書いた紙を握らせて。


 廊下に立たせてやった。



 ※この後、フラッシュにより画面が明滅いたします。ご注意ください。

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