第11話
「構わない。どのみちクルスライムは知っていたことだ。本人は今忘れているのだろうが」
「全く。どれだけ人違いだって言ったら納得してくれるんだよ?」
前髪を掻き上げる来夢にケルベロスは呆れたような目を向ける。
「「ルヴィ!!」」
そこまで話したとき彼女を呼ぶ声が聞こえた。
振り向けばクリストファーとアーノルドが強張った顔で立っている。
「クリス兄さま、アルト兄さま」
ルヴィは手を振ったが、ふたりは動かない。
それでなにを警戒しているのか、ルヴィはようやく気付いた。
常識はずれなハデスとのやり取りで、彼女もちょっと感覚が麻痺していたようである。
「ケルベロスを恐れる必要はありませんわ、兄さまたち、彼はライムの護衛のためにいるのです」
「ライムの護衛のため?」
「どういうことだ?」
キョロキョロと視線を彷徨わせるふたりに、ケルベロスが近付いていった。
思わずふたりが身構える。
「そなたたちは?」
「エルクトの第一王子クリストファー」
「同じく第二王子アーノルドだ」
「なるほど。ふたりを兄と呼ぶということは、そなたは王女だったのか?」
「あ。言っていませんでしたね。すみません」
振り向いたルヴィに謝罪され、ケルベロスはすこしだけ困惑の声を出す。
「もしかして竜王の花嫁とはそなたのことか?」
「……はい。ご存じでしたか」
(竜王の花嫁?)
来夢は首を傾げたが続いたケルベロスの言葉には、思わず待ったをかけそうになった。
「竜王の花嫁になりたくなければ、クルスライムを頼るといい。クルスライムの言葉なら、竜王たちも耳を傾けてくれるはずだ。クルスライムの望まぬことは竜王たちにはできない」
「はあ。ですが本人は人違いだと申しておりますが?」
「ふむ。そこが問題だな」
ケルベロスの言葉に来夢は頭を抱え、聞き逃せない単語にクリスとアルトは妹に問いかけた。
「「ルヴィ。どういうことだ(い)?」」
「そのお話はお部屋でしましょう。これ以上ケルベロスを見ていると、周囲が恐怖のあまりおかしくなってしまいます」
ひっきりなしに上がる悲鳴にふたりは周囲を見て妹の意見を受け入れた。
部屋に向かいながらクリスが妹に問いかける。
「ところでケルベロスを置いていったのは、やはりハデスかい?」
「はい。図書館に急に現れて」
「そう。神々が動くなんていつ以来だろう?」
首を傾げてケルベロスを見るクリスに、当のケルベロスは知らん顔だ。
今口を開く気はないと意思表示されてクリスも諦めた。
部屋につくまでの辛抱だと。
「なんで俺がこんな目に……」
しみじみと嘆いている来夢をじっと観察しながら。
ハデスが現れてからの一部始終を聞いて、思わずクリスは頭を抱え込んだ。
「それで? ライムは本当はクルスライムというのかい?」
問われて来夢はそっぽを向く。
「たしかに俺は来栖来夢だ。でも、ハデスたちの言っているクルスライムじゃない。人違いだよ。そもそもハデスたちの言ってるクルスライムって女性らしいし」
男装と指摘されたことを思い出して来夢は不機嫌だ。
首を傾げる兄の横でアルトがケルベロスに声を投げた。
「実際のところはどうなんだ? 本当に人違いなのか、ケルベロス?」
「さて。どうだろうな」
惚けるケルベロスにクリスは呆れたような目を向ける。
「惚けるくらいなら冥府に帰るべきだったのでは? ここに残っている時点で人違いだとは思っていないことは明白ですよ」
「我等がどう思っていようとクルスライムにとって人違いなら断言できない。その事情も察するべきだ。人の世の王子よ」
ケルベロスはのらりくらりと逃げている。
断言しない彼にクリスは不機嫌になる。
「そもそもクルスライムとは何者です? どうしてライムがその人だと判断されると、力の門番たちが反乱を起こし、アポロンまでが行動を起こすんですか? そもそも神々は今動けないはずでは?」
「最後の部分だけ答えるが、動けないというのは誤りだ」
「「「え?」」」
3人が息を飲み、来夢もキョトンとケルベロスを見た。
それがなによりもの答えだったが。
つまり神々は動けないのではなく、神々を召喚する力を人間たちが失っただけで、神々は動く意思さえあれば動けたのだ。
「厄介な」
思わず呟いたクリスに「厄介だと言いたいのはこちらの方だ」と、来夢は言いたい文句を飲み込んだ。
反乱の動機となるらしい「クルスライム」と来夢が人違いされているのだ。
このままではすべての責任が来夢のものになる。
そんな事態を歓迎できるわけがない。
しかしクリスたちは冷静だった。
顔を見合わせて頷き合う。
「そちらの言っていることがすべて事実だとして、だ」
「ライムのことが人違いであろうと本人であろうとハデスは彼を助けようとした。それは反乱を起こす方が悪い。そう受け取っていいのですか?」
「反乱というものがどういうときに起きるか、人の世の王子たちにはわからぬか?」
「どういうとき?」
「主に対する不満が爆発したとき?」
ふたりの声にケルベロスは頷く。
「そういうことだ」
「つまり……『クルスライム』とは神々にとって主人的な位置にいた人物?」
「悠久の時代離ればなれではあったが、その関係性は変わっていない。だからこそ力の門番ドルトスたちは反乱を起こすし、クルスライムに裏切られたと思っているアポロンも放っておかないのだ」
クルスライムがどういう人物かは、まだだれにも飲み込めていない。
そもそも人間なのか神なのかすら不明だ。
だが、ライムが同名を名乗っていて、冥府な王ハデスにすら本人と言い切らせるほど似ていることも事実。
これは厄介なことになったとクリスたちは頭を抱えるのだった。
「迷惑だよなあ。俺は別人なのに」
「この際別人かどうかは重要ではないと思うよ、ライム」
「クリストファー王子?」
「周囲がそう判断している。そしてそれを否定しても信じてもらえないほど、きみがその『クルスライム』に似ていること。それは紛れもない事実だ」
「この場合、別人と言い張ったって、例えばライム。おまえが『クルスライムか?』と訊かれたら、『そうだ』と答えるしかないだろう? 実際同じ名前なんだし」
「そこで別人かどうかは重要じゃない?」
来夢の険のある声にクリスたちは頷く。
「別人だと判断できないほど似ている。それがすべてだよ」
「これが発覚すると厄介ですね、兄上」
「そうだね。ライムが危険視されかねない」
頷くクリスにケルベロスがクギを刺した。
「クルスライムに余計な手出しはさせない方が身のためだ」
「どうして?」
「絶対的な力の前に人は無力だ。ご主人様ですら撤退するしかない力の持ち主。元々ドルトスたちの反乱も、アポロンの抗議もクルスライムには無意味なこと。人間がそのクルスライムに逆らう。それを神への反逆と取る神々も当然いるということだ」
「すべての神々が反乱するわけではない?」
クリスの問いにケルベロスは肯定する。
「むしろ反乱はごく一部の過激派のみと思った方がいい。そこで人間がクルスライムを襲ったら、他の神々が黙っていない」
「天罰がくだる?」
「その可能性は否定できないな」
「俺……別人だよ?」
来夢の声にはだれも反応できなかった。
いくら彼が別人だと否定しようと、周囲が彼を本物だと認めている。
それがすべてな気がして。
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