第8話

「だから、今のところは大神殿に引き渡すつもりはないんだ。それで彼を不安がらせることもないだろう? 彼が恐れているのも、たぶん、大神殿を破壊した犯人として扱われることだろうから」


「それば彼が犯人だから、ですか?」


「さあ。それはわたしにもわからないよ。第一そうだとしたら、どうやって空から落ちてきて、神殿にぶつかり無事に済むんだい?」


「そうですよね」


 兄に言われて弟もその懸念を受け入れた。


 これまで感じてきたことすべてが、彼が大神殿を破壊した犯人だと特定し、また否定する。


 どうすればあんなに華奢で、簡単に殺せそうな少年が、大神殿を破壊できるのか、ふたりにはわからなかったからだ。


 そもそも空から落ちてくるなんて、どう考えても非常識だ。


「でも、歴史や神話を調べてどうするんでしょう?」


 アルトが首を傾げる。


 これにはクリスも首を傾げざるを得なかった。


 たしかにどうしてそんなところに興味を持つのか、彼の起こす行動は不可解なことばかりだった。


「それよりアルト。砦の方には戻らなくていいのかい?」


「今はそれどころではないでしょう? 大神殿が破壊されたことで、ぼくも呼び戻されたんです。その件がはっきりするまで砦には帰れませんよ。大丈夫です。ヴォルトを置いてきていますから、すこしくらいの留守なら問題にはなりません」


 ヴォルトとはアルトに付き従っている護衛の騎士である。


 大将軍ツヴァイの直属の配下で、ツヴァイはクリスの護衛騎士をやっていて、その配下ヴォルトがアルトの護衛騎士をやっている。


 その関係でクリスにはアルトの近況はよく伝わってくる。


 国境のある砦を任せるに当たって、弟の身辺を護れるように手配したのはクリスである。


 どうやら上手くいっているらしいと判断してホッとした。


「兄上は彼を保護していたという奴隷の親子には問いかけないんですか? 彼が口を噤んでいても、そのふたりが事情を知っていたらわかるんじゃあ?」


「それは考えたけれどね? あまり彼を警戒させたくないんだ。彼はそのふたりを罪に問われるのを恐れて、ここに素直に同行したんだ。影で尋問したりしたら、きっとわたしたちに対してもっと警戒する。それは避けたい」


「何故ですか?」


 兄がそこまで彼を気にかける動機がわからなくて、アルトは怪訝そうだ。


 そんな弟に兄は肩を竦めてみせる。


「実は彼は最初からペガサスを知っていたんだ」


「嘘でしょう? だって召喚術を操る者の中でも一部の者しか知らないんですよ?」


「だけど彼は知っていたんだ。わたしがペガサスを召喚したとき、こちらがなにも言わなくても当てたんだ。ペガサスだと」


「信じられない」


 こちらでもペガサスはそれだけ貴重だということである。


 ユニコーンと並んで聖なる獣と呼ばれているのがペガサスだった。


 だからこそ、その実態を知る者は少ない。


「しかもね? 人間を簡単には近付けないペガサスが、彼のことは無警戒だった」


「非常識すぎる現象ですね」


 それが本当なら兄が彼を気にかけるのもわかる。


 あまりに普通ではないのだ、来夢は。


「それにわたしの発作のこともある」


「たしかにそれは疑問ですよね。兄上が同性に触れても平気だなんて、これまでは考えられなかったし」


「彼にはなんらかの秘密がある。それを打ち明けてほしければ、まず信頼を勝ち取るべきだろう。だから、大神殿に引き渡す気はない。引き渡したら下手をしたら処刑しかねない」


 大神殿に穴を空ける。


 それは神官たちにとって、それだけ重大なことなのだ。


 来夢がどれほど貴重でも、そんなことは気にせずに処刑しかねない。


 だから、クリスは大神殿との対応に追われている。


 そんなことは来夢は知らないけれども。


「だから、アルトに頼むよ。ライムを護ってほしい」


「それは大神殿の神官たちが、強行手段に出る恐れがあるということですか?」


「ないとは言い切れないな。実際にライムと逢う前に大神殿に穴を空けた不届き者を捕らえてほしいとは言われていた。見つかったとなれば、なんとしても処罰したいと思うだろう。その結果ライムに危険が及ぶ可能性も否定できない」


「神殿に穴を空けたのがライムじゃないとしても、ですか?」


「現状でライム以外の者がやったと納得させるのは至難の技だよ。彼の外見が悪すぎる」


「たしかに」


 兄の愚痴には納得してしまった。


 こちらがどれほど来夢を重要視していても、神官たちにとっては罰当たりな罪人なのである。


 それを突き付けられた気がした。


「わかりました。全身全霊をかけて来夢を護ります」


「頼むよ」


 気掛かりそうな顔をする兄に弟は安心させるように笑ってみせるのだった。

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