第7話
「うわあっ」
叫んで飛び起きて来夢は額に浮いた冷や汗を拭った。
「夢か……」
なんであんな夢見たんだろうと思う。
ここは異世界クルス。
その中心にあるらしいエルクト王国の宮殿。
それまでは想像もしたことない現実を思い出してため息が出る。
「今日はいったいなにをさせられるんだろう?」
クリスはあきらかに疑っている。
来夢が大神殿に穴を空けた人物ではないかと。
その疑いが晴れないかぎり、色々と引っかけられるのだろう。
どうやってかわそうか悩んでいると、不意にノックの音がした。
「はい?」
声を投げる。
この場合、返事をするべきだと思ったから。
「ライム。起きているか? アーノルドだ」
「アルト王子? どうぞ。起きてるよ」
そう告げるとアーノルド王子が気まずそうに入ってきた。
? と、首を傾げる。
「なんで気まずそうなんだ?」
「ライムはもうすこし自分の顔立ちについて自覚した方がいい。普通の男なら意識するぞ? ライムの部屋に早朝にやってくるとなったら」
「だったらくるなっ!!」
来夢が寝台の上で地団駄を踏むと、彼は「ふうむ」となにやら呟いて、ひとりで勝手に納得した。
「確かに顔立ちは美少女だが、言動がどこからみても男だな。それもがさつな男」
頭を抱えたくなることを納得されて、来夢は呆れたが彼は真面目なようだった。
「これでなぜ兄上の発作が出なかったのか、不思議で仕方ない」
今度の言葉にはなにも言い返せなくて、来夢はうつむいた。
それは指摘されたくない部分だったので。
「あー。そういう顔をするな。男の自尊心を粉々にしたかったわけではないんだ。ただクギを刺しておきたいことがあって」
「クギを刺しておきたいこと? なに?」
顔を覗き込むとアーノルド王子は大真面目に言ってきた。
「兄上が男性アレルギーだということは秘密にしておいてほしいんだ」
「食事のときにあれだけ派手に暴露しておいて隠してるのか?」
「あのときは流れ的に必要だったから言っただけで、兄上の立場的には男性アレルギーだということは普通は明かせないんだ」
「それはまあそうだろうな。言ってみれば次代の王の弱点を公開するようなものだし」
王とか王子とか、そういう日本ならお目にかかれない存在には、多少の抵抗や違和感はあるが、こちらでは現実なのだ。
彼らには彼らにしかない苦労もあるだろうし、いくら非日常的な意味で苦労しているからといっても、来夢がそれを台無しにする気はなかった。
「大丈夫。言ったりしないよ。クギを刺さなくても、俺から打ち明けることはなかったのに」
「まあそうかもしれないが、まだお互いによく知っている仲ではないだろう? それで全幅の信頼を寄せろと言われても」
「それもそうか。だったら誓うよ。俺からは絶対に明かさない」
誓った来夢にアーノルドはすこしだけ微笑んだ。
寝台から抜け出すと来夢は着替えようかと思ったが、アルトが出ていかないので、ジロリと彼を睨んだ。
「この国では着替えの場に堂々と居座るのが普通なのか?」
「そうは言わないが男同士だろう? 別に気にしなくても」
悪意はなさそうな彼に来夢は頭を抱えてしまう。
「俺は着替えをみせる趣味はない。出ていってくれ」
「……そういうことをいうから性別を疑われるんだぞ?」
出ていき間際に嫌味を言っていった彼に、来夢は彼が消えたあとで思いっきり舌を出してやった。
朝食の席でも来夢は特に質問されたりとか、そういうことはなかった。
クリスはなにやら忙しそうにしていて、あまり来夢に話しかけてこない。
だから、アルトがきたのかなと勝手に納得した。
「あの……クリストファー王子」
「なにかな?」
食事が終わる頃、声をかけてきた来夢に、席を立とうとしていたクリスは、不思議そうに彼をみた。
「この国の歴史とか神話関連の本……書物が読みたいんだけど?」
「構わないけれど、きみ字が読めるのかい? どこから見ても異国人の外見だけれど」
「うっ」
言葉に詰まってしまった来夢の傍に寄ると、アルトがサラサラと文字を書いてみせた。
「なに、これ?」
「読めるか?」
正直に言えば全く読めない。
なにが書いてあるのかもわからない。
口を噤んでしまった来夢に、同席していた3人は大体のところを掴んだ。
彼はやはり異国人らしい、と。
「その様子だと読めないらしいな。それで本を読むなんて無理だ」
「でも、知りたいことがあるんだ」
「だが、これは子供でも読める1番簡単な字。ぼくの名前だ。難しい字ではない。それも読めないんだろう?」
「これが……アーノルド?」
どこをどう見たらそう読めるのか、さっぱりわからない。
来夢の目にはただの落書きに見える。
「こんな簡単な字も読めないようでは、とてもじゃないが歴史や神話関係の書物なんて読めないぞ。もっと難しい字が出てくるんだから」
「でも」
妙に現実味のある接合性のあったあの夢。
来夢には無視することができない。
どうしても調べたいのだ。
そこに元の世界への、地球への帰還の方法があるかもしれないと思うと。
唇を噛み締める来夢を見ていたルヴィが不意に口を挟んだ。
「だったらわたくしが代わりに読んであげるわ。あなたは隣で聞いていればいいでしょう?」
「「ルヴィ?」」
驚いた顔で問いかける兄ふたりにルヴィは微笑んでみせる。
「だってクリス兄さまもアルト兄さまもご公務で忙しいでしょう? わたくしにも勉学はあるけれど、兄さまたちよりは時間が自由になるわ。わたくしが彼の気になることを調べて読んであげればいい。違う?」
その言葉は裏返せばこういうことだった。
彼の隠している素性を知るチャンスだから、ここは活用するべきだ、と。
彼がなにに対して興味を持っているか、それを知れば彼の素性についても、すこしは予測が立てられるから、と。
これは来夢には通じなかったが、兄ふたりには通じている。
ふたりは顔を見合わせて、やがて妹の言い分を認めた。
諦めたようにクリスが話しだす。
「決して勉学に支障の出ないようにしてほしい。いいね、ルヴィ?」
「もしルヴィに読めない字が出てきたり、意味のわからない言葉が出てきたら、すぐに訊ねにくること。いいね?」
「相変わらず過保護ね、兄さまたち」
呆れ顔になるルヴィに来夢も同じことを感じたが、ここは彼女に感謝して特に口を挟まなかった。
連れ立って出ていくふたりを見送って、アルトが兄に近づく。
「ライムに言わなくてよかったんですか、兄上? ライムの引き渡しを大神殿に要求されていること」
弟の言葉に兄はすこし肩を竦めてみせる。
「わたしの主観だけれどね? どうも彼からは犯罪の臭いを感じない」
「確かにぼくも感じませんが。それどころか彼には身を護ることもちょっと難しいでしょう。手や肌が荒れていないと兄上から聞きましたが、彼はあまりにも華奢だ。筋肉なんてついてないようにみえるし、あれで戦って身を護れと要求するのは酷でしょうから」
たとえば彼がどこかの国の間者だとする。
だとしたらもうすこし油断ならない感じを受けるだろう。
戦って身を護ることもできない間者なんて間者としては失格だ。
これが女の間者で色仕掛けできたとしても、自分の身を護ることくらいは普通にできるだろう。
間者はそのくらい危険な仕事だ。
だが、彼にはこちらを騙そうという素振りもないし、それどころか力を込めて腕を握ったらおそらく簡単に骨を折ることができる。
そんな間者なんて聞いたことがなかった。
ましてや泥棒だとも考えにくい。
これも間者と同じ意味だ。
まるで彼は貴族の子弟のようだと、ふたりは感じていた。
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