27:かがやけり、ほがらかに 3
十二月に入ったばかりの頃――万里は授業が終わった後の講義室で、机に肘をついてスマホを見つめていた。大きな万里の片手にスッポリとおさまるスマホを見るのは、いつもなら五分が限界である。ソシャゲもSNSもしない万里は、されどこの日、液晶画面と長時間睨めっこをしていた。
「ばーんり」
「遊び行こー」
背中からするりと腕を回され、首に巻き付かれる。柔らかい女の肉の感触と、ふわりと香る香水。万里は視線一つ寄越さずに手で払った。
「え。なん?」
抱きついていた愛菜が体を起こし、目を見開いて万里を見る。
以前愛菜とは仲違いをしたが、彼女は万里と「友達」を続けることにしたらしい。次に講義で会った時には、自分の自慢の爪で万里の頬を打ったことなど忘れたかのように、普通に話しかけてきた。それならば、万里も合わせるだけである。彼の意図を汲み、愛菜も友情以上の執着をあれ以降は見せてこない。
万里は頬杖をつき直すと、スマホを見つめたまま答えた。
「好きな子出来たから、やめてな」
梨央奈に「好きな人が出来た」と伝えられた夜、彼女が他の男に抱きついている姿を想像して、万里はもの凄く腹を立てた。
あれが、生まれて初めて感じる嫉妬なのだと気付いた万里は、今まで気にもならなかったことが気になるようになってきた。
勝手に写真を撮られたり、SNSに上げられるのと同じく、これまではたいしたことではないと、好きにさせていたことだ。
それら全てを一々断るのは手間な上に、人間関係に波風も立てる。
しかし面倒以上に大切にしたいものが出来たのだから、仕方がない。自分の変化を、万里は受け入れていた。
愛菜は驚愕の表情を浮かべ、芽衣は「うひゃ」と嬉しそうな声を出す。
「彼女出来たん?」
「うんや」
万里が首を横に振ると、愛菜が目をつり上げる。
「なんそれ。今まで彼女いない時に、そんなこと言ったことないやん!」
噛みついてくる愛菜を、芽衣が押し留めてにやにやと笑う。
「なーん? 大事にしてんね?」
「大事やからな」
スマホの操作を再開して、芽衣に返事をする。
「えー。どんな子~?」
むっすりとへそを曲げている愛菜の隣で、芽衣がにやつきながら尋ねてくる。
「可愛い子」
「へえ! ふーん!
芽衣が訳知り顔でにやつく。
「万里がクリプレチェックしてるんとか、初めて見た」
万里のスマホを覗き込んだ芽衣が、嬉しそうに言う。万里はスマホを傾けて、芽衣に画面を見せた。
「なあ、どんなんがいいと思う?」
――ガンッ
「聞いてんじゃねーよ」
――グワングワングワングワングワン……
講義机の幕板をヒールで蹴ると、ものすごく音が響くことを万里は初めて知った。講義室中の視線が愛菜に集まる。
仏頂面を浮かべた愛菜は、くるくるに巻いている髪を靡かせて万里から離れて行く。そんな愛菜と万里を見比べた芽衣が、けらけらと笑った。
「あとで絶対揉めるし、そんな好きなら他の女に聞いたもんとかあげんほうがいいよ」
芽衣が手を振る。
なるほど、と感心した万里は「愛菜!」と怒った女性を呼び止めた。
愛菜が振り返る。怒り顔の愛菜に、万里は薄く笑った。
「いい女過ぎんね、お前」
「――っ万里なんかっ、だあっい嫌い!」
子どものように顔を顰め、ぽろりと涙を零した愛菜が捨て台詞を吐いて去って行く。
肩を怒らせて講義室を出て行った愛菜に、芽衣と万里は笑う。
「こないだ街行ったら、クリスマスフェアやってて楽しかったよー」
芽衣は助言を残し、愛菜を追いかけて行った。
(そうしてみるか)
スマホなんかよりよっぽど頼りになる友人達の助言を受け、万里は立ち上がった。
***
「高校生の女の子に、クリスマスのプレゼントを探していて」と正直に伝えると、店員の誰もが親身になってくれた。
「妹さんにですか?」
「いえ、大事な子に」
万里がそう告げると女性店員らはより一層笑顔の輝きを増し「この商品の特徴はこうで」「前のタイプに比べるとこういうところがこうなっていて」「若い子にも人気の香料で」と、鼻息を荒くして饒舌に接客した。
人の話を聞くのは苦ではないので、万里は適当に相槌を打ちながら、梨央奈のイメージに合いそうな物を二つまでに絞った。
梨央奈が好きなオレンジの香りのスクラブ洗顔と、高校生でも着けやすい色合いのパール粒が入ったリップグロスセット。
そのどちらも、絶対に梨央奈にプレゼントしたかったため、万里はどちらも買うことにした。
――そうしてめでたくスクラブ洗顔はクリスマスに、そしてリップグロスは誕生日に梨央奈の手に渡った。
梨央奈はそのどちらも、曖昧な顔で受け取った。
喜びを表現したくないとでもいうような微妙な怒り顔は、万里に対する甘えの証である。
梨央奈が内心どれほど嬉しがっているのかを明確に伝えている頬の赤みが、万里は可愛いくて仕方がなかった。
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