25:かがやけり、ほがらかに 1
受験生に、クリスマスも年末年始もない。
と言われてはいるが、受験生だけ別空間に飛んで行くわけではない。
世間は楽しいクリスマス一色。というのに、梨央奈といえば冬休み返上で学校と塾と家を往復していた。
――しかしそんな梨央奈にも、イベントの香りを届けてくれる友人はいる。
「梨ー央ちゃーん。メリクリだよぉ」
「裏切り者は何処だ」
ちゃんちゃんこ姿で玄関に立った梨央奈は、吉岡家の玄関にやってきた
クリスマス仕様に可愛く着飾った心は、にこにこと笑顔を浮かべたまま、ボア素材のアウターのポケットからスマホを取り出す。
{こーこでーす! ここ、ここー! 私は今、なんとー! 早川家の洗面台に来ておりまーっす! いやあ、つい先日掃除をしただけあって、どこもかしこもピカピカですねえ。年末の大掃除、皆さんは終わりましたか? ところで、
「裏切り者ぉお!!」
世界の隅までイッテきたお笑い番組の海外中継のようによどみなく、夏帆がスマホの中から早川家の近況を伝える。
心のスマホのビデオ通話で繋がった夏帆は、神妙な顔をして梨央奈を見た。
{梨央奈、聞いて}
「な、何」
{今日私、リベンジしてくる}
「――何を……?」
去年のクリスマス、吉岡家で泣き崩れていた夏帆の真顔に釣られ、梨央奈はごくりと生唾を飲んだ。
夏帆は真剣な表情を浮かべたまま、頷く。
{タピオカ}
「勝手にして来いよー! ていうか、まだ怖がってたんかい!」
膝から崩れ落ちた梨央奈を見て、心がきゃっきゃと笑う。
{だって! クリスマスの力でも借りないと、あんなのもう一回頑張れる気がしない!}
「はいはい! 三浦と楽しんで来れば?! タピオカに
裏切り者とは、恋人と楽しいクリスマスを送る夏帆のことである。彼氏のいない心と梨央奈は、今年も楽しく吉岡家でお泊まりだ。
{淋しがんないで。夜はそっち行くから}
いい女ぶる夏帆に、心が笑ったままのんびりと言う。
「夜になって『お母さんにはぁ梨央奈のところにいるってことにしといてえ!』って電話来そーだよねえ」
「心ぉ!?」
{ココォ!?}
「わはは」
梨央奈と夏帆がぎょっとするも、心はわはわはと笑っている。繊細そうな見た目に反して、一番肝が太いのが心である。
――三十分になってビデオ通話を切ると、そのあとは心と二人でのんびりと過ごした。
梨央奈は年始の共通テストに向けて勉強をしたり、漫画を読んでいる心にくっついたり、過去問を解いたり、海外ドラマを見ている心を吸ったりと、受験生らしいクリスマスを過ごしていた。
そうこうしていると、夕方過ぎに
クリスマス特番をテレビで流しつつ、母に許されている予算ギリギリまで計算し、三人で宅配ピザをネットで頼む。
父と母は、今日は一日二人でデートだ。父は毎年クリスマスだけは、母とのデートのために必ず休みをもぎ取っていた。
夜には帰ってくると言っていたが、泊まって来てもいいよと伝えているので、どうなるかはわからない。
母が大食いの心用に作ってくれていたクリスマスツリー型のポテトサラダの前で、父が買っておいてくれた女子会用のシャンパンを三人で囲む。
実は、開け方がわからない。
三人で四苦八苦していると、ピンポーンとインターホンが鳴った。
「ピザ!」
梨央奈は母から貰ったピザ代が入っている財布を掴んで、「はいはーい」と玄関に向かった。スリッパを引っかけ、上機嫌でドアを開けて、ぎょっとする。
「清宮さん?!」
「メリークリスマス」
そこにはピザ屋のサンタ――ではなく、万里が玄関ドアの隙間から手のひらを見せていた。
「梨央、兄ちゃんも」
「泰ちゃん! おかえり!」
ドアを開け、二人を中に通す。なんだなんだと心と夏帆もリビングから顔を出し「あっ」と頭を下げた。
「こんばんは」
「お邪魔してます」
「こんばんは、こちらこそお邪魔します」
「こんばんは、どうぞどうぞ」
四人は玄関で、ぺこぺこ頭を下げあっている。そうこうしていると本当にピザ屋が来て、梨央奈は宅配員への対応に追われた。
梨央奈がお金を払い終えて、チラシだなんだと受け取ってリビングに戻ると、既にピザは運ばれていた。どうやら万里が運んでくれていたようだ。
「どうしよ、泰ちゃんと清宮さんの分ないよ?」
「いやいや、邪魔せんよ。せっかく女の子集まって遊んでんだから、楽しみなさい」
泰輝が害のない顔で言う。梨央奈は兄のこういう、女子の前だからと変に威張ったり格好付けたりしないところが、実は大好きだ。
「あ、清宮さん。シャンパンだけ開けてって」
「ん、どれ」
梨央奈は当然のように万里を呼び止めて、台所へ連れて行った。女子三人であーでもないこーでもないと苦戦していたシャンパンは、ものの数秒でポンッといい音を立ててあく。
「あ。お兄ちゃん淋しくないんで、ご安心ください」
「わはは、はぁい」
「安心します」
頼られなかった兄が、心と夏帆に何か言っている。しかし梨央奈は、先ほどへっちゃもっちゃした際にボトルを振りすぎたせいで瓶から勢いよく漏れ出るシャンパンの中身を、グラスで受け止めようと必死だった。
梨央奈がちょこまかと動いているのを見て、万里は瓶の先をシンクの上で固定しつつ、大口を開けて楽しそうに笑っている。
なんとかシャンパンをグラスに注ぎ終えた女子らは、ピザの蓋を開けて歓声を上げる。そんな梨央奈達を見て、泰輝は「んじゃ」と言った。
「俺ら行くから」
「うん。何時に帰る?」
「わからん。鍵は閉めとけよ」
「はーい」
どうやら女子だけで家にいる梨央奈達を心配して、様子を見に帰って来たらしい。
泰輝と万里が出て行こうとする。リビングから出て行った万里は、一分もしないうちに戻って来て梨央奈を呼んだ。
「梨央奈」
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