12:水色のサテンリボン 1

「ジュラシックピケ……」


(ってなんやっけ)


 駅ビルの中で見つけた看板を見て、万里はぽつりと呟いた。

 白い看板に淡いパステルカラーの文字が映える。一緒に駅ビルに遊びに来ていた女友達の愛菜あいな芽衣めいが、足を止めた万里を不思議そうに見た。


「どしたの? 万里」

「重ーい。万里、持ってよ」

「はは、勘弁」

 先ほどセールでごまんと買った服を持たせようとする愛菜に、万里は笑って手のひらを振る。


「なあ。ここって、女子が好きな店?」


「好き! 大好き!」

「ジュラピケ知ってんの?」

 どことなく聞き覚えのある名前だと立ち止まった万里は、「ジュラピケ」という略称を聞いて、どこで聞いたのか思い出した。以前梨央奈が「夏帆がクリプレに買ってもらったんだって。いいなー」と、吉岡母に話していたのを聞いたことがあったのだ。


 愛菜が頷く横で、芽衣が驚いている。万里は「ふーん」と相槌を打つと、愛菜に手を出した。愛菜はぱぁっと顔を輝かせ、服の入った紙袋を万里に渡す。万里は肩に担ぐと、ジュラピケの店舗に一歩足を踏み入れた。愛菜は顔中に喜びを広げて、万里についてくる。


 店内は柔らかな色合いに溢れていた。白くてふわふわした生地が多く、部屋着がメインに置かれているようだ。ルームウェアにしては高い金額と、見るだけでわかる触り心地の良さが、女子に人気なのだろう。


 ディスプレイされているとある商品を見つけ、万里はふっと息を吐き出すように笑った。機嫌のいい万里に愛菜も芽衣もにこにことして「これが好き」「こっちの新作だよ」と世話を焼く。


 万里は「そうなん」と相槌を返しつつ、スマホを開いた。


【 清宮 万里 / 白 水色 ピンク 】

【 清宮 万里 / どれが好き? 】

【 Liona / しいていうなら水色 】


 スマホの面倒を見てもらう際に、梨央奈からLINEのIDを聞いていた。彼女もスマホを見ていたのか、すぐに返事が届く。


 女友達から勝手にプレゼントされるせいで種類だけは豊富なスタンプをぽんと送って、万里はスマホをポケットにしまった。


 万里は並んでいた三種類の内、水色を手に取ると、レジへと運んだ。愛菜と芽衣がキャッキャと笑顔でくっついてくる。

 明らかに女性向けの店だが、レジの店員は男性客に慣れているようだった。愛想よくレジ対応をする店員は、ゆっくりとした手つきで商品をたたみながら万里に尋ねる。


「プレゼント用にお包みしますか?」

「お願いします」


 万里が告げると、店員は愛菜と芽衣をちらりと見たあと、万里に尋ねた。


「リボンのお色は何色がよろしいでしょうか?」

「水色ありますか?」

「ございます」


 店員はレジの下から水色のサテンリボンを取り出すと、慣れた手つきでくるくるっと包装した。

 にっこりと微笑んで商品を渡す店員に会釈して受け取ると、万里は店から出た。


「ねーねー、何買ったん?」

「ホワイトデーのお返し」


 渡された紙袋を手首にひっさげた万里が満足げに言うと、二人がきゃあと沸き立つ。


「えー! まじで?!」

「去年飴だけやったやんー! 飴以外もあるんなら、私もあげたらよかったぁ」

 今年のバレンタインはチョコを持ってこなかった芽衣が落ち込む横で、愛菜が「ふっふーん、いいでしょ」と笑う。


 万里は機嫌のいい愛菜と、落ち込む芽衣に引きずられ、次の目的地に向かった。




***




 梨央奈の通う学校は三年への進級時に、進学科と就職科にクラスが別れる。

 つまり、一年と二年の間は同じ顔ぶれで毎日を過ごすことになる。


 三組は大人しいねと他クラスに言われ続けてきたが、最後ばかりはとクラス会が催されることになった。


 通学もバイト先も電車に乗ることがない梨央奈は、高校二年生にもなって、電車に乗り慣れていなかった。

 勿論、ICカードなどとは無縁で生きてきたため切符を買ったのだが、買う時点でもたつき、切符の差し込み口でもたつき、ホームでもたつき、乗車口でもたつき――と散々だった。


 梨央奈よりも前の駅から乗ってくる夏帆と心と、同じ電車に乗り合わせるはずだったのに、梨央奈が乗車前にもたつきまくったせいで、電車を一本見送らねばならなくなった。そのため、梨央奈は一人で電車に揺られていた。それも更に、心細さに拍車をかける。


 電車特有のベロア生地の座面に無事座れてはいたが、いつ降りる駅に着くのだろうとそわそわしてしまい、全く落ち着かない。

 時間ばかりが気になってスマホを両手で持っていると、ブブブと梨央奈の手の中でスマホが震える。


【 清宮 万里 / 白 水色 ピンク 】

【 清宮 万里 / どれが好き? 】


 一体何の話かもわからないが、尋ねるだけの余裕もなく、梨央奈は端的に返事をした。すると「きよ、りょーかい」と名前が埋め込まれたスタンプがぽんと貼られた。自分でスタンプを買った上に、文字部分を編集できたとは思えないので、彼の周りにいる女性らにやってもらったのだろう。


 なんとなくぼんやりと、窓の外を見つめる。凄い速さで流れる景色は、いつのまにか田んぼから街の景色へと変わっていた。


 目的の駅の名前を呼ぶ車内放送が聞こえ、梨央奈はすくっと立ち上がった。


 ――プシュウウ


 大きな音をあげて開いたドアを、勇ましい顔をしてくぐり抜ける。


(駄目だ、緊張しすぎて喉渇いた……)


 何か買おうと、駅のホームにある自販機に吸い寄せられる。その足取りは、緊張から解き放たれた余韻でフラフラとしていた。

 降車した人々の流れとは違う方向へ歩き出してしまったため、ドシンドシンと人にぶつかり、またテンションが落ちる。


(なんか甘いの。元気が出るの)


 自販機の前に立つと、いつも梨央奈が飲むオレンジジュースがあった。それを買おうとお金を入れたのに、ボタンを押す手をうろうろと躊躇わせた。


(……清宮さんやったら、こっち飲むんやろうな……)


 梨央奈が買おうとしたジュースの隣に、万里がいつも買ってくる温かい無糖のコーヒーがあった。


 甘い物が飲みたい。いつも梨央奈が好んで飲んでいるジュースもある。


 なら、悩む必要などないはずなのに、梨央奈は何故か隣にある缶コーヒーが気になって仕方がなかった。

 梨央奈が自販機を前に悩んでいると、横からスッと腕が伸びてきた。


(?!)


 そのまま、長くて形のよい指がボタンを押す。ピッという電子音が鳴ったかと思うと、梨央奈の足下にガチャンとジュースの缶が落ちる音がした。


「かーのじょ。何やってんの?」


「き……清宮さん……」


 ぎょっとしていた梨央奈は、長い腕の持ち主が清宮だとわかり、ほっとするあまり息を吐く。

 初めて一人で降りた街で心細いのみならず、怖い人に絡まれたのかと焦ってしまったのだ。万里のいつも通りの余裕綽々な声に、不本意ながらめちゃくちゃ安堵してしまった。


「はい。それ好きやろ」


 自動販売機の取り出し口からオレンジジュースを取り出した万里が、梨央奈に缶を渡す。「つぶつぶがっつりみかん」と、ぶさ可愛いみかんの顔が描かれたジュースを、梨央奈は思わず受け取った。


「どれで悩んでたん?」

「こ――」


 れ、と指さす寸前、梨央奈は指先をコーヒー缶からカフェオレの缶へスライドさせた。


「ん」


 いつの間に硬貨入れていたのか、ピッとまた電子音が鳴って、ジュースが落ちてくる。


 ――無糖のコーヒーが、夏帆の飲む物だったら、なんのてらいもなく指させていただろう。泰輝でも、心でもそうだ。けれど、万里に、彼の好きなコーヒーを選ぼうとしていたと知られるのが、なんだかものすごく恥ずかしくて、梨央奈は咄嗟に嘘をついた。


 万里はカフェオレのプルトップを開けると、梨央奈に差し出す。


「ほら、飲み。好きやったらこっちにしぃ」


 その慣れた手口に、なんとなく梨央奈は面白くなくなって、難しい顔をした。鼻の上に皺を寄せた梨央奈を見て、万里もぎゅっと顔に皺を寄せる。


「真似しないでっ」

「んっはっは」


 梨央奈がコートの裾口で万里を叩くと、万里はおかしそうに笑った。その顔が心底楽しそうで、梨央奈はむかつきつつも、万里の買ってくれたカフェオレを手に取る。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る