04:弟の友達


「ちょっと嘉一、ヤスとLINEしたことある?」

 ひーひー笑い転げながら、一二美が嘉一の部屋に入ってくる。


「もう言うのも疲れたけど、お前マジでノックしろよ……」

「見てこれ、何この長文。校長の挨拶かよ」


 今日も遊びに来ていた康久から懇願に懇願をされ、一二美は康久で存分に遊んだ末にLINEを交換した。

 そして先ほど、初めてのLINEが届いた。その文の長さたるや。パピルスに刻まれた象形文字かとつっこみたくなるほど絵文字を挟んだ文章が、スクロールバーができてしまうほどの長さで届いている。


「ヤスとのLINEいっつもこんななの?」

「笑うなって」

「いや笑うでしょ、こんなん」

「ヤスに長いとか言うなよ」

「えーどうしよっかなー」


 一二美は寝転がり、同じく寝転がっている嘉一の背中にごろんと頭を乗せる。両手でスマホを持ち、返事を打つためのキーボードを出現させる。


「お前まじ性格悪……地獄に落ちろよ……」

「天国から糸垂らしてくれるの待ってるから」

「俺は、絶対、垂らさん」


 一二美はその後四度ほどまた大笑いの攻撃を受けたが、一二美が短い文で誘導する内に康久のLINEの吹き出しの長さは徐々に短くなっていき、一二美が眠る頃には【 中田康久 / おやすみ 】と一行だけになっていた。




***




「あんたたち今日も来たの。暑くなるやん」


 嘉一のベッドに寝転んで嘉一の漫画を読んでいると、嘉一の部屋に拓海と康久がやってきた。


「お邪魔します」

「ひーちゃん! 何読んでんの?」


 薄着の一二美に最初の内はきょどっていた拓海も、随分と慣れてしまって面白くない。高校三年になったあたりから、完全に余裕が出来てしまった。


 わふわふと幻影の尻尾を振りながら駆け寄ってくる康久に、漫画のページを覗かせてやっていると、ドアから弟がやってきた。


「あのな、俺の部屋だからな?」

「私の部屋、風が通らんのやもん」

「クーラーつけろよ」

「クーラーきらーい」


 一二美はクーラーと相性がよくない。クーラーの付いている部屋では肌が乾燥しすぎるのだ。


「今日は何すんの?」

「勉強。やからマジで部屋帰れ」

「追い出したいなら抱っこしてみろよチビ」


 ベッドに肘をつき挑発的な表情で言うと、嘉一がこめかみに青筋を浮かばせた。


「ヤスッ、連れてけ!」

「えっ!? 抱っこしていいの!?」

「喜んでんじゃねえよ」

 呆れと怒りの入り交じった声を嘉一が絞り出した。


 寝転んだまま足をパタパタさせる一二美を、康久がオロオロと見下ろす。一二美は「はい」と両手を突き出した。


「わー! まじでか……暴れんでね。女子、抱っことか初めてやから」

「気をつけろよ。箪笥より重いからな」

「殺すぞ嘉一」


 恐る恐る一二美に触れた康久が、そのままお姫様抱っこの形で持ち上げる。


「わー……やわっこ。いい匂いする……!」

 思ったままが口から出る康久は、一二美と正反対だ。一二美は康久の首に腕をかけ、にこりと微笑む。


「ほら行け、康久号」

「はい!」


 一二美をお姫様抱っこをしたまま歩く康久の足取りはしっかりとしていた。中学時代にしていたらしい野球の名残で、今でも筋トレは続けているのかもしれない。


 一二美の部屋の前に辿り着く。当然だが、引き戸の扉は閉められていた。


「ひーちゃん、開けてー」

「自分でなんとかしなさいよ」

「えっ!? この状況で?! 下ろしていいってこと??」

「いいわけあるか。ほら、こうしててあげるから」


 一二美はそう言うと、ぎゅっと康久の首にしがみつく力を込めた。必然的に、体の前面同士が密着する。

 康久の体が面白いほどに硬直した。そして、康久が叫ぶ。


「わーー!!」

「あっはっはっはっは!」


 一二美が笑うせいでバランスが崩れる。康久は慌てて姿勢を整えた。

 ドタバタしながらドアを開けると、康久は安堵の息を漏らす。


「ひーちゃん。どこに下ろしたらいい?」

「ベッド。ドスンッてすんなよ。そーっとね」

「そーっと」


 一二美の言ったことを復唱しながら康久が一二美をベッドに横たわらせる。一二美の背中から手を抜く康久の首を、一二美は両腕でぐいっと引き寄せた。


 鼻と鼻が触れ合いそうなほどの至近距離に、康久が狼狽する。


「ひーちゃん!」

「あっはっはっは!」


 慌てた顔を見られて満足したので、一二美は康久を解放した。康久は真っ赤になった顔で「もー」と困った笑みを浮かべる。


「私より可愛い女の子、はよ見つかるといいねえ」

「見つかたって、琥太じゃないんやから、俺なんかは付き合ってもらえないよ」


 当たり前のことを当たり前に言っているような口調で、康久がそう言った。





「ひー。俺の友達にちょっかいかけるの、ほんとやめろ」


 その日の晩、嘉一の作った筑前煮にマヨネーズをつけながら食べている一二美に、静かな怒りを称えた嘉一が言った。


「一二美、あんた今度は何して嘉一怒らせたの」

「えぇ? 知ーらない。また嘉一が勝手に怒ってんじゃないの?」

「嘉一、男なら辛抱せんか」

「こら。ちゃんと聞いてあげんね」

「嘉一が怒りっぽいのは私のせいやないしぃ」


 共に食卓を囲む母、祖父、祖母と一二美が会話をしていると、嘉一が茶碗を持ったまま、額に青筋を浮かべる。


「お前の適当な男遊びに付き合わせてんじゃねえよ」

「えー。ちょっと遊んであげてるだけやんー。ヤスだって楽しんでるんやし、別によくない? 私とヤスの問題やん? あんたに偉そうに口出されるほど、酷いことしてないつもりやけど?」

「してんだろーが。聞いたぞ、上手くいきそうやった女子に喧嘩売ったって」

「それ、ヤスが言ってんの?」

「――あいつじゃねえけど」


 一二美が真顔で尋ねると、嘉一は鼻白んだ。

 弟の動揺を一二美は鼻で笑う。


「はんっ、じゃあその女の子が言ってんだ? んで嘉一はそれを簡単に信じちゃったんだ? へえー! さっすが嘉一君は女の子の味方! いいやん、そうやって正義の味方ぶってたら?」


「お前な……いつか絶対痛い目見るからな」


 ギロリと弟に睨み付けられ、一二美は「えーん。嘉一が睨むよ怖ーい」と祖父に泣きついた。祖父は「嘉一、お姉ちゃんを泣かすとは何事だ」と嘉一に怒る。

 黙りこくっている父の隣で、嘉一は不機嫌な表情のまま食事を続けた。



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