ふれない西さんとふれたい西くんの義姉弟関係
01:世界一の男の子
「琥太郎、こないだ誕生日にクラスの子に振られちゃってさー……。さゆちゃんの腕で男前にしてやってよ」
「えー?! 私なんかでよければ。琥太郎君、さゆちゃんが世界一格好いい男の子にしたげよっか?」
雑誌の中にいるモデルのような格好いい女性が、こちらを見て笑う。
父親によって一週間前の不運を暴露された
[ 彼女と彼の関係 ]
~ ふれない西さんとふれたい西くんの義姉弟関係 ~
外観だけで身構えてしまうような、洒落たレストランの一室。
ゆったりとした個室の真ん中に置かれた丸いテーブルの周りに、四人の人間が座っていた。
今日は琥太郎の父・
青いクロスの敷かれたテーブルの上には、前菜から始まった料理が次々と運ばれる。
学生服の琥太郎にはノンアルコールの食前酒が置かれていたのに対して、目の前の席に座る早雪には、大人と同じものが並べられていたことに、同じ連れ子でも違う生物なんだな、と思わせられた。
「卒業おめでとう。うちの隣の家にも琥太郎君と同じ学校受けた子がいるから、仲良くしてやってね」
受験が終わった直後にバタバタと顔合わせをしているのは、琥太郎の予定に合わせたためだ。
――なんと、数日前に高校受験が終わるまで、琥太郎は父が再婚を考えていることさえ知らなかった。
琥太郎の受験に響かせたくないと黙っていたらしいが、個人的なことを言えば、その程度で響くような勉強の仕方はしていない。
数年前に合併したばかりで校舎が綺麗だからという理由で選んだ高校への受験などよりもよほど、突然出来る姉への対応の方が自分にとっては深刻だ。できれば早めに教えてほしかった。
早雪がにこにこと琥太郎に話しかける。
「中学校って今、なにが流行ってんの?」
「……すみません。そういうのに疎くて」
「そかそか。じゃあ琥太郎君の好きなものは? ソシャゲとかする?」
「いくつかは。早雪さんは?」
「私ね、このパズルのやってる。知ってる?」
「有名なやつですよね。入れてみます」
「今始めるのにいい時期だよ! ピックアップガチャの、これ、これ当たりだから。リセマラする派? 一緒やろやろ」
テーブルから身を乗り出して、早雪が琥太郎のスマホ画面を覗こうとする。さらりと、長い髪が彼女の頬に流れる。
早雪は成人こそしていないものの、非常に大人っぽかった。
綺麗に化粧が施された顔は美しく、途中から色が変わっている奇抜な色の髪も、お洒落に疎い琥太郎でさえ似合っていると思えた。
それに、嗅いだこともないような大人っぽい、女性の香りがする。
意識しないように、琥太郎はスマホの画面に視線を固定させた。
「えっ、嘘っ! すごい! こんなことある!?」
琥太郎が最初の十連で最高レアを二つ出したことにはしゃいだ様子さえ、緊張している琥太郎に気を遣っているのだろう。早雪の気遣いを無駄にしないため、琥太郎も笑顔で受け答えする。
中学を卒業したばかりの琥太郎にとって、早雪は大人も同然だ。
地味で野暮ったい自分と、どう見ても陽の世界に所属する彼女が相容れるとは思えない。しかし互いの親の幸せのため、連れ子同士で仲良くしようとしていることは伝わってきた。
これは、父を幸せにするための結婚だ。
自分も高校を卒業すれば家を出るだろうし、もしかしたら早雪はそれよりも前に出るかもしれない。どちらにせよ、親密な付き合いはそう長い期間ではない。
この結婚に異論がないことだけは態度で示しておきたかった琥太郎は、使い慣れない表情筋を懸命に動かし続けた。
メイン料理を食べ終えると、琥太郎は席を立った。
「ちょっと外で電話してくる。俺のデザート、典子さんと早雪さんが食べてください」
典子と早雪に「すみません」と頭を下げた琥太郎は、入ってきた道を辿って店から出る。
店のドアを抜けた瞬間に頬に当たった冷気に、琥太郎はぶるりと身を震わせた。十二月の夜が、酒の匂いと新しい家族にのぼせた琥太郎の頭と心を冷やす。
(いい人達そう)
電話と嘘をついてまで外に出た琥太郎は、ポケットに手を突っ込んで店の前から歩き出した。地元なため、道ならわかる。五分ほどこの辺りをぶらぶらして、席に戻るつもりだった。
(お父さん……幸せになれるといいな)
琥太郎が幼い頃に病気で妻をなくした父は、一人息子を大切に育ててくれた。
琥太郎は、所謂陰キャだ。
着崩すことを知らない制服に、校則通りの靴下。もさもさの髪は天然パーマな上に毛量が多く、収拾が付かない。散髪を面倒臭がっているため、襟足ももみあげも伸びっぱなしだ。
小学生の頃に買ったっきりの眼鏡は既に度が合っていない。頻繁に目をすぼめてしまうのと、癖になった猫背と醸し出す陰気な空気のせいで、初対面の人間には好かれるよりも嫌われることが多かった。
早雪はそんな琥太郎と真逆の位置に属しているであろうに、嫌悪感を露わにしなかった。マウントを取ることも、嫌味を笑顔で隠すことも、見下すこともなかった。偏に年長者故の余裕なのかもしれないが、これから家族になる相手としては、ありがたいことこの上ない。
(けどやっぱ、緊張はする)
これまでの十五年間、家の中に女性がいない環境で育ってきた。これから家族になる二人とはいえ、小休憩を挟まねばもちそうになかった。
「あれ? 西?」
考え事をしていたせいで、随分と歩いてしまったらしい。いつの間にか駅前にいた琥太郎は、カラオケボックスから出てくるクラスメイトらと鉢合わせた。
「え! 西来てたっけ?」
「呼ぶの忘れてたんじゃね?」
「ごめんごめん」
カラオケの自動ドアから続々と、制服を着たままのクラスメイトが出てくる。ざっと見ただけでもクラスメイトの大半がいるようだった。
思えば今日は卒業式――帰りにそのままクラス会を開くことになったのだろう。
今日の食事会の予定は前々から決まっていた。そのため、誘われても断っていただろうが、琥太郎が誘われていないのは純然たる事実だった。
「ちょ、呼んでないのに来たの?」
「やばくない?」
「白石さん追いかけて来ちゃったんやないの?」
「ストーカーやん」
琥太郎を見つけた女子らが、白石と呼ばれた女子を守るように琥太郎と彼女の間に立ち憚る。白石とは、一週間前に琥太郎を振った女子だ。
そんなことをされずとも、勿論何かをしようだなんて、琥太郎は考えてもいなかった。
(どうしよう。面倒臭いな……)
鉢合わせたのは恐ろしいことに偶然だが、そう言い張っても無駄だろう。
どうこの場を離れようか考えていると、ポケットに突っ込んだままだった腕にぎゅっと何かが巻き付いた。
「琥ー太ーくーん」
巻き付いただけではなく、ふわんとした柔らかい感触が二の腕に押し付けられた。更に先ほど初めて嗅いだ不思議ないい匂いがふわりと香り、甘い声が耳に注ぎ込まれる。
ぎょっとした琥太郎は、自分の腕に巻き付いてきた物体を慌てて確認した。
「待ってって言ってたんにー。あ、お友達? こんばんは」
ゆっくりと琥太郎の腕から離れた早雪が、クラスメイトらににこりと微笑む。
「あ、いえ、はい」
「こ、こんばんは」
早雪の登場にまごついているクラスメイトから視線を外すと、早雪は腕に抱えていたマフラーを手に取る。
「琥太君」
琥太郎の顔に抱きつくように腕を伸ばした早雪に、琥太郎はびっくりして目を見開く。そんな琥太郎に優しく笑った早雪は、手に持っていたマフラーをぐるりと琥太郎の首に巻いた。
「マフラーもせんで出て行っちゃうんやもん。心配したやん。一緒戻ろう?」
呆気にとられるクラスメイトをその場に残して、早雪は再び琥太郎の腕を取るとヒールの音を優雅に鳴らしながら颯爽と歩いた。
女性に腕を組まれて歩くことなど初めてだった琥太郎は、一生分の鼓動を刻んだのではないかと思うほど、心臓が高鳴っていた。
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