22:女子トーク!
{え? ちょっと三浦、ぶん殴ってこようか?}
{梨央ちゃんったら~}
スマホの中で拳を握る梨央奈を、心が笑う。夏帆はあれほど心が浮き立っていたはずのジュラピケのパジャマを着て、ずんと沈んでいた。
「二人は思い浮かばん? 私の悪い癖」
{は? ないし。でもあえて言うなら、考える前に動くところ}
{私もないなぁ。けど捻り出すとすれば〜、決めつけたら思い込んじゃうところ?}
「あるやん!!」
抱いたクッションに顔を埋める。
考える前に動いちゃうところ、死ぬほどある。だから拓海に声をかけた。
決めつけたら人の意見を聞かないところ、あるかもしれない。タピオカも怖くないよと散々言われたけど、自分の準備が整うまで絶対に飲むつもりはなかった。
どちらも拓海に「我慢出来ん」と言わしめるほどひどい癖だとは思えないが、そういう細かいところの積み重ねを、きっと「相性」というのだろう。つまり拓海と夏帆は、相性がよくなかったということだ。
{……でもさ、だから。今回、夏帆が動く前にちゃんと相談してくれて嬉しい}
自分のことを心配してくれる友達がいるというのは、ささくれた心に一番の特効薬に違いない。
言いたくなさそうに口をへの字に曲げて言う梨央奈に、ぎゅっと抱きつきたくてクッションを締め上げた。
その時、ピコロンと通知音が鳴る。拓海からのLINE通知がスマホ画面の上部に表示された。
時刻は丁度、十時。通知の表示からは何やらスタンプが送られてきたことが伝わってくるが、確認しに「ふたり!」部屋を開ける気にはなれなかった。
「嫌なとこあったら言ってね、ってちゃんと拓海君に言ってたのに……」
{ねー。そんななるまで我慢されても、困っちゃうよねー}
{三浦最低。クソ野郎}
「ちがうもん格好いいもん……」
{夏帆の馬鹿! 大馬鹿! 三浦も夏帆も馬鹿!}
いつの間にか梨央奈に呼び捨てにされている拓海がやはり恋しくて、「ふたり!」部屋を開く。
壁からひょっこり顔を出している目玉焼きのお化けのスタンプを見て、顔を顰める。
「うう、拓海君がかまちょしてる……可愛い……」
{えー見せて見せて~}
{ちゃちゃっと別れちゃおう。そんでクリスマスはうちらとやろ}
LINE画面をスクショして、梨央奈と心のトークに貼ると、心は「あ、ほんとだかわいー!」と笑い、梨央奈は「あーやだやだ! あーやだやだ!」と喚いた。
{でもー我慢出来んほど嫌な女子に、こんな可愛いスタンプ送るかなぁ?}
{送るんだよ! なぜなら三浦は最低だから! 三浦は友達と彼女の陰口言うようなクズだから!}
心の言葉に一瞬救われ、梨央奈の暴言に落ち込む。その通りだ。あんな風に言われるぐらいなら、まだ面と向かって言われた方が、ずっとよかった。
(でも、拓海君に本気な私を、笑ったりはしてなかった)
そこもまた、拓海らしい。もし夏帆に悪い癖があったとしても、それをあげつらって男子の笑いのネタにしたりはしない。そういうところをきっと、好きになった。
琥太郎に零す口調も声色も、真剣だった。だからこそ、落ち込んだ。
「嫌なことなんかないって、引かないって言ったくせにぃ」
友達の前では、つい弱音が出てしまう。
そんな言葉を信じた方が馬鹿だったのだ。優しい言葉を真に受けずに、きちんと線引きするべきだった。はしゃいでも、取り繕わなくても、拓海なら許してくれると甘えすぎるんじゃなかった。
たとえ仮初めであっても、恋人関係は、友人関係よりもずっと心身共に距離が近かった。
近ければ近いほど、いい面も、そして悪い面も露呈してしまう。
そんな距離感を余人と築いたことのない夏帆は、きっと沢山失敗をしてしまったのだろう。
{次会うのいつなんだっけ~?}
「クリスマス……」
本当はクリスマス前にも会う約束をしていたのだが、拓海のバイトがかなり忙しくなってしまったらしく、会えなくなってしまっていた。
バイトの日時が固定している夏帆は「そういうこともあるんだな」としか思っていなかったが、もしかしたら避けられていたのかもしれない。
{もうクリスマスも会わない}
{梨央ちゃんには聞いてないって~}
{会わない。会ーわーなーいーのー! LINEで言え! 今すぐ言え! クリスマスのデートはキャンセルですって!}
梨央奈に反対されればされるほど、「嫌だ」と思う自分がいる。クリスマスのデートを、夏帆はもの凄く楽しみにしていた。今も、こんなに傷ついているのに、約束を反故にする気にはなれない。
「やだ。行く。絶対行く」
{うんうん。それがいーと思う。ちゃーんと話聞いておいでよ~}
{聞いて、もっとやなこと言われたらどうすんの!}
梨央奈が声を荒らげる。少し涙声になっている梨央奈に、逆に勇気をもらう。
「傷ついても、梨央奈とココがいるもん」
夏帆の声に、梨央奈が押し黙る。その顰めっ面にへへっと笑って、夏帆は拓海のトークルームにスタンプを送り返した。
***
【 拓海 / 明日もバイトになった 】
【 拓海 / 本当にごめん 】
十二月二十四日――恋人達の聖夜、クリスマスイブ。
梨央奈の家で遊んでいた夏帆は、受け取ったLINEをぽかんと見た後、後ろで漫画を読んでいた心と梨央奈に無言で画面を差し出した。
「殺そう」
「ありゃりゃぁ……」
冬休みに入ってから四日――拓海は朝から晩まで働いていた。
休憩時間にこまめにメッセージは送ってくれていたが、夏帆が返事に悩んでいる間に休憩時間が終わってしまったり、拓海が家に帰ってから通話をしても寝落ちされたりしていたため、この四日間ろくにコミュニケーションが取れていない。
【 拓海 / インフルで人が足りんで、どうにもならんくて 】
【 拓海 / 心配させると思って黙ってた 】
【 拓海 / ごめん。 】
ピコロンピコロンと音が鳴る度に、メッセージが積まれていく。既読だけを相手にプレゼントしたまま、夏帆は画面をじっと見つめていた。
【 拓海 / 五時には上がれるから 】
【 拓海 / それから会えない? 】
【 拓海 / 俺がそっち行くから 】
「どうすんの」
夏帆が持つスマホを両隣から覗き込んでいた心と梨央奈が、夏帆を見る。
「会うよ」
夏帆は考えるよりも先に、答えを言っていた。
「クリスマスはずっと前から約束してたんやろ? なのにこんなの、馬鹿にしてんじゃん」
「されてない。ありがと」
高校一年生からスーパーでバイトをしている梨央奈は、きっと夏帆よりも「どうにもならん」を実感しているはずだ。
心がぎゅっと夏帆の二の腕に抱きついてくる。こてんと夏帆の肩に心の頭が乗っかった。
「会う時間遅くなるし、明日はケーキでも焼こうかな。拓海君、食べたいって言ってたし」
さすがに五時から、街に行くのは親の許可が取れないだろう。クリスマスマーケットに行けないのなら、クリスマスプレゼントも買えない。今からこの辺りで間に合わせの物を買うよりも、手作りケーキのほうが甘いもの好きの拓海は喜びそうな気がした。
「そこまで夏帆がしてやることないやん」
「あるよ」
(だって、好きになったのは、私だから)
拓海に柴犬が「了解です!」と敬礼しているスタンプを送る。
【 拓海 / 街には行けんけどしたいことない? 】
【 KAHO / 大丈夫だよ 】
【 拓海 / なんか欲しいのとかは? 】
【 KAHO / ないよ 】
【 拓海 / 行きたいとこも欲しいのも、思い浮かんだらすぐ教えて 】
【 KAHO / うん 】
一つ一つの返事に悩むため、時間がかかる。既読が付かなくなったので、休憩時間が終わってしまったのだろう。
「ひとまず、明日は気合い入れる!」
「がんばれ! 夏帆ちゃん!」
「うん!」
応援してくれる心と、怒ってくれる梨央奈に拳を握って、夏帆は明日への気力を高めた。
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