11:未定の予定
「クリスマスってどうする?」
見るだけでも美味しいお洒落なパンケーキにナイフとフォークを入れながら、夏帆は拓海に尋ねた。
「正直クリスマスとか気にしたことなくって、ようわからん。早川さんはどんなことがしたい?」
「漫画とかドラマやと、イルミネーションを見に行くのが一般的らしいんですよね」
「イルミネーション……?」
「冬に街の駅とか行くと、綺麗なんだよー」
地元の駅や商店街はクリスマスだからといって大規模に飾り付けられることもなく、軒先にリースが吊るされる程度だ。何故かって、田舎だからだ。
「なら、クリスマスにまたこっち来る?」
「来たい! あんね。ちょっと調べたんやけど、クリスマスマーケットっていうのをやってるらしくて」
「ふーん?」
「色んなお店がバザーみたいに、駅前にテント張ってるんやって。雑貨屋さんとか、食べ物のお店とかもちょこっと出るみたい」
「いいやん。それ行こ」
大きな口で、拓海がハンバーガーをパクリと囓る。
「じゃあプレゼントはそこで二人で選びたい。なんか買って?」
「ん。サプライズとかやなくていいん?」
「初心者同士やし。相手の好きなもの考えて贈り合えってハードル高くない? 私には高い」
「早川さん、ほんと助かるわー」
拓海が笑う。口の端に付いたソースを、夏帆よりも太い親指で拭った。
「今更ながらに言うと、実はバレンタインもやってみたかったよね……」
拓海が親指に付いたソースを舐めるのを、何故だか見ていられず、夏帆はフォークでアボガドとエビを一緒に突き刺した。
「……ま、まさか、チョコくれんの?」
「女子ですから」
「女子すげえ……」
「嫌悪感なければ、手作りしたかった……!」
「まじか。すげえ。あるわけない。彼女持ちすごすぎる」
片手で大きなハンバーガーを掴んだまま、唖然としたように彼女持ちの拓海が呟いた。この様子では手作りチョコは貰ったことがないのだろう。
「その頃まで仲良くできてるといいね。気合い入れて作りますよ。何がいい?」
「ケーキ」
「任されよ」
「是非よろしく頼みます。俺の人生で、一番輝いてるバレンタインになるわ、それ」
大げさなと笑いたくなるが、夏帆も同じ気持ちだった。いつも見ているだけだったバレンタインに参加できるどころか、ウキウキ手作りまでした上に、受け取って貰える保証があるのだ。
そんなバレンタインを、これから先の人生で何度経験出来るだろうか。もしこの一回になったとしても、悔いのないバレンタインにしたい。
気付けば拓海はハンバーガーを食べ終えていた。わけっこする予定のパニーニを、拓海の方に寄せる。
「ん? 先、早川さんが食いなよ」
「実はパンケーキでかなりお腹いっぱいで……多分一切れしか食べられん」
夏帆がしょんもりして言うと、拓海はおかしそうに笑った。
「あんなに食べたがってたんに。かわいそ」
「でもまた一緒に来てくれるんやろ? そん時そっちメインで食べる」
「ははっ。早川さん、そん時また食べたいの増えてんじゃないの」
確かにその可能性は高い。深刻な顔をした夏帆に、拓海が肩を揺らして笑う。
「また食うよ、俺」
「どうしよう。私、三浦君をメタボの道に引きずり込んでしまうかも……」
「なら太らんよう、ちょっと運動するわ」
「そういえば三浦君、部活って入ってるん?」
「中学までは陸上やってた。高校はバイトしたかったから入ってない」
陸上。なんだかとっても似合いそうである。背筋を伸ばして、ジャージで走る拓海を想像してみる。
「似合いますな」
「?」
「今度走ってるとこ見たい」
「やだよ。もうかなり走ってないから。みっともない」
(みっともないかどうかは、こちらに決めさせていただきたい)
夏帆の心を読んだのか、拓海は僅かに困った顔をして「いつかね」と言った。「やだよ」と一刀両断されてちょっと淋しかった夏帆の心に温かいものが広がる。
「……三浦君は、パン好きなの?」
「?」
パニーニに齧り付いた拓海に夏帆が尋ねる。拓海はきっと「いや、これ食べたがったの早川さんやん」とでも思っているだろう。
「お昼もいっつもパン食べてるから」
「あー。基本は購買のパンか学食なんやけど、最近は早川さんと食ってるから」
「なんてこった……申し訳ない。今度からは学食で食べよ?」
至らなさに夏帆が眉を下げる。拓海は口に入れたパニーニをもぐもぐしていた。何事か考えているようだった。
「せっかくなら俺、学食の飯より、早川さんと二人で食うほうがいんだけど」
ごっくん、とパニーニを飲み込んだ拓海が言う。
「――彼氏って、すっっご……!」
ナイフとフォークを両手で握りしめ、俯いた夏帆はぶるぶると震えた。
「是非ご一緒させていただきます……」
「よろしく。気になるなら、朝、コンビニ弁当とかで買ってくし」
「三浦君の好きにして大丈夫だからね。……私が自分でお弁当作ってたら、一緒に作ったりするんだけど――」
「んや。俺の飯とか、早川さんが気にするようなことやないやろ。てか同い年で弁当自分で作ってるような奴、嘉一しか知らんわ」
「かいち?」
繰り返して聞いて、拓海の友人の名前だったと気付く。
「あ、あの――凜々しい人」
背が低い人、と言いそうになったのを、夏帆は慌てて言い換えた。
男子で背が低いと、どうしてもそこが印象に残ってしまう。
別に蔑む意志はなくとも、悪口にも聞こえてしまうだろう。心の件と同じだ。拓海に心を大切にしてもらった夏帆は、彼の友人を自分も大切にしたかった。
「そう。そいつ。毎日弁当作ってんだよな」
「すごい」
「っていうか、作らされてるっつーか」
「え??」
「嘉一の姉ちゃん、ちょっとこう、逆らえない感じの人で……その人の作るついでに、自分のも詰めてるらしい。まあ親には小遣いもらってるらしいし、嫌々ってわけでもないみたいやけど」
「へええ……すごいなぁ……」
しかしそう聞くと――拓海にそんな意図は勿論なかったろうが――男子だってヤル気になれば出来ることを、年齢や不慣れを言い訳にして、手を出さなかったことになる。
ちょっとの気まずさを誤魔化すために、ソースの染み込んだパンケーキをパクリと口に入れる。
「そういや早川さん。“恋人とやりたいことリスト”のタピオカの次ってなんやっけ」
夏帆はパンケーキを咀嚼する口元を指先で隠しつつ、スマホをいじる。
意味のないLINEがしてみたい、と書かれた文面を拓海に見せると、拓海もスマホをいじりだした。
【 拓海 / あうえお まむめも 】
夏帆はもぐもぐとしながらスマホの画面を凝視して十秒後、口を手で覆った。
(危ない。まさかトンチが来ると思っていなかった)
危うく吹き出すところだった。というか、ちょっと出た。
【 KAHO / 食べてるのに笑わせないでよ 】
口をナプキンで押さえながら文字を打つと「はて?」みたいなとぼけた顔をした目玉焼きのお化けのスタンプが送られてくる。その顔があまりにもふざけていて、また笑いがこみ上げてくる。
【 KAHO / やめて 】
【 KAHO / もう出ちゃう 】
笑いの波が収まらないせいで、口の中のパンケーキを飲み込めない。
【 KAHO / 上手く飲み込めんやん 】
【 KAHO / 手ベトベト 】
なんとか口の中を空にすると、次はどんなスタンプが来るだろうかと楽しみにLINEの画面を見守る。しかし、いくら待っても次のスタンプが来なかったので顔を上げると、拓海がテーブルに肘をついて頭を抱えていた。
「ど、どうしたの?」
つい口で聞いてしまった夏帆に、拓海は悲壮な声で「……文字でもか……」と絞り出した。
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