04:報告――六組にて

「付き合う!? さっきのホントに告白やったん!?」

「は? なん? タクに彼女?」


 昼休みの終了間際に戻った拓海を、友人らは今か今かと教室で待ち構えていた。


「そういうのは琥太こたやろ!? なんでタクがっ……」

「信じねえ。あっ! あれか。ゴリラか。マウンテンゴリラを彼女にしたんだな?」

「まあまあ」


 絶望の淵に沈む中田なかた 康久やすひさ廣井ひろい 嘉一かいちを、西にし 琥太郎こたろうが慰める。


「ざけんなよ。何がゴリラじゃ。さっき見たやろ。普通に可愛いわ」

「可愛いとか言った! タクが! 女子に可愛いとか言った! いつの間にそんなこと言える男になった!!」

「お前何それ。彼女持ちの余裕なわけ? 俺はお前らとは違うんですよって?」


 康久と嘉一は拓海同様、女子と恋愛的な接点など皆無の生活を送っている。拓海が呼び出された時に、あんぐりと口を開けていたのもこの二人だ。

 どちらも騒がしいが、より騒がしいのが康久で、ひねくれているのが嘉一である。


 この四人の中で最初に彼女が出来るなら、それは琥太郎に違いないと誰もが思っていた。


 琥太郎は、同性から見ても格好良い男子だ。


 一昨年卒業した全学年の女子の初恋を奪ったという伝説の先輩ほどではないにしろ、琥太郎はモテた。自信と余裕のある立ち振る舞いに、均整の取れたすらりとした体つき、清潔感のある身だしなみに優しい物腰。更に、同じ年の男とは思えないほど、琥太郎は落ち着いていた。


 彼の姉が管理するInstagramでは、日常のスナップ写真などを投稿されているらしく、およそただの男子高生では獲得し得ないほどのフォロワーがいるという。

 学校ではSNSの類いは禁止されている上に、拓海は興味もないのでやっていないが、琥太郎のInstagramのアカウントは入学当初から噂になり、当然のように学年中の女子が把握することとなった。


 更に琥太郎のいいところは、優しいところだった。

 要領の得ない女子の話を否定もせず、かといって過剰に肯定することもなく自然体で話す琥太郎に、「特別に優しくされたい」と願う女子は多い。


「なんー? 三浦、彼女出来たん?」

「へぇ? よかったねぇ。ちゃんと尽くさんと逃げられるかんね?」

「ちょ、ひどーい。あはは」

「コタロー、淋しくなっちゃうね」


 そんな琥太郎を狙うクラスの女子――福澤ふくざわ小堀こほり樋口ひぐち――が耳をそばだてていたようだ。いつもの三人が、琥太郎に話しかけるチャンスとばかりに近付いてくる。


「すみませーん。今人間が話してたんで、ゴリラ様の出番はもうちょっと待ってもらってもいいっすか?」


 頬杖をついた嘉一の頭を小堀がはたく。


「ごっめーん。ゴリラってば人間の言葉わかんなーい。ちなみに力加減も出来なーい」

「誰がゴリラじゃピグミーマーモセット」

「ピグミーは廣井には可愛すぎやろ」

「でもちっちゃな猿って、リスザルとかも基本可愛くない?」


「あーもう臭えし。触んな」


 肩に乗りかかる小堀を、嘉一が片手で払う。嘉一はそのひねくれた性格と、男子高生にしては低い背丈のために、女子に弟のように扱われがちだ。


「ちょっと真面目に嗅げよ。めっちゃ気に入ってんし。こないだ買ったばっかやぞ」

「臭えー」

「おっしゃ任せろ。廣井の荷物に噴きかけてやる」

「私のも混ぜちゃろ」

「止めろって! おめえん家の玄関じゃねえんだから!」

「うちの玄関の芳香剤知ってる気になってんなよ、彼氏気取りか? あ?」

「なんかの奇跡でも起きて、お前の彼氏になる人間が現れてくれるといいな……」


 心底同情しています、という表情を作って嘉一が言うと、女子らは笑顔でポケットから取り出した香水のアトマイザーの噴射口を嘉一に向けた。


「樋口さん可愛いし、すぐ彼氏出来るよ」


 琥太郎が笑顔で取りなす。樋口は目をハートにして、アトマイザーをしまった。

 嘉一が舌打ちして口を閉ざす。嘉一は十七年間実姉に虐げ続けられてきたせいで、気の強い女に対してすぐに攻撃態勢をとってしまう。

 頬杖をついた嘉一は相手をするのを止めたようだ。時折一触即発な雰囲気にも思えるのに、妙なバランスで成り立っているようで、嘉一が女子と本気で喧嘩をしたところは見たことがない。

 嘉一と女子とのこんなやり取りも、六組の日常の一部だった。


「カイチちゃん、すぐマジになるの受ける」

「廣井はさー、冗談も通じんから彼女出来んのやない?」

「だっさー」


「このゴリラ達まじでうぜえ……」


「ねえコタロー。廣井にいじめられたんですけど」

「ゴリラだって。酷くない? タダ見かよ。入園料払えし」

「責任とって慰めてよー」


「いい匂いなのにね。後でどこで買ったか教えて」


 琥太郎が言うと、女子達は琥太郎に「えー」とわかりやすくごねてみせる。


「後でー?」

「ごめんね。タクの話も聞いてあげないと、大きな体で拗ねちゃうから」


 拗ねやしないが、拓海はリクエストに応えて口をへの字に曲げた。

 女子らは琥太郎の意向を汲み、嘉一の頭をそれぞれべしべしと叩いて立ち去った。額に青筋を浮かべる嘉一を恐れるどころか、変顔をして煽った女子までいる。


「かいっちゃんばっかずるい……乗るなら俺で良くない? 俺臭いとか言わんけど??」

「ヤスだと、気持ち悪くにやつかれそうだからじゃない?」

「あんなおっぱい押し付けられたら、にやけるに決まってるやろ?! 当たり前やん!?」


 琥太郎の説明に康久が唖然とする。先ほどおっぱいを押し付けられてきた拓海は、心の中で完全に同意した。


「普通に代わるわ。ゴリラに乗られても嬉しくない」


 嘉一は恋人こそいないが、姉のせいで下手に女慣れしているため、康久のように一々騒いだりにやけたりしない。女子らも安心して、嘉一を男友達としてかまえるのだろう。


 ガチガチに意識してしまう康久や拓海と違い、嘉一は女子をフラットに「人間(女)」として見ている。ちなみに拓海と康久は「女子(女)」として見ている。


 口も人相も愛想も悪いが、嘉一は女子に叩かれても侮られても、口答えをするだけで本気で機嫌を悪くしない。

 直接、琥太郎に話しかけるよりも、嘉一を挟んだ方がコミュニケーションが取りやすいらしく、クラスの女子にいいように使われていた。


「そんで誰なんだよ、彼女」

「あ! そうだった! 誰?」

「三組の早川さん」


 嘉一と康久によどみなく答えたのは、拓海ではなく琥太郎だ。


 琥太郎は昨日、「誰でもいいから、彼女になってくれんもんかね」と拓海が話しかけていた相手である。

 当然、昼休みに夏帆が拓海を呼び出した理由にも察しがついているのだろう。


「なんで琥太、知ってんの?! てか、じゃあ本当にさっきの告白やったん!?」

「マジであっちから告白されたってことかよ。チッ、くたばれよ」

「あと七十年は元気に生きるわ」

 呆れて嘉一に言い返すと、康久が嘉一の机に突っ伏す。


「いいなー……俺も人生に一度でいいから女子に告白されてえ……」

「いや、告白とかじゃ――」


 このまま誤解されては夏帆に申し訳ないと口を開いたが、どう説明していいか言い淀む。


 まさか真実をここで話すことも出来ない。

 夏帆が「誰でもいいから彼女にしたい」に立候補する軽い女子だと、知らしめるわけにはいかないからだ。そんなことを言ってしまえば確実に、彼女の評判は悪くなる。更に、誰でもいいから恋人を欲しがる男子の格好の餌食になるに違いない。


「どうすんの?」とばかりに琥太郎が意味深な目で拓海を見た。

 琥太郎は姉の影響から「女子には優しく」をモットーにしている。頭の回転も速いため、拓海が言い淀んだ理由に見当がついているのだろう。


「お、俺から言った」

「は!? おま、好きな女子いるとか初耳なんやけど!?」

「あーやだやだ。むっつりは。そうやって抜け駆けして」

「タクに先越されんのかー。いいなー。あっ、何ヤっても絶対先輩風吹かすなよ?!」

「心底きもいんやけど」

「うっせぇ」


 僻み男達の罵倒を、無敵の「彼女持ちガード」で防ぎつつ、拓海はスマホを開いた。三組に無事に戻っただろう夏帆にLINEを送る。


【 拓海 / 俺から告ったことにしてるから 】


 すぐに既読がつき、夏帆から「了解です!」と敬礼した柴犬のスタンプが送られてくる。LINEをダウンロードした時から入っているスタンプではない。


 いつだったか、康久から誕生日プレゼントでもらっていた目玉焼きのお化けのスタンプがあったことを思い出し、拓海は柴犬に送り返した。

 目玉焼きのお化けがダンスをしているだけのこんなスタンプをいつどこで使うのか疑問だったが、こういう時に使えるのだと学ぶ。


 先ほど送られていた「背中にぎゅってしてみたい」という文字を見て、口元がにやける。


「うわあ、にやけてんじゃん。きも。最悪」

「もう友達より彼女優先してんの?? タクがそんな薄情な男だとはなー! はあーぁ! あーーーあぁああぁーーー!」


 もう文句を言えれば何でもいいらしい嘉一と康久から離れて、拓海も自分の席についた。






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