02:お試し期間


「とはいえちょっとこう、お試し期間とかあったほうがいいんやないかと思ってまして」

「ほう」


 大はしゃぎしすぎて、随分と昼休みの時間を削ってしまった二人は、大急ぎで昼食を頬張っていた。


「三浦君、私の事全然知らんやろうし、私も三浦君のことほとんど知らんし……一ヶ月くらい様子を見た方がいいんかなって」

「いいと思う」

「私がぐいぐい行き過ぎててあれな時とか、嫌なことあれば言ってね。せっかくのお試し期間なんやし。私も言うし」

「わかった」


「では、早速私からの希望なんですけど」

「ん」

「本日十一月十七日からひと月っていうと、十二月十七日やないですか」

「うん」


 夏帆は自分の弁当箱の、ピックに刺さったミートボールを顔の横に持ってくると、神妙な顔つきをする。


「クリスマスは……やりたくない?」


 至極真剣に言った夏帆に、拓海はハッとした顔を向ける。


「……彼女とクリスマス」

「彼氏とクリスマス……」


 奇跡を反芻するかのような時が流れた。

 窓の向こうから、鳥の鳴き声や、校庭で遊んでいる生徒達ののどかな声が聞こえる。


「やろう」

「やりましょう!」


 一も二もなく頷き合って、交際のお試し期間の終了日が十二月二十五日に決まった。


「やばい。テンションめちゃくちゃ上がる……」

「まじかー……俺、今年は彼女とクリスマス過ごすのか……」


 三つ目のパンの袋を開けながら、拓海が感慨深げに言う。


「二十五日、デートしようね」

「すげえ。今年は『俺、彼女出来たんで』って断れるん? シフト表まだ出してないし、後で書き直すわ」

「私も今年は先生に相談してみる。……へへっ。んじゃ、クリスマスにお付き合いの更新の意思確認ってことで」

「おん」


 大きな口でがぶりと、拓海がメロンパンに齧り付く。夏帆はスカートのポケットからスマホを取り出した。


「三浦君って、食べながらスマホいじってても大丈夫な人?」

「気にしない」

「LINE教えて欲しい」

「ん」


 頬張ったメロンパンを咀嚼しながら、拓海もズボンのポケットからスマホを取り出した。すぐにLINEのIDを交換して、二人だけで話すためのトークルームを作る。


 ルーム名は思い浮かばなかったので「ふたり!」にした。今日からなんと、お一人様ではないのだ。適当な挨拶やスタンプを、ポンポンと送り合う。


「てか履歴書に書いてるバイト先、書道教室って何?」

「小さな頃からずっと通ってる教室の先生がね、大分ご高齢で……教室が開く前の準備とか、備品の手入れとか管理とか、教室の掃除とか……そういう感じのサポートしてるの」

「なる」

「だから、バイトの日は曜日で決まってるし、ずらしたりも出来ないんだよね。お給料もお小遣い程度やし――でもその分、三浦君よりかは予定が把握しやすいと思う。三浦君は何のバイト?」

「カラオケ。学校の裏にコンビニあるだろ。あの通りをちょっと行ったとこ」

「学校から近いんやね」

「家からも近い。どっちも徒歩」

「いいな、私、電車乗るよ」

 拓海はスマホから視線を剥がし、履歴書の住所欄を見た。

「――ここからだと、三駅?」

「うん。毎朝眠い」


 三駅は通学の面で考えた場合、遠いというほどでもない。しかし、いかんせん電車が一時間に三本程度しかないため、毎朝駅まで駆け込む羽目になっている。


 夏帆は行動力もあり、きっちりとした見た目からしっかり者によく見られるのだが、詰めが甘い――というか、最終的に少し雑だ。家を出る時間も見積もりを甘くしてしまい、頻繁に慌てる事になる。

 そんな性格が祟って、寝不足になりながら修正液も使わずにしっかりと書いた履歴書に、プリクラを貼っていたりする。


「誕生日は七月なんだ」

「そう。だから帆」

「俺八月」

「いついつ?」

「十九日」

「八月十九日ね。それまでお付き合い続いたら、お祝いさせてね」

「早川さん、めっちゃ頑張ってくれそう……」

「引く? 引かれる?」

「引くわけない。彼女が誕生日張り切ってくれるとか、嬉しいに決まってる」

「頑張る! お誕生日おめでとう、ってでっかい和紙に書いてあげるからね!」

「それはいらねー」


 笑う拓海は既に昼食を食べ終えているようで、パンの入っていた袋をくしゃくしゃと丸めている。夏帆も慌てて残りのお弁当をかき込む。


「……彼氏っていいね。なんか、普通にしゃべっても大丈夫な男子、って感じする」

「ん?」

「なんて言うかこう、枠のこっち側っていうか」

「ほう」

「最初から話しかけても許されるっていうか、緊張しすぎないっていうか……ありがたいなって話」


 そもそも夏帆は異性に興味があるくせに、男子に対しては積極的な性格ではない。理由は全て先ほど拓海にも伝えた通り、性別を意識しすぎて構えすぎているためだ。

 女子であれば、大人しい子とも、派手めな子とも仲良く出来るのに、男子はズボンを穿いているだけで違う種族だと怖じ気づいてしまう。


 小学生までは、みんな仲が良かった。

 しかし中学校に上がった途端、学ランを着たあちらとセーラー服を着たこちらは、男子と女子という別の個体になってしまった。


 思春期特有の自意識から抜け出せていない夏帆は、同年代の子が男女で再び距離を詰め始めても、彼らに続くことが出来なかった。

 人並み以上の興味を持て余しつつ、夏帆はいつもただ眺めているだけ。


『俺も誰でもいいから、彼女になってくれんもんかね』


(けど、今だと思った)


 どことなくテンションの低い、ぼんやりとした口調。この声をどこで聞いたか思いだした瞬間、夏帆は顔を出し、突飛な申し出を放っていた。


「――まあ、普通の恋人みたいに、好きになってもらえたらそりゃ勿論ありがたいけど……こういうのって理屈やないって聞くし、ぼちぼちやっていこうね。無理になったらちゃんと言ってね」

「そっちも」

「うん」

「あと、好きな奴が他に出来た時もちゃんと言えよ」

「そっちも!」


 夏帆が拓海の発言を真似すると、拓海がくすっと笑う。


 その笑顔が、一歩踏み込むことを許してくれているようで、夏帆は「本当に彼女になったんだな」と感慨深くなった。





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