三の二
別段ほかの客が清九郎を好奇のまなざしで見るとか、なにか話の種にしているというわけでもないのだが、どこか場違いな場所にいるような気分がぬぐいきれない。だからといって注文をしておいて姿を消すのも失礼であろうと、凝然と座って、手持ち無沙汰に食事が出てくるのを待った。チビは人波にようやく慣れたのか、おとなしく床几の横で座っている。
――しかしご隠居さま、か……。
隠居という言葉が胸の入り口でひっかかっていた。
そんなに俺は年寄りじみて見えるのだろうか、と清九郎は思った。
少なくとも、清九郎自身は、隠居したからといっても、大小は二本とも差しているし、なにか、着物を地味なものに変えるとか、髷の形を変えるとか(じっさいは毛髪がうまくはえなかったのだが)、これといって容姿に変化があったわけではない。爺むさいつもりも、ない。
自分ではまったく老いた気はないのに、他人の、とくに若者の眼には年寄りにうつるのだろうか、と気持ちがしおれるようだった。
――まだ若い、思っているのは、自分だけ……、か。
うまくもない川柳をつぶやいてみても、しおれた気持ちに生気がもどるわけではなかった。
ほどなくして、和が盆にのせて茶と団子をはこんできた。
「どうぞごゆっくり」
と云って床几に盆をおいて立ち去りかけたところへ、
「あんなところでなにをやってるんだ」
反射的にといった感じで清九郎が話しかけた。
「あんなところですか」
「あの……、川原のことさ」
「ああ、川原の」と和はあごに指をあてて、ちょっと考えるようなしぐさをして、「いえ、これといってなにをしているわけでもありませんの。実家があの近くで、ひとりで暮らしている母ももう歳ですので、様子をみに行って、子供の頃に遊んだ景色がなんだか懐かしくって、ただぼんやりながめているだけなんです」
「そうか」
たったそれだけの短いやりとりで会話がとぎれてしまった。話しはじめてみたものの、この娘とかわす話の種が思いつかない。よっぽど真之介のことをどうおもっているのか訊こうかと心によぎったのだが、息子を心配してその恋人をさぐりに来たなどと知られるのも嫌な気がした。
むっつりと黙ってしまった客に、和はどうしてよいか、ちょっと困った様子であったが、すぐに、それでは、と云って去っていった。
新しく来た中年女の注文をきいている彼女の横顔を、清九郎は盗み見るようにして横目で見つめた。
店の客だから、ということもあるだろうが、和のさわやかな応対には好感がもてた。真之介なんぞにはもったいないくらいのいい娘ではないか、とさえ思った。
清九郎は茶をひとくち、舐めるようにすすって、五平餅の皿を手に取った。平串に練り付けられた小判状の餅に甘辛いたれがかけてある、よくある五平餅にみえるが、食べてみると味噌だれがほどよい甘さで、なかなかうまい。
たれで口のまわりをよごしながら頬張っていると、ふと、目の端にこちらを凝視する視線を感じた。
チビが涎をたらさんばかりにして、口にはこぶ餅を目でおっている。最後のひと口ぶんの餅をひとつまみだけちぎってあたえると、指まで食いちぎりそうなほど激しくかぶりついてきて、満足げな顔で歯に絡みつく餅をくちゃくちゃ音をたててくったのだった。
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