このままでよいはずがない、と夜具のなかで真っ暗な天井のみえない節目をみつめるようにして清九郎は思った。

 真之介と和をどうにかして別れさせねばならぬ。

 今日、彼女にはじめて会ってみて、なおさらその思いを強めた。

 このままぐずぐずとふたりの関係を長びかせては、当人どうしのためになるまい。真之介自身は、なにか思惑があるのか、反対に何も考えていないのか、結婚をためらう気振りすら見てとれる。そんな優柔不断な真之介に引きずられるように生きていては、和の人生が駄目になってしまう。あの気立てのよい娘をこのままにしておいて婚期をのがさせてしまっては気の毒というものだ。

 しかしどうするか。

 真之介を詰問し、ぐうの音でないほどに言い負かしてやりたい、と清九郎は思う。思うと憤懣が腹の底でうごめきだす。が、真之介の説得をこころみたところで、またあの弄舌をつくしてなんだかんだと云いのがれてしまうに決まっている。

 とすると和のほうをあきらめさせるか。面とむかいあって真摯に云い聞かせれば、あの聡明そうな娘のことだ、みずから身を引いてくれるような気がする。しかしそうなったらそうなったで、この先の、清九郎と真之介との関係に、深い亀裂を生じてしまわないだろうか。

 なにかよい知恵はないものか。

 この歳になっても、心配の種はつきないものだ。思えば、人生で不安も悩みもない時期などいちどもありはしなかった。

 こんども、なぜ不安なのかと思いめぐらしてみても、なにが不安なのかはわからないのである。不安にならねばならないのは、城に勤めては出世に固執し、私事においては町娘とぐずぐずした関係を続ける真之介であって、清九郎ではないはずなのだ。

 そう考えても、心にこびりついた得体の知れぬ不安はぬぐいとれない。

 あの息子はいい気なものだ。親にこれほど心配をかけて平然としている。ひょっとすると、あいつはわしを心配させるのを楽しんでいるのではないか、心配をかけるためにこの家に来たのではないか、とどうかするとそんな埒もない疑念が心にわきあがってきて、しめつけるような不快さが胸にただようのだった。


 数日後の朝、清九郎が目覚めると同時に、ふっと着想が思い浮かんだ。

 浮かんでみると、そんなずいぶん単純な解決方法をいままで考えつかなかった、自分の血のめぐりの悪さにあきれる気すらした。

 そうしてその手のひらほどの小さな着想を頭の中で転がして、雪だるまのようにふくらませていくうちに、これ以上ない、まるで天から清九郎に贈られた素晴らしい妙案であるとすら思えてきたのだった。

 ――簡単なことだ。

 和が幻滅すればよいのだ。お前のつきあっている男はこの程度のみじめな男だとわからせてやればよいのだ。ふたりでいるところに盗賊かなにかのふりをして襲いかかり、真之介のあわてふためく醜態を、和の目にいれてやればよいのだ。そうすれば彼女は真之介に愛想をつかすであろうし、真之介も恥じて和とは顔をあわせられなくなるだろう。しごく簡単なことだ。

 さいわい真之介は剣術がからきしの不得手であった。いちど竹刀で立ち合ってみたことがあったが、なげきたくなるほど拙劣なものであった。清九郎もどうにかこうにか切紙がもらえた程度の腕前であるし、最近は木剣の素振りすらしていないが、それでもあの柔弱な息子よりはずっとまさっているだろう。

 自分の着想のすばらしさに思わず笑みがこぼれてしまう。着床になかば酔い痴れているものだから、それが単純すぎる構想であるとも、馬鹿げた発想であるとも、今の清九郎はけっして気がつかない……。

 そうしてその日から、清九郎は、真之介を観察しはじめた。

 観察を続けるうちに息子が後ろめたそうに家に帰ってくるのは、決まって非番の前日だと気がついた。けっして毎晩遅くまで出歩いているわけではなく、勤めがおわったらまっすぐに帰宅することもあったし、遅く帰ってきても、やましさをまるで感じさせない夜もある。

 しかし、非番の前日はかならず卑屈そうな気配なのだ。

 以前から耳朶に触れていた足音だったし、肌で感じていた気配であったが、こうして意識して観察してみるとこれまで気づかなかったことに気づきはじめた。そうして和のことと思い合わせてみれば、彼女と逢瀬をかさねている後ろめたさが、真之介の忍びやかな足音ににじみでているのだと確信した。

 ――つぎの非番の日の前夜だ。

 それが作戦決行日である。

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