☆ミレーヌ・ラ・ミゥ・ガスト 13歳(ガスト王国第二王女)の場合
「……ふぅ」
周囲に誰も──侍女も含めて見当たらないのを確認しつつ、ミレーヌ姫はこっそりとやるせない嘆息を洩らした。
「退屈かつ窮屈、ですわ」
見事な銀髪を腰まで伸ばして、裾の長い純白のドレスをまとい、端正な顔立ちの中で、優しげな緑色の瞳が特徴的なミレーヌは、黙って立っていれば極上の美少女と言える。
いや、口を開き動いても、(少なくとも人前では)閉月羞花を体現したかのような楚々たる美姫であることは、彼女を知る者の大半が認めるだろう。
だが、その優美な貌の下で、“彼女”が何を考えているかと言えば……。
(あ~、マジ、だりぃ。つーか、記念式典とか多すぎだろ。こんなん金の無駄遣いだっつーの)
一刻の王女としては絶対にそのまま口に出せないような悪態をついていることも珍しくないのだ。
召喚された鳥居俊明(とりい・としあき)がミレーヌに転生(憑依?)したのは、ちょうどミレーヌが満4歳になったばかりの誕生日の夜だった。
乳幼児扱いで甘やかされていた時期が終わりを告げ、一国の王女としてふさわしいレディに育てあげるべく、明日から淑女教育が始まる──そのまさに節目というべき時期に、俊昭はミレーヌとなったのだ。
ある意味では“教育”を受けるのに最高のタイミングであったとは言えるのだろう。
その反面、自称「ちょいワル」だった(とは言え、洛賀季学園は比較的偏差値が高めで学費も高い準“お坊ちゃん学校”なのでタカが知れてるが)俊明にとっては「サイアクのタイミング」だった。
四則演算等はともかく、文字の読み書きに始まり、この世界の王族が覚えるべき社会常識や礼儀作法の学習。優雅な言葉遣いや挙措の訓練、さらには最低限の護身術や魔法の基礎に至るまで、容赦なく叩き込まれたのだ。
基本的にフリーダムで勉強嫌いな性格の俊明にとっては、うんざりするような苦行だった。
救いは、音楽関連のお稽古の時間くらいだろうか。地球にいた頃は軽音バンドを組んでいた“ミレーヌ”にとっては、歌ったり(ギターではなくリュートだが)演奏したりするのは、それなり以上の気晴らしになった。
好きこそものの上手なれとはよく言ったもので、6歳になった頃、すでにミレーヌは、天上の歌と音楽を奏でる姫──「天奏姫」という綽名がつくほど、その方面で有名になっていた。
なにしろ、ミレーヌの容姿や雰囲気は、いかにも「天使が実体化したようなお姫様」そのものだ。
声自体も、某銀髪ロリ体型な完全記憶少女や某居合が得意なヤンデレ巨乳娘を想起させる甘く可憐な声質なので、男女問わず“彼女”の唄を絶賛するようになる。
褒められ、認められるそのこと自体は、“ミレーヌ”自身も大変うれしかったのだが……。
結果的に、この世界に来て3年が過ぎ、7歳の誕生日を迎える頃には、“彼女”の内にはある種の二重人格めいたものが構築されるようになっていた。
幼いながらも優れた容姿と才能を称賛される第二王女のミレーヌ。
勉強嫌いでちょいワル風味なフツメン男子高校生の俊明。
この世界で──とりわけ王宮で生きていくためには、前者の
他の同類──同じく召喚された11人の面々とて、元の魂と現在の身体・立場のギャップに戸惑わなかったわけではない、むしろほぼ全員が一度はネガティブな違和感を抱いたと言ってよいだろう。
しかしながら、幸運なことに“彼女ら”の周囲には、親身になってくれる家族や友人がいた。その人たちと交流し、成長していくなかで、前述の違和感も、少しずつ解消され、昇華されていった。
そういう意味では、なまじ「王家の姫君」に転生/憑依してしまったミレーヌ(俊明)は不運だと言える
王家の一員とあって、父母や兄弟姉妹との家族仲は、どうしても半歩おいた他人行儀なものにならざるを得なかったし、親しい友達ができるような環境でもない。
王族といえど、これが男子なら将来の右腕的部下にするため、上級貴族の男の子を「ご学友」「遊び相手」としてあてがわれることもあるし、そうでなくとも乳姉妹、乳兄弟などがいれば、また違ったのだろうが……。
そういう(外見的)年齢の近い子が周囲にいないミレーヌは、「(身体的)年齢は幼い少女であるが、王家の娘として大人びた振る舞いを求められる」というストレスが溜まりまくる環境で育ったのだ。
(ふん! そりゃあ二重人格のひとつやふたつ、なるってーの!!)
心の中で悪態をつく、ミレーヌ/俊明。
実際には、自分でこう自覚できて、かつ制御や切り替えができている点で、本当の意味での多重人格──解離性同一性障害ではないのだろうが、それでも“彼女”の心が歪み、ひび割れかけていたのは事実だった。
──そう、「ひび割れかけていた」。過去形だ。
数年前に、邪神討伐(正確には封印)を達成し、王宮に報告に来た勇者一行は、ひょんなことから、ミレーヌ姫=俊明であることを知り、彼女に自分たちも元クラスメイト(の転生者?)であることを明かす。
それからは、嘘のようにとんとん拍子にコトが運んだ。
いろいろな口実で城を尋ねてくれる元勇者パーティの面々と、人払いをして気の置けない話をしたり……。
現・第三騎士隊隊長で、当時は副隊長を務めていたステェンローザが、元2年生の剣道部長・南誠司であることを知らされたり……。
さらにそのステェンから、士官学校で優秀な成績を修めている騎士見習いのフィアナが、元は誠司の後輩だった海原健であることを教えてもらったりもした。
フィアナが正式に騎士に任命されてからは、ミレーヌの外出時の身辺警護は主に彼女の役目になり(無論、自分の“正体”も明かしてある)、改めて友誼を結んでいる。
1-Aにいた頃は、チャラ男系バンドメンだった俊明と、硬派と言わないまでも熱血スポーツマンタイプの健は、あまりソリが合わなかったが、数少ない転生仲間となった今は、相応に親しくなったと言ってよいだろう。
さらに、全員男性だった転生者12人のうち9人までが、ミレーヌ(俊明)と同じく女性になり、心身における違和感の解決についても、“彼女”たちから直接あるいは間接的に色々アドバイスをもらうことができたのも大きい。
それら諸々の状況の好転によって、ひび割れかけていたミレーヌ/俊明の心は、何とか粉砕を免れたのだ。
現在は「外向きの優雅で清楚なお姫様と、ごく一部の親しい人間にのみ見せる蓮っ葉(?)な性格の二面性を持つ、ちょっぴり小悪魔な少女」といったレベルで収まっているのだから御の字だろう。
とは言え、“彼女”が仮に元男の魂を持つ存在でなかったとしても、「そこそこ大きな国の第二王女」という立場は、悩みや苦労は尽きない。
「はぁ~、許婚、ですか……」
ある意味、中世ファンタジー物の貴族王族の定番のネタ、とも言える問題に、ミレーヌ/俊明は頭を悩ませていた。
4歳の女児に転生(憑依?)して早9年、もうすぐ10年が過ぎようとしているのだ。
第二次性徴さらには初潮も経験し、今では毎月の月経もある身。今の自分が女であることは社会面以上に肉体面で理解はさせられている。
現代日本で言えば中一か中二といった年頃だが、
あるいはそこまでいかなくとも、貴族王族であれば、現時点で婚約者がいる者も多いだろう。
幸いにしてガスト王国はこの大陸ではそれなりの大国であり、またミレーヌの上に王太子たる長男、隣国へ嫁ぐことが決まっている長女、公爵家に婿入りすることが決まっている次男がいる。
両親である国王夫妻は、よほど家格が釣り合わない場合を除いて、ミレーヌの好きな相手を婚約者に選んでよいとは言ってくれているが……。
「
現代日本に於いてさえ、LGBTなどの性的マイノリティに十分な理解が得られているとは言えない。
まして、この(魔法などで一部文明が加速されているとは言え)基本的には、中世末期から近世初頭レベルの社会構造を持つこのガスト王国で、王族の一員が、確たる理由もなく男性との婚姻を拒絶するのは難しい。
そのことは、第二王女ミレーヌとして理解はしていたが、元男としては、いささか複雑な気持ちになることも否めない。
「どうせなら、わたくしの“事情”を理解してくれる方なら、まだ気が楽なのですけれど」
とは言え、
例の「元勇者」のもとに嫁ぐというなら、両親や宮廷も(王家の紐付きにできることもあって)反対はしなかったかもしれないが……。
「
一番辛かった時期に、神聖魔法を併用したカウンセリングなどで助けてくれた恩人にして姉のような女性(まぁ、転生前は同級生だったわけだが)に、迷惑をかける気にはなれない。
そうなると、転生組で残る男性はあとふたり。
そのうち、元賢者にして現魔法学園長のルシウスは……。
「ダメですね。まるで話が合う気がしません」
元の世界でもクラスどころか学年トップの秀才で、性格もちょっとばかり難のある「腹黒眼鏡」と綽名されていた人物だ。
歳をくった分(※現在26歳)、多少は丸くなった感もあるが、元チャラ男系バンドメンな
無理矢理結婚しても不幸になる未来しか見えなかった。
「となると、残るは元剣豪のライガー様、でしょうか」
もっとも、同様に問題児扱いされていた俊明は、自分のようなファッションワルなどとは毛色の違う、むしろ21世紀に入って絶滅危惧種となった「硬派」と呼ぶべきではないか、と思っていたが。
実際問題、校則的にはともかく、雷牙が(自衛のためのケンカを除き)法的・倫理的に道を外れた行いをしたという話は聞かないし、むしろそういった行為はひと一倍嫌う方だった、と記憶している。
「筋を通す」ということにこだわる
前世の記憶だけに留まらず、
「問題は……わたくしに対する剣豪様のお気持ちですね」
ただ、相変わらず硬派路線の男性かつ歳も離れている(※現在25歳)ので、話の種に困るような様子を見せることは多々あったが。
──と、ここで、ミレーヌは違和感に気付く。
(あれ……硬派なライガー(雷牙)が、ミレーヌ姫に月に何度も会いに来るのって、ちょっと不自然じゃねーか?)
それも(さほど話が弾まないとは言え)相手に「上司に言われて渋々or嫌々」という気配は見えない。
「ならばなぜ? …………まさか!?」
ミレーヌは、俊明だった向こうの世界で洛学に入学したての頃、全員参加のオリエンテーリング合宿で、夜に同室になった男友達どうしで語り合った、「好みの女の子のタイプ」について思い出す。
(あの時、確か雷牙は、「年下で小柄で可憐な守ってあげたくなる大和撫子」が理想だって言ってたっけか)
黒髪黒瞳でこそないものの、今の“表向きの”ミレーヌは、雷牙があの時挙げた条件と、バッチリ適合するのではないだろうか?
(つまり、
そこまで見当をつけたミレーヌが感じたのは、
それによって、自分の中に少しずつ育っていた感情をも自覚する。
「そう……そういうコトでしたのね♪」
ニコリとミレーヌが微笑みを浮かべる。
清楚で無邪気な13歳の姫君の笑顔──にしては、ソレは随分と艶っぽい代物だった。
「ふふふ、そうと分かれば、逃がしませんわよ、
もし、互いの事情を知る賢者か勇者あたりが見ていれば「こ、小悪魔が覚醒した!?」「逃げてー、剣豪、逃げてー」と騒いだろう。
──そして、聖女は、命を預ける旅の仲間だった
もっとも、幸か不幸かどちらもこの場におらず──「恋する乙女(と書いて「かりうど」と読む)」たるミレーヌ王女の“企み”は、翌日以降、少しずつ、しかし確実に
約1年後の第二王女の誕生パーティーで、成人するとともに王女は剣豪のもとに嫁ぐことが、大々的に発表されたのだった。合掌。
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