☆ヴィリア・クラウド 18歳(修道女)の場合

 「なるほど。第二王女のミレーヌ様が、自らの閉塞した環境に鬱になってらっしゃる、と。それはお気の毒だとは思いますが……」


 「ローリング・アップルズ」の一角で、同い年の友人から相談を受けた修道女シスターらしき女性は、ちょっとだけ困った表情を顔に浮かべる。


 「さすがに一介の新米修道女が悩み相談に応じられる限界を超えていると思うのですが」


 彼女の名前は、ヴィリア・クラウド。元は神殿付属の孤児院の出ながら、頭と気性が良かったため、中等学校卒業後、そのまま神殿で正式に尼僧の資格を得て、日夜修行に励んでいる18歳の女性だ。


 ちなみに、「修道女シスター」というのは、この国の国教であるサンクトヘロデ教の女性聖職者全般を広く指す言葉だ。男性の場合は「修道士ブラザー」。

 そのくくりの中でも、見習僧(アコライト)⇒僧侶(クレリック)⇒司祭(プリスト/プリーステス)⇒大司祭/司教(アークプリースト/ビショップ)⇒法卿(カーディナル)と階梯が上がっていく。


 ごく稀にいるとは言え、在学中に見習修行を終え、いきなり正式な尼僧(=女僧侶)となったヴィリアは、かなりの英才と言えるだろう。

 ──まぁ、今更言うまでもなく、このヴィリアも洛学からの召喚/転生者のひとりで、「椎名和也」という名前のクラスの代表委員だったのだが。


 ティアたち4人が、中の上から上の下くらいの財力の家に生まれ、互いにも面識もあったイージーモードな転生ライフだったのに対し、孤児院育ちの少女ヴィリアに転生(憑依)した和也はハードモードと言ってもよい環境だった。


 この国、ガスト王国は前述の通り大陸にある20近い国の中でも五指に入る大国で、かつ財政と軍事のバランスもとれた“豊かな国”ではあるのだが、それでも現代日本から見るとかなり荒事は多いため、当然死者も多くなる。


 王都や主要都市では神殿が孤児院を経営しているため、親が死に天涯孤独となっても餓死頓死する子供はそれほど多くないが、ゼロではないし、孤児院の経営も決して楽ではない。孤児たちの衣食住もお察し、だ。

 とは言え、王都の孤児院は王宮や大商人からの寄付も多いため、庶民レベルでは中の下程度の暮らしができる分、まだしも恵まれているのだが。


 経済環境はひとまずおくとしても、ヴィリア(和也)の不幸は、「周囲に彼女(彼)の境遇を理解できる者がいなかった」ことだろう。

 異世界転生+TS転生、さらにそれらがなくとも年齢に見合わぬ知性と意思を持つ──となれば、周囲の同年代の子たちから浮くのは必然と言えた。


 要領がよいタイプ──たとえば元秀幸のエリーなどなら、適当に誤魔化して周囲に溶け込むこともある程度可能だったかもしれないが、残念ながら堅物委員長な和也には、それは無理な話だった。

 一時期はノイローゼ気味となり、椎名和也としての記憶も、「もしかしたら苦しい今の環境から逃げ出したい自分の妄想ではないか」と疑心暗鬼になったことさえある。


 結局、ヴィリアは、初等学校を卒業する頃までは「本ばかり読んで小難しいコトを言う変な女」と周囲(同じ孤児院で暮らす子たち含む)から見られ、孤独な日々を送った。

 さすがに中等学校(日本で言う小六~中二相当)では、周囲がやや大人になったぶん多少なりともマシになり、「悪い子じゃないんだけど、お堅いガリ勉少女」といった評価に落ち着き、幾人かは友人もできた。


 そして、中等部2年の春に、街で偶然ティアたち4人と知り合い、互いが元クラスメイトだと知ってからは、心を覆っていた氷が解けるように徐々に人あたりも良くなり……。

 卒業時には、上級学校への進学ではなく、お世話になった孤児院の母体である神殿への恩返しをするため、聖職者の道を選んだのだ。


 そういった過去を持つヴィリアなので、ミレーヌ王女に対しては、周囲に理解者がいなかった孤独という面では共感しつつ、でも王族という何不自由ない恵まれた環境で育ったことへの嫉妬がないでもなかったり……と複雑なのだ。

 聖職者としての自らの上位互換である聖女モルガナがミレーヌの主治医的存在になったことも、微妙にコンプレックスを刺激している部分もあったりなかったり。


 (まぁ、厄介な王族の事情なんかに巻き込まれたくないっていうのが、一番の本音ですけどね♪)


 そんなことを考えながら、心の中でペロリと舌を出しているあたり、堅物委員長もずいぶんと砕けたものだ。


 「うーむ、そうなるとあとはもうミレーヌ様お気に入りの剣豪殿にお願いするしかないのか」


 フィアナの呟きに、「思春期の悩める少女に、その子が気になっている異性をぶつけるのって、もしかして悪手なんじゃあ……」と思いつつも、ヴィリアは曖昧に微笑むにとどめた。


 (まぁ、コレがショック療法的に効く可能性もないわけではありませんしね!)


 心の中で言い訳しつつ、ふとあるコトに気が付いておかしくなるヴィリア。


 「あれぇ、どうしたのヴィリアさん、なんかうれしそうだけど」


 ティアの問いに対して、反射的に「いえ、なんでもありません」と応えかけてヴィリアは思い直す。


 「いえ、自分も含めいつの間にか皆、“女性にょしょう”になったのだなぁ、と感慨深く思っていたのですが」


 そう、他の“元”クラスメイト達はもちろん、自分自身の性認識もいつの間にか女性の側に大きく傾いている──そのことを改めて自覚して、苦笑ではなく微笑を浮かべられたのが、ヴィリアは嬉しかったのだ。


 その答えを聞いて、魔法学園生のティアはきょとんとし、看板娘のエリーは「なるほど」と頷き、女騎士のフィアナは「そ、そんなことは……いや、でも」と自問自答しているものの、否定はしなかった。


 「それはともかく、ここにいない方々も含め、今後ともよろしくお願いしますね、皆さま」


 「もっちろーん」

 「そうね、よろしく」

 「うむ、此方こそ宜しく頼む」


 元クラスメイト(+α)が12人全員一同に会するのは難しいかもしれないが、それでもできるだけ多くが集う“同窓会”めいた集まりも一度はやっておきたい──とヴィリアが考えるのは、元代表委員としての名残だろうか?


 (王都にいる10人なら、姫様さえなんとかなればあとは容易らくなのですが、領地に引っ込んだおふたりが問題ですね……って)


 「あ! すみません。大事なことを忘れていました。神殿ネットワーク経由で届いた最新情報なのですが、勇者&聖女ご夫妻にお子さんができたそうなのですが」


 「「「! えーーーーーっ!?」」」

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