☆フィアナ・フォートワース 18歳(女騎士)の場合
海原健は勇者──ではない。
この世界は別段ガスト王国以外の全土が異形の神に蹂躙されて、人の住めぬ地になっていたりはしないし、そもそも「勇者」の肩書を持つ者は知り合いにひとりばかりいて、既にその義務をきちんと果たしている。
海原健は改造人間──でもない。
いや、かつての「海原健という少年」とは似ても似つかぬ姿にされたという点では、近いものがあるのかもしれないが、“今の身体”は立派な天然物(?)で、幸いにして義肢や人造臓器等のお世話になっていたりもしない。
海原健ことフィアナ・フォートワースは異世界転生者である──とは言えるかもしれない。この世界側から見れば「召喚」で、本人達の主観的には別人に「憑依」したという感も無きにしもあらずだが。
12人の被召喚者のなかでは、彼が転生/憑依したフィアナという少女は、比較的恵まれた立場だったと言ってよいだろう。
生家であるフォートワース家は、代々武門の家柄で、準貴族とも言われる
一般的な庶民よりはそこそこ裕福で、高等教育に相当する士官学校に通うための学費も出してもらえたし、女性の身ながら騎士を目指すことについても、むしろ応援してもらえたくらいだ。
血筋故か肉体的スペックも高水準で、座学についても現代日本での経験が功を奏し、首席でこそないものの、士官学校を総合3位というなかなかの好成績で卒業。この春から見事に憧れの騎士となることができた。
──とは言え、他国や地方ではともかく、少なくともこの国の王都においては、ごく一部の近衛騎士を除くと、王国騎士の主な平時の仕事は「王都の治安を守ること」であり……。
要するに、江戸時代の与力・同心や現代日本の警察官のような立ち位置と職務内容なのだ。
「なんか、私の思っていた騎士と違う……」
少女時代からの馴染みの店である「ローリング・アップルズ」で、溜息とともについ愚痴を漏らしてしまうフィアナ。
確かにゲーム的な騎士の──フルプレートを着て馬に乗り、
一応、念のために付け加えると、士官学校の授業で馬術やランスのスキルは身に着けたし、重装甲鎧を装備して動くための訓練も受けてはいるのだが。
ちなみに、ティアの幼馴染(&元日本人)グループというのは、エリーと彼女の姉のメルティに、このフィアナを加えた4人を指す。
それぞれ6歳(ティア)、8歳(エリー)、9歳(フィアナ)、12歳(メルティ)と年齢はバラバラながら、元(「清彦たちが召喚される前」という意味だ)から姉妹のように仲が良かった四人娘だ。
日本人としての元の記憶・人格に加えて、各々の身体に沿った記憶も引き出せたため、まず最年長のメルティが実妹エリーの様子に違和感を抱き、そこから芋づる式に“彼女”たち4人の事情が明らかになったのだ。
(正直、ものすごく幸運だったな)
再会した5人目の元クラスメイトは、孤児院育ちかつ周囲に同じ境遇の(転生した)者がいない環境で、その子からいろいろ話を聞く限りでは、自分達4人は金銭的にも精神的にも恵まれていたのだとフィアナも思う。
今は、その子も立派な聖職者として独り立ちしているので笑い話で済むが、幼少期から色々大変だったことは想像に難くない。
「それは重々理解はしているんだが……」
それでも、それなりに苦労してなった憧れの
「王国騎士団員って、要は
「ボクの実家もですよー。それにフィアナさんは正騎士だから、一代限りとはいえ、準貴族相当の騎士称号持ちですよねー?」
(──まぁ、言ってることはある意味正論だし間違ってはいないんだが、それを今をときめく王都一、下手したら王国一の人気食堂の店主の娘と、同じく王国で五指に入る大商会の娘に言われるのはなぁ)
ちなみに、この国で“貴族”という言葉は狭義には「男爵~公爵までの爵位の持ち主(当主)とその配偶者&親子」を指す。
対して、フィアナの実家のような準貴族の場合は「当主と配偶者」のみ準貴族扱いなので、厳密には(騎士になる前の)フィアナ自身は準貴族ではないのだ。
同様に、貴族の当主に祖父母や孫がいる場合、これもまた法的には貴族ではない。もっとも、一般慣習としてはそれと同等に扱われるのが普通だが。
また、騎士──
頭に“準”とはついているが、準貴族も一般的な扱いは貴族と大差はない。強いて言えば、一部の義務・権利と宮廷での行動可能範囲が変わる程度。
日本の平安時代になぞらえるなら、貴族が五位以上の殿上人、準貴族は六位以下の
閑話休題。
元海原健のフィアナとしては、いくらファンタジー系な異世界に召喚されたからと言って、別に「金持ちの貴族になってウハウハでやりたい放題」したいわけではない。
むしろその逆で、「悪党や腐敗した貴族などに敢然と立ち向かう正義の味方」として騎士の道を選んだと言っても過言ではなかった。
──なお日本にいたころの健は、剣道部に所属する熱血スポーツマンだったことを付け加えておこう。
典型的な陽キャで、陰キャだった清彦(現ティア)とあまり接点はなかったが、幸いにして秀幸(現エリー)が間に入ることで、ただのクラスメイト以上友人以下程度の親交はあった。
加えて、召喚されてからは、前述のようにこちらでの立場は疑似姉妹的な幼馴染で、かつ数少ない同郷の人間、さらに年も近い相手とあって、必然的に距離感は縮まり、「親友」「身内」と言ってよい関係となっている。
フィアナ自身はひとりっ子ではなく、実家に兄と姉がひとりずついるのだが、歳の近い姉の方で7歳、兄に至っては9歳違いなので、あまり親しく遊んでもらったような経験はない。
そういう意味でも、フィアナにとっていちばん「身近」なのは“現在の”家族というより、エリーたち3人だった。
(──ま、それも子供の頃の話ではあるか)
最年長のメルティは数年前から、その妹のエリーも中等学校を卒業した一昨年から、この店「ローリング・アップルズ」の従業員として働いている。
フィアナ自身も士官学校時代は学生寮にいて、あまり此方に顔を出せなかったし、今年からは魔法学園に入ったティアがそうなるだろう。
元男でクラスメイトで、でも
そして、年々、前者より後者の比率が高くなりつつあることも自覚はしているのだ。
10年近い時の流れと現代日本と大きく異なる自然&社会環境、そして何より、身体は紛れもなく健康な(そしてそれなり以上に見栄えの良い)女性であるという事実。
その3つは、程度の差こそあれ、転生(?)した“彼女”たちを、ガストの地で生きる女として、少しずつ順応させていった。
この「少しずつ」という点がキモだ。
フィアナたち4人は、(実家が準貴族や小金持ち・大金持ちとは言え)なんだかんだで、気ままな少女時代を過ごさせてもらったので、ゆっくり環境に馴染んでいく余裕があった。
スカートや下着を始めとした服装は元より、しゃべり方や仕草、ジェンダー別の社会常識なども、家族や近所の人々との交わりのなかで、自然に身につけていったのだ。
おかげで、過去の
けれど……。
「おりょ? フィアナさん浮かない顔してるネ」
「なぁに、フィー、何か悩み事? 解決できるとは限らないけど、話くらいは聞くわよ」
「あ、いや、“私自身の悩み事”ではないんだ。ただ、先週、俊明…もといミレーヌ様の警護につく機会があって、ちょっとな」
フィアナの属する王都第三騎士隊は、女性騎士ばかりが集められた部署で、その関係で妃や姫などの王族の女性を護衛する機会も時々ある。
彼女が口にしたミレーヌも、今年13歳になったばかりの第二王女であり──そして、“彼ら”にとっては元クラスメイトのひとりでもあった。
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