☆エリー・ハーベスト 17歳(酒場兼食堂の看板娘)の場合

 朝から昼過ぎまでは喫茶店も兼ねた食堂、夕方から夜にかけては食堂兼酒場といった営業形態を持つ飲食店「ローリング・アップルズ」は、この王都でもかなり有名な店のひとつだ。


 貴族街ノーブルタウンほどではないものの、中流街ミドルタウンでも目抜き通りの非常に立地の良い場所にあるため、周辺の住人は元より、お忍びの貴族や、奮発して少し贅沢をしたい下町の人間なども訪れることがある。

 そして、それら幅広い層の支持を受けるに足るクォリティーを、料理の味とコスパ、さらに店の雰囲気の面で備えていた。


 中でも、数年前からメニューに並ぶ、スキヤキィ、テンプラー、カラーゲといった新料理が特に人気で、最近は周辺の店でも真似するところが出て来ているが、元祖たるこの店にはまだまだ敵わない。

 そして、料理名を聞けばわかる通り、この店にも地球……というか現代日本から召喚された者が関わっている──といっても、店主の娘ふたりがそうなのだが。


 「こんにちはー」


 王立魔法学園の制服を着た聡明そうな桃色の髪ストロベリーブロンドの少女が、開店したばかりの「ローリング・アップルズ」に入ってくる。


 「いらっしゃいませぇ……って、なんだ、ティアじゃない。ちょっと久しぶり。元気してた?」


 ライトブラウンの髪をなびかせた、少女より少し年かさの娘──この店の店主の次女であり看板ウェイトレスともいえるエリーが声をかける。


 「久しぶり」というその言葉からもわかる通り、このふたりは旧知の仲だ。それも、単に得意客と従業員というだけでなく、プライベートでも近所に住む幼馴染と言ってよい間柄であり……。

 さらに言えば「この世界に来る前からそれなりに親しいクラスメイト」だった。


 「洛賀季学園1年A組 北都秀幸」がエリーの前身(?)だ。

 異世界ティスファに召喚される前は、クラスのムードメーカーというか盛り上げ役の三枚目といった立ち位置にいた少年だった。

 もっとも、陽キャではあるが、いわゆる「ウェ~イ系」ほど押しつけがましくはなく、微オタの入っている野々田清彦(現ティア・メルクリウス)とも、席が隣りなこともあって割とよく話す方だった。


 9年前に召喚された12人のなかで、ティアとエリー、そしてさらにあとふたりは、転生(憑依?)した人間が、こちらでもご近所さんの顔見知り同士であり、召喚から1月も経たずに、お互いの「正体」を知る仲となっている。

 以来、異世界召喚されたかつてのクラスメイト同士、様々な面で互いにフォローしたり相談に乗ったりしながら暮らしてきたのだ。


 「うん、まぁ、元気は元気だけど……やっぱ授業は大変だよぉ」


 おどけて大げさに言うティアだが、その何割かは事実でもあるのだろう。


 地方の魔法学校くらいならいざ知らず、本来、王立魔法学園は、貴族や親が魔法使いの家系の子が、幼い頃から時間をかけて、ひととおりの魔法の基礎を修めたうえで入学する教育機関だ。

 優れた素質があったとは言え、本格的に魔法に関する勉強を始めて1年にも満たない、素人に毛が生えた程度の知識の人間が通っていい場所では、本来ないのだ。


 「ふみゅーーん、疲れたから甘いものが欲しいよ。エリー、“いつもの”お願い」

 「はいはい、シナモンアップルパイとミルクティーね」


 苦笑しつつ、妹分ティアのお気に入りのメニューを用意すべく、エリーは厨房へと向かう。


 元は同い年のクラスメイトであったとは言え、今の立場(と身体)になって、もう10年近くが経つ。

 そのせいか、ここ数年はエリーにとってティアは「ちょっとお転婆だけど元気で可愛い妹みたいな幼馴染」というポジションを心の中で占めているのだ。

 これはティアの側にも言えて、エリーやその姉のメルティに対しては、ごく自然に妹分的な立場で甘えている。


 ホイップクリームを添えた温かいパイをテーブルに並べた途端、目にハートマークを浮かべて早速パクつく食いしん坊の姿を、微笑ましく見守るエリー。

 なんで似非中世めいた世界なのにホイップクリームがあるかはお察しの通りで、エリーたちがパク…もとい考案して売り出した途端、爆発的にヒットして、店の売り上げに大いに貢献することになっている。


 「そいでさぁ、おんなじクラスのリヴィエラとかいう貴族の令嬢がまた嫌味なヤツでねー」


 愚痴とも近況報告ともつかないティアの言葉にフンフンと相槌を打ちながらも、エリーの視線は店の入り口付近をさりげなく注視している。

 開店から間もない、昼食にはまだ早い時間ではあるが、人気店である「ローリング・アップルズ」はこの時間帯でも客の入りが相応にあるのだ。

 実際、今もカランカランというドアベルの音と共に、ふたり連れの男女客が入り口から入って来た。


 「いらっしゃいませ! ……じゃあ、お客さんが来たから、またあとでね」

 「うん、わかった」


 長年の付き合い(召喚前も含めれば10年以上だ)とティア自身もやり手商人の娘なので、この辺の機微は慣れたものだ。


 男女客へ笑顔で応対して席に案内し、メニューを差し出す。

 この店に来たのが初めてらしく、見慣れぬ料理名に戸惑っているふたりには、さりげなくその説明をしてから注文をとり、それを厨房で働く父と姉に伝える。

 できた料理をトレイに載せて運び、丁寧かつ手早くテーブルに並べ、「ごゆっくり」と伝えることも忘れない。

 一連の流れは流麗で、もはや職人芸とさえ言える領域だった。


 昼食時・夕食時には、さすがに少々忙しさに目が回るような気分も味わうが、「人気店の看板給仕娘ウェイトレス」という今の自分の立場に、エリーは至極満足していた。


 元クラスメイトたちの中には、四英雄を筆頭に、騎士になった者や、ティアのように魔法使いになる予定の者などもいるし、それはそれで「異世界転生」の醍醐味ではあるのだろう。

 数年前、賢者の「鑑定」を受けた際、自分は器用さと素早さが水準を大幅に上回るので、スカウトやレンジャー、あるいは格闘系の職種クラスに適性がある、とも言われた。

 前世の少年・秀幸の記憶を持つ身としては、RPG的な“冒険者”への憧れも相応にあり、正直少なからず悩みもしたのだが、今にして思えば、選ばなくて正解だったと思う。


 (冒険者とかになったら、戦闘はともかく、何日も町に帰らず野宿とかするんでしょ? そんなの、エリーとしても秀幸としても無理むり!)


 ベッドで寝たいし風呂にも入りたい。食べ物だって干し肉と乾パンが主食というのは御免こうむりたい──つくづく自分は軟弱な都会っ子なんだなぁ、とエリーは内心で苦笑した。


 幸いにしてこのガスト王国は、大陸でも五指に入る大国かつ文明の進んだ国で、それをさらに元日本人の賢者ルシウスが知識チートで加速している。

 地方はともかく王都や主要な都市では、上下水道やゴミ収集&焼却の制度が完備されているし、公衆浴場に加えて少し裕福な家庭なら風呂を自宅に持つことも不可能ではない。

 さすがに電化製品はないものの、屑魔石を使った比較的安価な魔道具なら庶民でも買えないことはなく、冷暖房や調理などに関しても、昭和40年代の日本くらいの便利さはあった。


 ──もっとも、それも都市部に限られ、辺境どいなかの村などでは、それこそRPGに出て来るような牧歌的な生活を営んでいるらしいが。


 (そういう意味でも、仕事で田舎に行かざるを得ない冒険者になんて、わたしがなれるワケないか)


 さらに言えば、冒険者には何らかの形の“武力ちから”が要求される。

 酒場の酔客その他の対処のため、知人の女騎士に徒手での護身術の基礎は習ったが、それもせいぜい合気道初段にも及ばない一級ぐらいのものだろう──と、エリーは思っている。


※捕縛術の基本技をスポンジが水を吸うように器用に習得する様は、まさに天賦の才。あのまま鍛錬を続けていれば、素手では自分でも敵わないほどの腕前に上達したでありましょう。(知り合いの女騎士・談)


 (ま、冒険談は、ウチのお店で吟遊詩人が歌ってくれる分でお腹いっぱい、ってね!)


 転生前から自分でもそれなりに自信がある“愛嬌コミュりょく”と、転生して得た美貌ルックスを十全に活かせているのだから、看板ウェイトレスという仕事は、エリーにとってはまさに天職なのだろう。

 草食系と言われようが、出世欲・名誉欲の類いに乏しい“彼女”にとっては、今の安定した暮らしにはなんら不満はなかった。


──カランコロン♪


 「おや、今日は久しぶりに珍しい顔を見たな」


 扉を開けたところに立つ相手──腰に小剣レイピアを佩いた若い女性もまた、エリーそしてティアの友人だった。


 「フィアナさん!」

 「フィーじゃないか!」

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