熱中症にはご注意を

第29話 熱中症にはご注意を①

 定期考査が終了した。


 日照雨そばえさんは前回よりも合計点が50点ほど上がったそうで自己ベストを更新したようだ。

 嬉しそうに報告してきた。


 僕は良くも悪くもこれまでと変わらない。

 順位も5位だった。

 考査後特有の弛緩した空気が学校には流れている。

 それも無理はないだろう。


 夏休みが目の前に迫っているのだから。


 **

「もう来週から夏休みだねー」

「そうだね」


 僕と日照雨さんはこれまでと変わらず、中庭の木陰に腰を下ろし、昼休みを過ごしている。


 海の日を含む三連休が明け、七月も下旬に差し掛かった。

 この三連休は多賀城たがじょう市の隣、塩釜しおがま市でみなと祭で花火が打ち上げられ、大いに盛り上がったそうだ。


 学校内でもその話題がそこら中から聞こえてきた。

 心なしか男女ペアも三連休前よりも増えている気がする。

 それに多くの人の頭上には太陽が浮かび上がっており、それぞれ前向きな感情を抱いていることには違いないのであろう。


 その感情の昂りにあてられたのかはわからないが、今日は一段と暑い。

 宮城県は東北地方にあるから夏は涼しいと思われている方がいるかもしれないが、そんなことはない。単に僕たちが暑さに慣れていない、弱いという可能性も否定できないが。

 この中庭は昼休みに木陰で覆われるように木々が植えられており、風もそれなりに吹き抜けるため、なかなかに涼しい。


 もちろん教室は冷房が効いているため、圧倒的に教室の方が涼しい。だからこの季節に中庭で過ごそうと思う人は僕たち以外にはいない。


 けれど人工的な冷気にはない、心地よい涼しさと安心感が中庭ここにはある。


「天空くんは夏休み何か予定あるの?」

「うーん。別にいつも通りだよ。夏休みだから特別ってわけじゃない。祖父母の家も多賀城市内にあるから帰省するわけじゃないしね」

「そっかー。まぁ外出れば暑いし、クーラー効いているところにいたほうがいいよね」

「そう言っているくせに中庭にいるんだな」

「ははっ、確かにね~。でもここ落ち着くんだよね~」

 日照雨さんは体を少し前に動かし、空を見上げるように大の字で寝転ぶ。


「今年は梅雨が短かったよね」


 日照雨さんは空を見上げたまま僕に話しかける。

 背後の木に体を預けながら空を見上げる。


 ここから見える範囲には雲は浮かんでいない。視界には青色で染まっている。

「私は雨が好き。熱さも余計な感情も流してくれる気がする」


 僕は答えない。彼女の言葉を聴くことが今の使命だと思うから。


「太陽がいつも以上に強かったのかな……。嫌だね」

 日照雨さんは煩わしさを滲ませて力なく笑いかける。


 ジリジリと音が聞こえてくると錯覚してしまうほど強く太陽が照り付ける。


 日照雨さんは右手を突き上げ、掌で太陽を隠す。

 そして、太陽を潰すようにグッと力強く握りしめる。


 この日照雨さんの行動は容赦なく上空から熱し続ける太陽を鬱陶しく思った人と誰の瞳にも映るのであろう。


 でも――僕にはそうは見えなかった。

 いや――僕だからこそそう見ることはできなかった。


 自らの頭上に居座り続ける太陽を恨めしく思っている。

 僕にはそう見えて仕方がなかった。


 僕のただの勘違いなのかもしれないが、今日の日照雨さんはいつもよりも元気がない気がする。

 人の感情を分かった気になるのが僕の良くないところだと自覚はしているが、僕の"力"と僕の直観が日照雨さんの周囲を漂う違和感を訴え続けている。


 現に彼女の頭上には曇マークと雨マークが現れては太陽が取って代わってることを繰り返している。


 今はこの現象に慣れているから観測できている。


 だが、日照雨さんと出会った頃やGW辺りで起きていた現象と同じではあるが、入れ代わる速さがまるで違う。


 これは僕の仮説だが、『日照雨さんの太陽の主張が強くなっている』のかもしれない。


 何が引き金となり、太陽が強くなっているのかは全く予想もつかない。


 日照雨さんは既に右手を下ろし、だらりと肩と平行線上に伸ばしている。


 僕はふと思う。自問する。


 また僕は他人ひとの感情を邪推しようとしているのかもしれない。

 また僕は他人ひとの感情をどうこうしようとしているのかもしれない。


 そんなことは不可能なのに。

 僕の手には余ってしまうのに。

 取り返しのつかない失敗を一度しているくせに。


 頭にいくつもの言葉と誰かの感情が浮かび、消えることなくぐるぐると廻っていく。


 勘違いしているだけなんだ。

 僕にしかない"力"を授かってしまった。

 だから――それを活かす義務があると。


 それが僕の想い――誰かの役に立ちたいと重なってしまっただけだ。


 各人には各人にしかできないことがある。いわゆる自分らしい生き方ってやつ。


『自分らしさを十全に発揮して人生を送ることが幸福』

 この考え方に賛成できる人は多いだろう。


 だから誰もが自分らしさを探して、他人とは違う個性何かを探し続けているんだ。


 それがないと幸福にはなれないから。


 僕には『他人の感情が天気のように浮かび上がる』――自分らしさが備わっていた。


 だから勘違いをしてしまった。


 この力の欠陥は自分の感情はわからないこと。

 でも、それは僕の心のままに従うことができるということ。

 "力"という第三者に観測されないからこそ、主観での判断が許される。


 僕の理性が訴える。

 日照雨そばえ瑞陽みずひにこれ以上踏み込むなと。

 依頼の達成、協力には今の距離感で十分だと。


 僕の感情が訴える。

 日照雨そばえ瑞陽みずひの心の内に知りたい。

 彼女を救いたい。

 彼女の――笑顔が見たいと。

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