第26話 薄雲広がる栗花落③

「お邪魔します……」

 ひと悶着あったが、僕は恐る恐る日照雨そばえ家の敷居をまたぐ。


「もうっそんなに警戒しないでよ」

 君が変なこと言うからだろ……。

 心の中でツッコんで、靴を脱ぐ。

 玄関に上がり、もう一度体を回転させて脱いだ靴のつま先を玄関扉に向ける。


 そんな僕の様子に日照雨さんはじーっと視線を向けている。

「ん? どうしたの」

「え、ううん。ちゃんと靴揃えるんだなー……って」

「人様の家にお邪魔するんだからそりゃあね」

「そ、そっか~……。あはは、そうだよね……」


 日照雨さんは少し引き攣った笑顔を浮かべる。

 そして頭上の太陽も大きくなる。


 彼女の太陽が何に反応しているのか未だにわからない。


 日照雨さんはそのまま扉を開ける。

 その先はリビングだ。

 50インチほどのテレビ、高そうなソファや家族で仲睦まじく食事をとっている光景が想像できるダイニングテーブルが置いてある。


 なんとなく想像していたが、今それが確信に変わった。

 日照雨さんの家はかなりのお金持ちと言っていいだろう。


「今日は私の部屋でやるから2階行くよー」

 日照雨さんは階段の一段目に足を乗せ、振り返って言う。

 今日はってことは今日以降もやるということだろうか。


 僕はそんなことを思いながら日照雨さんの背中を追った。


 **


「ここが私の部屋だよ~」

 日照雨さんが自室の扉を押して開ける。

 2階の奥が日照雨さんの部屋になっていた。

「綺麗にしているんだな」

「そりゃあねー、私も女の子ですから!」


 白を基調とした部屋で有彩色――ピンクや赤、青色の家具や寝具は目につかない。

 いわゆる男が想像する女子の部屋というよりとてもシンプルな部屋。

 何となく僕の部屋と似通っている部分があるし、女子の部屋というのを意識しなくて済むから落ち着く。

 ただ一つだけ僕の部屋とは全くもって異なることがある。


 匂いだ。

 ホワイトムスクの清潔感漂う甘い香りが鼻をくすぐる。


「座布団あるからそこに座ってて。私は飲み物とお菓子持ってくるねー」

 日照雨さんは来た道を戻り、ドンドンと階段を降りる音が聞こえてくる。

 僕は彼女の言葉に従って、部屋の中に入り、テーブルの近くにある座布団に腰掛けようとしたその瞬間。


「痛っ……」

 テーブルのすぐそばに設置されているベッドの縁にすねをぶつけてしまった。

 なるほど、弁慶の泣き所というだけあってめちゃくちゃ痛い。青あざになりそうな気がする。


 ふとフローリングにはがきよりも少し大きい白い紙袋が目に付いた。

 部屋に入った時点ではなかったはずだから、僕がベッドに足をぶつけた拍子に落ちてきたのだろう。


 それを拾い上げ、床に面していた方を興味本位で見る。

 そこには『日照雨そばえ 瑞陽みずひ 様』『解熱剤」と記載されている。

東北中央とうほくちゅうおう大学病院……?」


 東北中央大学病院は宮城県随一の規模を誇る病院で仙台の中心部に位置している。

 そして――僕がこの"力"について検査をしていた病院でもある。

 当然何もわからなかったわけだが。


 解熱剤を処方してもらうだけならわざわざ東北中央大学病院に行く必要があまりないように思える。近場の内科で十分な気もする。


「天空くーん!!」

 僕が考えを巡らせていると一階から大きな声で名前を呼ばれた。


「な、なにー?」

 1階に届くように声を張る。

「オレンジジュースとお茶だったらどっちがいーいー?」

「お茶でお願いしまーす」

「りょーかーい!」


 あまりにも声をかけるタイミングがいいもんだから驚いてしまった。

 一度息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。

 とりあえずこれは元々あったであろう場所に戻しておこう。


 数分後、日照雨さんが戻ってきた。


「お待たせー――ってどうしたの、そんなかしこまって」

 僕はなんとなくいたたまれなくて正座で待機していた。

「いや、なんとなく……」

 じっーと訝し気な視線を向けてくる。

 そして何かに気付いたように目を見開く。


「まさかっ! 部屋漁ったりしてないよね!」

「してないわっ!」

 食い気味で否定する。

 日照雨さんは自分の身を守るように両腕で体を抱きしめている。


「だ、だよね~……。天空くんがそんなことするわけないよね~」

 日照雨さんは安堵の表情を浮かべる。

 解熱剤は見てしまったが、まぁそれは僕が自発的に見ようと思った見た物ではないからセーフだと思いたい。


 日照雨さんは手に持っていたお盆をテーブルの上に置き、クローゼットの中のタンスを確認する。

「うん。荒らされた形跡はなし! 天空くんは無罪です!」

 うん。そうなのだが……。

 僕が目の前にいる状況で堂々と下着が入っている場所を確認するのはいかがなものか……。

 ちらちら見えてしまうんだ。

 それを僕が知ったところでどうこうするわけではないけれど。


 だが僕は注意をせざるを得ない。

 君の友達として。

「日照雨さん、君はもっと気を付けたほうがいい」

「え、何が?」

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