第25話 薄雲広がる栗花落②

 午後の授業を睡魔に襲われながらもなんとか乗り切った。

 証拠にノートを見せてもいいくらいだ

 字はそこまで乱れていない。

 これが寝ていない確たる証拠になる。


 6時間目の途中辺りから雨が降ってきたため、僕は中庭に続く、校舎内の扉の前で日照雨そばえさんを待つことにした。


 今日は天気予報では降水確率は40%ほどだったため、傘を持ってきている生徒はまばらだ。そのため1つの傘に身を寄せ合っている人たちをよく見る。


 僕は降水確率に限らず常に折り畳み傘をリュックの中に備えている。

 今は雨が降っていて使うことがわかっているため、右手で持っている。


「あー折り畳み傘忘れちゃったよー」

 昇降口の方から女子生徒の声が聞こえる。


 折り畳み傘を持っているのにも関わらず持ち歩かない。

 じゃあその折り畳み傘はどうして折り畳まれているんだ。


 こういう不測の事態に対応するために折り畳まれて、リュックやカバン中に忍ばせることができるようになっているのでは、と僕は思う。

 あくまで個人の意見なので悪しからず。


「天空く~ん、お待たせ~」

 そんなことを考えていると日照雨さんが少し息を切らしながらやってきた。

「それで今からどこか行くの?」

「本題に入るのはやっ! うん。そう。流石するどいね天空くんは」

「でどこ行くの?」

「まぁまぁそんな焦らないでよ。着いてからのお楽しみにってことで」


 嫌な予感しかしない。


 **


 日照雨さんの息が整うのを待ってから昇降口へ向かう。


 日照雨さんは2年1組の、僕は向かい側の2組の下駄箱から靴を取り出す。

 お互いに背を向けたまま、日照雨さんが口を開く。   


「ねぇ、天空くん……」

「ん?」

「傘忘れ――」

「嫌だ」

「まだ全部言ってないじゃん! てか嫌って言ってるし!」


 日照雨さんは僕が折り畳み傘を持っていることに気付いたのだろう。

 どうせ「傘忘れたから入っていいかな?」とか「相合傘しよ?」と続けるつもりだったのだろう。


 雨粒がアスファルトにうちつける音が響く。

 道路には水たまりもできている。


 とは言ってもこの雨だ。

 日照雨さんが濡れることはもちろん憚れる。

 どうも日照雨さんは僕をからかおうとしているきらいがある。


 彼女の思惑にそのまま乗っかるのも面白くない。

 だから僕はその思惑を破るために一度彼女の頼みを拒否し、主導権を渡さないように気を付けなければならない。


 日照雨さんを傘に入れるが嫌だというのは本心ではない。


「はぁ……。折り畳み傘だから狭いとか文句言わないでよ」

 折り畳み傘をケースから取り出し、開く。

「やったー! ありがとー」


 右手で傘を持ち、腕を開き、右側に人一人分のスペースを作る。


「お邪魔しまーす……」

 そこに日照雨さんが肩を縮めながら入る。

 この期に及んで緊張でもしているのか?

 僕の左肩と日照雨さんの右肩がギリギリ傘の範囲内に収まった。


 その分僕の右肩と日照雨さんの左肩がピタっとくっついているんだけどな。

 まぁ仕方がない。


 二兎を追う者は一兎をも得ず、だ。


 だが、お互いの肩が濡れること、触れ合っていることよりも気になっていることがある。


 日照雨さんの頭上に浮かんでいる太陽が僕の傘に入った途端に大きく、そして輝きを増している。


 そして、心なしか日照雨さんの頬もほんのりと紅く染まっている。


 僕の脳裏に一つの可能性が浮上した。

 だがすぐにそれは消えた。

 まるで太陽の熱に溶かされたかのように。


 いや――まさかな。


 僕はなるべくそれを意識しないように日照雨さんの歩幅に合わせて歩くことにした。


 この心の熱も雨が流してくれればいいのに。


 **


「はい、着いた!」

 僕はそう言われ、顔を上げる。


 目の前にはレンガ色の壁が特徴的な一軒家。

 10畳ほどの庭と普通車が3台はゆうに駐車できる駐車場も備わっている。


「ここが私の家! 今日はここで勉強しよう!」

 日照雨さんは僕の傘から飛び出し、玄関ドアの鍵を開ける。


「ここが日照雨さんの家だってのはわかったけど、どうして日照雨さんの家で勉強するだよ……」

「心配しないで。今日親しばらく帰ってこないからさ!」

「いや、余計駄目だろそれ!」

「なーにー天空く~ん? 親がいないと何がダメなのかな~? 我慢できなくなっちゃう~?」


 日照雨さんは目を細め、僕をからかうように語尾を伸ばす。


「帰る」

「ちょっ!? 待ってよ~! 嘘だってば! 冗談冗談! ただ勉強するだけだからさ、ね?」

 日照雨さんが僕の左腕を力強く掴み、引っ張る。


「その台詞は男が女をラブホテルに誘う常套句の『何もしないから!』と同じみたいなもんだろ……。何もしないとかあり得るわけないのにな」

「急に生々しいのやめて!?」


 ここまで来てしまったからには仕方がない。


「まぁ、しょうがない。勉強付き合うって言ったし。ほら早くやるよ」

 僕は踵を返して日照雨さんの家の玄関に向かう。

「何をするの!?」

「勉強に決まってるでしょ! 本当に帰るぞ」

「うそです! 勉強ですね! わかってます!」

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