薄雲広がる栗花落
第24話 薄雲広がる栗花落①
5月もあっという間に過ぎ去り、6月に入った。
6月は色々と残念な月であると僕は思う。
祝日は一日たりとも存在しない。
6月になると『今年もあと半分』とよく言われるが、厳密には6月が終わったらじゃないのか?
そして、僕が残念な月であると思う最大の理由。
日本全国(北海道を除く)地域で梅雨入りし、雨が降る。
人間の感情というのは良くも悪くも天候に左右されやすい。
そういう経験をしたことがある人も多いだろう。
これは決して感覚で言っているわけじゃない。
この季節になると頭上に傘マークが浮かんでいる人がやはり多い。
僕には幸か不幸か他人の感情が形式的にわかってしまう。細々とした内容まではわからないが、『嬉しい』『楽しい』『怒っている』『悲しい』『疲れた』『どうでもいい』など概要的に、断片的に伝わってくる。
やはり雨が降っていると人は『悲しい』とまではいかなくとも前向きな感情を持てなくなる人も多い。
そして、人間の感情は人間の感情にも左右されやすいものだ。
これは僕が一番わかっていると言っても過言ではない。
僕には他人の感情が流れ込んでくるわけだから、僕も少なからず
そう――近くにいる他人に影響される。
だから今は僕の感情これまでよりも晴れやかだ。
宮城県の梅雨入りはもうすぐそこに来ている。
**
「考査2週間前だからテスト範囲配るぞー」
朝のHRでの担任の一言で教室がざわつく。
もうそんな時期か。
前期の中間考査は6月16・17日、土日を挟んで20・21日の4日間にわたって行われる。
もう2年生だから慣れたが、4日もテストがあるなんて高校は多いと心底思う。
中学は2日で終わったのに。
テスト範囲が全員に行き渡るとクラスメイトの頭上に曇マークが浮かび上がる。
さっと手元の紙に目を通す。
範囲は予想通り。だって4月から習った部分だからな。
だから焦ることはない。
すぐにクリアファイルに入れる。
「今から連絡事項話すから静かにしろー」
担任が手元の出席簿で教卓を数回叩き、視線を集中させる。
僕は耳だけを担任の話に傾け、視線は窓の外に向けた。
灰色の雲に覆われ、面白みの欠片もない風景。
この季節、僕の周りは灰色だらけだ。
**
「
結局雨が降らなかったため、いつも通り中庭で昼食を取ることにした。
そして、今日も隣で弁当を頬張る
なんだかんだGWが明けてから毎日のように昼休みを一緒に過ごしている気がする。
彼女の頭上には灰色の雲で覆われている空には似合わない太陽が浮かんでいる。
いつもなら少し眩しい(間接的に)と思ったりするが、周囲の人間の頭上に雨マークや曇マークが浮かんでいると、その太陽のありがたみを知る。
だが、それとテスト勉強に付き合うことはまた別の問題だ。
「どうして僕なんだ……。君は僕以外にも仲の良い友達がいるじゃないか」
「いるけど、天空くんに頼みたいの! 天空くんいつも成績いいじゃん!」
なぜ僕の成績を知っているんだ。
うちの高校は考査の順位が大々的に貼りだされることはない。
だから基本的に自分の考査の点数や順位を知り得るのは自分だけということになる。
「『どうして僕の成績を知っているんだ』っていう顔しているね」
「……相変わらず観察眼がすごいな……」
日照雨さんは唐揚げを口に運び、それをおかずに白米を食べ進める。
目を細めて幸せそうな表情を浮かべてゆっくり咀嚼する。
ここまで美味しそうに食べられるのも才能の一つかもな。
「まぁ風の噂で聞いたんだよ。成績良い人の情報はすぐに学年中に知れ渡っちゃうものだからねー」
全くいい迷惑だ。プライバシーというものを知らないのか。
実際に僕は去年1年間TOP5にはずっと留まっていた。
別に特別な勉強法があるわけじゃない。
その日習ったものをその日のうちに復習をしている。ただそれだけ。
あとはひたすらワークや補助教材の問題演習を繰り返す。
そうすれば学校の定期考査ではある程度の点数を取ることはできる。
これをやるかやらないか。
結局はここに帰着する。
「だからお願い! 勉強付き合ってよ~! これもお願いの延長だと思ってさ」
お願いを出すのは反則だ……。
日照雨さんは両手を合わせて僕に頭を下げる。
ちらちらと右目で僕の様子を窺ってくる。
お願いのことを引き合いに出せば僕が折れるということをわかっててやっているな……。
「はぁ……わかったよ。付き合うよ、テスト勉強」
「本当に!? やったー!!」
日照雨さんは文字通りその場で飛び跳ねて喜びを表す。
頭上の太陽も大きく輝く。
そんなに嬉しいことかね。
僕が勉強に付き合ったからといって点数が上がる確証なんてないのに。
引き受けたからには力は尽くすけれど。
弁当を食べて血糖値が上がったのか思わず
「ありゃ。天空くんが欠伸とは珍しい」
「生理現象だから僕だって欠伸くらいするよ。これまでたまたま日照雨さんの前ではしなかっただけ」
「眠いの?」
「まぁちょっとだけ。毎年この梅雨の時期はあまり寝つきが良くないからさ」
この季節は人の負の感情に振り回されがちでベッドに入ってもなかなか眠りにつくことができないことが多い。
「こりゃあ授業中寝ちゃうんじゃないの?」
「日照雨さんじゃないんだから寝ないよ」
「なんで私が授業中寝てること知ってるの!?」
クラスは違えどなんとなく想像できるからな。
予鈴が鳴る。
「あ、じゃあ私行かないと。放課後ここにまた集まろっ」
そう言って日照雨さんは立ち上がる。
「またね~」
手を振り、スカートを翻しながら日照雨さんは校舎のなかへ戻っていった。
このまま5時間目の授業をさぼってしまおうか。
そんな考えが頭をよぎるが、かぶりを振ってかき消す。
「……僕もそろそろ戻るか」
5時間目の授業にはしっかりと出席した。
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