第20話 感情の予報と答え合わせ②
「じゃあ私から天空くんに質問ね」
少し嬉しそうに日照雨さんは僕に尋ねる。
「どうしてあの
あの娘とは3階で迷子になっていた少女のことだろう。
僕は目線を上げ、一連の流れを頭に思い浮かべながら振り返っていく。
「まずあの娘は今日2回目の迷子だったんだよ」
「2回目?」
「うん。僕らがイオンの中に入ってすぐに迷子のアナウンスがあったの覚えている? そのアナウンスのなかにあった女の子の服装と一致する子がフラワーショップの前にいたんだよ」
「天空くんあのアナウンス覚えてたの……?」
「覚えていたわけではないよ。ただあの娘が視界に入ったときにそういえば迷子のアナウンスあったなって思い出しただけ」
「ほぇ~すごいなー」
日照雨さんが感心したような声をもらす。
「それとそのときにあの家族の
「あーやっぱりそうだったんだ」
日照雨さんは腑に落ちたような顔をする。
「あまりにも他の家族連れとは違う天気をしていたから、これも自然と印象に残ってた」
日照雨さんは何か閃いたのか大げさに左手をグーにして右の掌を叩く。
「あ、もしかして他の人とは天気が違うことを探すときに利用したってこと?」
実際にそのジェスチャーする人いるんだ。
「うん。そういうこと」
日照雨さんは納得したのかうんうんと頷いている。
「え、じゃああの娘が母の日のプレゼントを買おうとしてたってのはどうやって分かったの? 直接聞いたわけじゃないし……」
刑事、はたまた探偵かのように眉間にしわを寄せ、腕を組みながら手がかりを探す。
「これに関しての確実ではないけど、いくつか手がかりと呼べるものはあったかなって。まずその娘はお母さんに怒られているときにもフラワーショップのカーネーションを熱心に見ていた。そして、そのカーネーションの値段はいくらだった? 服買ったあと確認したでしょ?」
日照雨さんは財布のなかからレシートを取り出す。
「1束398円だね」
日照雨さんはそのカーネーションを色違いで3つ購入している。
「僕たちがあの娘を見つけたとき、ポケットのなかに左手をずっと手に入れていた。あの娘はずっと100円玉4つを左手に握っていたんだよ」
「カーネーションを買うためのお金ってこと?」
「おそらくね。その時点では確信は持てなかったけど、それが嘘でも本当でもあの娘が怒られないための理由付けとしては十分かなって。まぁ、結局それが本当だったみたいだけどね」
「す、すごい……」
日照雨さんがボソッとつぶやく。
「すごい! すごいよ! 天空くん! 観察力がすごい!」
日照雨さんがずいっと僕に体を寄せる。
語彙が圧倒的に足りていないぞ。
僕は日照雨さんが寄せてきた分だけ体をのけぞらせるが、これ以上のけぞると後ろに倒れてしまう。自然と距離が近くなる。仕方がない。
「ちょっ、近いって。一旦離れて」
僕は耐えきれず、日照雨さんの両肩をもち、強制的にといっても優しく僕の体からを離す。
「あ、ごめん。つい」
日照雨さんは顔を紅く染めながら、その顔を見られないように俯く。
ちょくちょく日照雨さんは距離感が乱れるというかおかしくなるきらいがある。
「別にすごいわけじゃないよ。この"力"に付随して後天的に身に付けた――いや、勝手に身に付いたものだから」
決して自分を過小評価しているわけではない。
ただこれが事実なだけなんだ。
「でも、少し意外だったかも」
「何が?」
「天空くんは自分の"力"を使うのにちょっとためらいがあるというかあまり使いたくないのかなって思ってたから。それにあまり他人と関わりたくないのかなって……」
日照雨さんは恐る恐る僕に尋ねる。
きっと日照雨さんが僕に聞きたかったことはこれなんだろうな。
図星を――突かれてしまった。
やっぱり君のほうが僕より何倍も観察力がある。
「日照雨さんの言う通りだよ。僕はなるべくこの"力"を使いたくない。
僕は包み隠さずに話すことにした。
日照雨さんの前ではどうしてか僕は素直になってしまう。
自分の深層を話すとき、喉が痛くなるほど閉じる感覚がある。
そして、その痛みに呼応するように涙が溢れそうになる。
けれど、彼女の前では不思議と言葉に乗せた感情が閉じられた喉をすり抜けるように表に出てくる。
僕の意識が言葉を勝手に紡いでいく。
「他人の感情がわかってもただただしんどいだけなんだ。人は自分一人の感情だけでも持て余して、振り回されてしまうのに、他人の感情なんて扱いきれるわけがない。僕の体には常に僕とその他の人の感情が流れる。それが――僕の心と体に重くのしかかるんだ」
日照雨さんは何も言わずにただただ僕の横顔をじっと見つめ、耳を傾けている。
「何度も、何度も何度も思った。この"力"を自分の為に、そして――誰かの為に使えないか。何度も考えたさ。どうやったらこの"力"を誰かの為に使えるか。でも――ダメだった。僕は失敗したんだよ」
――気持ち悪い!
そのたった6文字の言葉が僕の体に頭に心にこびりついていつまでも僕に作用し続ける。
忘れらないんだ。
僕に向けられるあの眼と言葉を。
僕が人間関係を閉じるには十分すぎる出来事だった。
弱いなんてとっくの昔にわかっている。だから僕はもういいんだ。
「僕はこの"力"を呪っている。こんな"力"さえなければ僕がこの"力”の活用法なんて考えなくて済んだんだ。そして、誰かを必要以上に傷つけることも、自分自身を損なうこともなかった。まぁ僕がうまく使いこなせていないだけだって言われたらそれまでだけどね」
僕は自虐的に笑った。
「人間関係で傷つかないためにはどうすればいいか分かる?」
日照雨さんは口を噤んだまま考えを巡らす。
僕は日照雨さんの答えを待たず続ける。
「人間関係を持たないことだよ。よく『相手のことをよく考える』『お互いを思いやる』なんて答えが返ってくるけど、それは違う。結局相手の気持ちや感情がわかっても根本的な解決にはならない」
捻くれてると思われるかもしれない。
そんなことは自分でも自覚している。
でも、こうでもしないと自分も、そしてそれ以上に相手を傷つけてしまう。
「天空くんが言うと説得力が違うね……」
諦めからくる笑顔。
「僕は他人と関わるのが嫌いなわけじゃない。むしろ好きなほうだった。でも、この力で迷惑をかけてしまうくらいなら、気持ち悪がられるくらいなら最初から距離を取って関わらないでいるほうがいい。だから僕は今以上も以下も望まなくなった」
僕は下を向いて、ただただ言葉を連ねる。
日照雨さんに届けるのと同時に――自分にもう一度言い聞かせるように。
「でもさ――」
僕は目線を上げて、隣にいる
彼女の頭上には大きな太陽が燦燦と照っている。
「誰とも関わらなければ悩みはないけど、その代わりに喜びもない。僕は日照雨さんに寂しそうって言われて否定ができなかった。そこでやっと僕は寂しいんだってことがわかった――いや、見て見ぬ振りをしていた感情を掘り起こされた。日照雨さんに話しかけられて、無理難題なお願いをされて、僕はきっと嬉しかったんだよ。この"力”が役に立つ術があるのかもしれないと思った。もう一度人と関わることを許された気がしたんだ」
日照雨さんの瞳が揺れているように見えるのは僕の勘違いだろうか。
光に反射された水の粒が目元で輝る。
「私は……私は天空くんを絶対に突き放さない。迷惑だとも、気持ち悪いとも思わない。絶対に。絶対に……!」
日照雨さんは息を大きく吸い込み、僕と目を合わせる。
「私は天空くんに力をコントロールしてほしい。難しいのはわかってるよ。それに私が口を出すことでもないと思う。でも……でも! 天空くんがもう一度誰かと関わりたいってそう思っているなら! 私は天空くんにそうしてほしいの……!」
日照雨さんは自分の想いを吐き出しているうちにその熱が体に移ったのか前のめりになる。
きっとそれは心の底から出た彼女の本音。彼女の言葉と想いには太陽光に浄化されたかのような温かみが宿っている。
それは僕の心に聴覚を介する前に届く。
「日照雨さんまた近くなってるよ」
それでも日照雨さんは僕から距離を取ろうとしない。
目を伏したまま遠慮がちに彼女は言葉を繋ぐ。
「私ばかりお願いをして申し訳ないけど――」
「そんなことない」
日照雨さんが言い切る前に僕は食い気味に否定する。
「日照雨さんが僕にお願いをしてくれたから僕は今日、この"力"を自分で使うことを決めたんだ。誰かの役に立つのならもう一度やってみようと思う。この力をコントロールすることを」
――私の感情を私に教えて。
君の不思議なお願いが幸か不幸か僕をここまで変えた。
僕は君の太陽にいつの間にかあてられてしまったのかもしれない。
「はいっ。この話題はもう終わり。次は日照雨さんのことを話そう」
僕は手を叩き、次を促す。
日照雨さんは目のあたりをこすり、顔を上げる。
頬と目が赤くなっている。
そして、すぐに真剣な面持ちになる。
「うん。じゃあ聞いて私のことを」
僕と日照雨さんの間を埋めるように生ぬるい風が吹いた。
「今日の私の
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