第21話 感情の予報と答え合わせ③
「今日の私の
真っすぐに――ただひたすらに真っすぐ僕を射貫くその瞳の前では嘘も誤魔化しもはったりも通用しない。
それは僕への信頼と期待の裏返しのようにも感じる。
はなから嘘をつくつもりもない。
僕も彼女の瞳を真正面に捉えて言葉を繋ぐ。
「これまで通り頭上には晴れマークが常にあった。ただその時にも言ったけど、その太陽が大きくなったり、より眩しく輝いたりしていたことが今日何度もあった。僕自身この現象をこれまで経験したことがなかったんだ。日照雨さん自身はこれについて何か心当たりある?」
僕が日照雨さんに指摘したのは1度だけ。
日照雨さんが僕の私服姿を見て、それを褒めたとき。
ただその時はポジティブな感情をより強く抱いたからだと思っていた。
だが、もしそうだったのであれば日照雨さん以外の人にもこの現象が起きるはずだ。
しかし、僕はこれまでこの現象を目にしたことがなかった。
だから何か違う要因が絡んでいるはず。
日照雨さんは口元に指をあてて頭のなかから心当たりを探す。
「うーん……。心当たりはないかなー。だって感情がわからないからその感情の機微とか起伏もわからないんだよね」
そうだった。
自分が今どんな感情を抱いていることがわからなければ、感情の動きなど到底わかるわけがない。
うーん。どうも前に進んでいるのかどうかわからない。
このまま僕が日照雨さんの感情を観測していても日照雨さんの感情探しに進捗はないのかもしれない。
視線を落とし、考える。
"あれ"を言ったほうがいいだろうか。
正直不確定要素はまだまだある。
けれど今の状況を打ち破るだけの起爆剤になる可能性は大いにある。
「天空くん?」
「ん? うぁわぁ! びっくりした……」
顔を上げると日照雨さんの顔が目の前にあり、鼻と鼻が接触しそうなほど近い。
日照雨さんはカーディガンを翻し、弾むように距離を取る。
今度は前ではなく、僕の隣へ。
「あはははっ! そんなに驚くとはね。私がビックリするよ~」
「そりゃあこんな目と鼻の先に顔があったら驚くって……」
日照雨さんなりの気遣いだろうか。
僕の過去を少し話したことで暗くなった雰囲気を和らげようとしてくれたのかもしれない。
そのまま僕たちは言葉を交わさずに歩き続けた。
車のエンジン音と風で揺れる木々が音だけが辺りに響く。
先に沈黙を破ったのは日照雨さんだった。
「他に気付いたこと、あるんでしょ?」
日照雨さんは前を向いたまま僕に問う。
思わず右隣の彼女を見てしまう。
風に煽られ、耳にかかった髪の毛がいくつか彼女の頬にかかる。
不思議だ。
彼女は僕の心を見透かしているような気がする。
おかしな話だ。
僕が君の感情を――心の内を見ているはずなのに。
その声音は僕が何に気付いているのか、何を考えているのかさえ察知しているのではという錯覚を僕に与える。
「もう1つだけ……ある」
僕は観念して頭のなかで整理した内容をそのまま口にする。
「『日照雨さんの頭に上に常に晴れマークがあった』っていうのは本当でもあり、そして――嘘でもある」
日照雨さんはこちらを向いて首を傾げる。
「2回だけ晴れマーク以外に雷マークと傘マークが浮かびあがった瞬間があったんだ。ただそれは本当に一瞬だけだったんだよ。だから最初は僕の見間違いかと思ったんだ。でも、違った。2回とも一瞬だったけど、僕の眼にそれが映り込み、僕の脳がそれを判断したんだ」
人の感情や心は天気と似ている。
ずっと同じなんてことはない。絶えず変化し続ける。
そして、何かに影響をされてその形を変える。
でも、その変化がコンマ何秒かで起こることなんてのはこれまでなかった。
だから僕は勝手にそれを可能性の範疇の外に置いていた。
「ここからは僕の仮説だけど、日照雨さん。君には感情がきちんとある。日照雨さんが最初に自分で言っていた推測はきっと正しい。ただ、日照雨さんの感情は何かによってせき止められていて表面に出てこないんだと僕は思う」
僕は日照雨さんの眼を見ながら事実と僕の仮説を分けて話した。
日照雨さんは何も言わない。だから僕は続ける。
「中庭で初めて会ったとき、日照雨さんは僕にこう言った」
――嬉しいと知ることで嬉しくなるし、悲しいと知ることで悲しくなるの。私の感情はこれときっと一緒。
「やっぱり僕はこれには賛成できない。それじゃあ君の感情は他人任せじゃないか。そんなのはダメだ。感情は他人のためにあるんじゃない。自分のためにあるんだ。君が感情がわからないままじゃ君の感情は僕が君の
言葉に熱が入り、いつの間にか掌に爪の後がつくくらい強く手を握りしめていた。
それでも僕の心はまだ止まらない。
「だから見つけよう。日照雨さんの感情を」
これじゃ足りない。まだ――足りない。
「改めて言うよ。僕は君に協力する」
違うな。僕は自分の言葉に納得できない。
今だけはいいじゃないか。恥ずかしくとも。多少青臭くとも。
自分の想いと心の内を全て言葉にのせて映し出せ。
「今度は僕のお願いを聞いてもらう番だ」
「僕は君に協力したい。
君はもう一度僕に
だからこれくらいはさせてくれよ。
日照雨さんは目を閉じてゆっくりと空を見上げる。
こみ上げる何かを我慢しているように僕には見えた。
「やっぱり天空くんは世話焼きだよ」
日照雨さんは困ったような呆れたような笑顔を浮かべ、ゆっくりと僕と目を合わせる。
でも――嬉しそうだ。
「だからこそ天空くんに頼んでよかった。うん。これからもよろしくね」
ほんの少しの涙がにじんだその笑顔は夕陽に照らされていてとても綺麗だった。
「でも、ごめんね――天空くん」
目を伏しがちに日照雨さんが呟いた言葉は僕の耳に届くことなく消えた。
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