第22話 感情の予報と答え合わせ④
「ここまででいいよ。
日照雨さんは城南地区に住んでおり、僕は浮島地区に住んでいる。
この2つの区は線路を境に分かれている――と思う。
「家まで送るよ?」
日照雨さんはふるふると首を振る。
「お母さんに料理振舞うんでしょ? だったらもう帰ったもういいよ。別に夜中ってわけじゃないし、大丈夫!」
僕に向けて力強く親指を立てる。
「そっか。わかったよ」
「うん。送ってくれてありがとね。じゃあ、また明日学校で」
日照雨さんは左手を後ろに回して、笑顔を浮かべながら右手をひらひらと振る。
今回は認めるよ。夕陽をバックに僕の瞳に映るその姿に僕は思わず見惚れてしまった。
全く――とても太陽が似合う人だ。
「天空くん?」
そんな僕の様子を見かねて日照雨さんは声をかける。
「あ、いや、うん。また明日」
僕は見惚れていたことは悟られないように軽く手を挙げて、すぐに帰路についた。
**
「夕飯ありがとうね、
「ならよかったよ」
僕は食器を拭きながら母の感想に反応をする。
「ほんと毎日作ってもらいたいくらいだわ」
「それ本気で言っているなら別にいいけど」
母は目を見開いて一瞬動きが止まる。
「もうっ、冗談よ、冗談。陽葵は高校生活を精一杯楽しみなさい」
僕はその言葉には答えることなく、拭き終わった食器を棚に戻す。
「そういえば今日はどこに出かけてきたの?」
母は食後のコーヒーを楽しんでいる。
「利府イオン」
「あら、陽葵が人混みに行くなんて珍しい」
母は僕の"力"のことを知っている。そのため、僕が人が多いところを好んでいないことも知っている。そして、友達がいないことも。
「まぁ……うん」
「何よ。その間」
コップのふちに口をつけたままこちらをジーっと見てくる。
まずい。
煮え切らない返事をしてしまった。
「もしかして誰かと一緒に行ったの? いや、まさかね~」
僕は食器棚の方を見て、母に背を向ける。
沈黙は返事をしていると同義。
「え!? 友達と行ったの!? 陽葵友達いたのね……」
おい、その反応は息子に失礼だぞ。そして、息子にかける言葉ではないぞ。
「友達、うーん? 友達なのか……?」
「何よ。そのはっきりしない感じ。はっ! もしかして友達通り越して彼女! 彼女なのか! 陽葵!」
母はいつのまにかキッチンに移動しており、チャオチュールを目の前に出された猫のように食いついている。
「彼女では断じてない」
僕は母をかいくぐり、コーヒー片手に2階上がろうとする。
「えぇー本当に? じゃあその女の子とどんな関係なのか教えてよー」
どうして女子だと決めつけているんだ。
だが、合っているのがタチが悪い。
「言わない。秘密」
「なんでよー。教えてよー」
「思春期の子どもは親に秘密を抱えることで成長するんだよ」
「むー何よそれ」
「この前読んだ本の受け売り」
そう言い残して僕はそそくさと自室に駆け込んだ。
その本によると「秘密をもつことによって、親の侵入を許さない自分の領域を確保することができ、親から心理的に分離独立した存在になっていく」ということらしい。
息子が心理的に成長しているということでなんとかここは手を引いてくれ。
**
☀
体が熱い。
熱があるわけではない。
ただ体に熱が籠っている。
額には冷えピタを張り、水枕で頭を支える。
気持ちいい。
頭を起点に冷気が体を巡る。
目を閉じて今日のことを振り返る。
切り取られた場面場面が目の前を駆け巡っていく。
今日は少しはしゃぎすぎちゃったな。
でも――楽しかった。
色々な天空くんを見ることができた。
ただ、天空くんには悪いことをしてしまったかもしれない。
天空くんの"力"の性質上人が多いところが苦手ということ。
これは盲点だった。
天空くん自身は私のお願いを引き受けた時点で覚悟していたとは言っていたし、"力"のコントロールにも前向きだったけど……。
はぁ……熱い。熱い。
天空くんのことを考えるとさらに熱を帯びていく感覚がする。
熱が心の底から湧き上がってくる。
まるで私を食らいつくさんとする勢いで。
やっぱりはしゃぎすぎた。我慢をしすぎた。
加速する心を緩めることも止めることもできなかった。
これも全て天空くんのせいだ。
君が弱みを見せるから、私はそんな君を見ていられなかった。
見たくなかった。
だから――どうしようもない私の気持ちが行き場を失い、やがて堤防を突き破った。
朦朧とし、茹る頭で猛省する。
「ふぅ……」
視界の先の靄を拭き飛ばすように息を吐き出す。
体内に入り込んだウイルスや細菌を死滅させようと私の体が張り切っているわけではない。
まだ体に異常をきたすところまではきていない。
「寝よう……」
この熱に浮かされた気持ちを早く落ち着かせたい。
所詮気休めだが、ベッドの近くに常備している解熱剤も飲む。
ごろんと左に寝返りを打つ。
すると枕元に置いてあったスマートフォンが振動した。
タイミングが良いと言うべきか。それとも悪いと言うべきか。
スマートフォンを手に取る。思わずその画面の明るさに目を瞑ってしまう。
<新着メッセージがあります>
内容を確認するためにロックを解除し、メッセージアプリを起動する。
「ああああ、天空くん!?」
まさか天空くんからデート(天空くんが言うには仮)終わりにメッセージが来るとは思ってもみなかった。
必要最低限のやり取りしかしなさそうなのに……。
不意打ちはずるい。
今の私にはクリーンヒットだから勘弁して。
だめだ。
今、天空くんのメッセージを開いたら、さらに熱が高まる。
私は葛藤をしながらもスマホをその場に置き、スマートフォンに背中を向けるように反対側――右に寝返りを打つ。
そっぽを向かれたスマートフォンが不思議な気配を発している――気がする。
脳内で2人のワタシが口論し、私に判決を迫る。
「デート(仮)に行くまでは即レスだったのに、急に返信遅くなったりしたら天空くんに怪しまれちゃうよ? あ~最悪嫌われちゃうかもね~」
それはダメ!
「もうっ! 惑わされちゃダメだよ! 天空くんはそんなことで人を嫌いなるような人じゃないでしょ!」
それは確かに……。
「でもでも、天空くんからどんなメッセージ来たか気になるでしょ~?」
それは否めない……
「あぁー!! 気になる! 見てすぐに返信して寝る! うん! これで行こう」
極めて冷静な頭で正常な判断を下す。
そういうことにしておこう。
部屋の電気をつけ、体を起こして名前部分をタップして天空くんとのトークルームを開く。
<今日はありがとう。久々に人が多いところに出かけたけど、楽しかった。次どこ行くかまた決めよう。じゃあまた明日>――21:38
私はスマートフォンが自動ロックされるまでメッセージが表示されている画面を見て固まっていた。
聞いたことがある。
デート後に感想を付与したメッセージを送ってくる男は脈ありだと。
脈ありなのか!? そうなのか!?
「ふぅーーーーー」
一度長く長く息を吐いて、体の熱気を外に出す。
天空くんは一体何を考えているんだろう。
女の子慣れ絶対してないと思ってたのにそうでもなかった。
私服姿かっこよかったし。
天空くんは素直なんだよね……。
私は天空くんの照れてるところが見たくて仕掛けるのに当の天空くんというと――
――今日の服装いいね。似合ってる。
――うん。似合ってる。可愛いよ。
どうして照れさせようとしている私が照れているんだ……。
どうして顔色を変えずにそんなことが言えるのよ……。
もしかして私ってチョロい? いわゆるチョロインってやつなの?
思い出しただけでその時の熱が体に移ってきそうだ。
でも――今はとても幸せ。
この熱は私が今を、この時を生きている何よりの証拠。
あの頃の私に教えてあげたい。こんなに幸せな時間があるってことを。
起こしていた体をもう一度ベッドに預ける。
ベッドが音を立てて、私の骨格に合わせて少しだけ形を変える。
「返信……しないとなー」
眩しい蛍光灯を隠すようにスマートフォンを持ち上げる。
ねぇ……神様。
やっとここまで来たんだから。
これくらいは許してよ。
どうせ――今だけなんだから。
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