感情の予報と答え合わせ

第19話 感情の予報と答え合わせ①

「あ、天空あまぞらくん起きた? おはよっ。映画もう終わっちゃったよ」

 僕が目を開けると、瞳は天井を捉えており、いくつか照明が見える。

 そして、何よりも日照雨そばえさんの顔が目の前にあった。


 ぐるりと辺りを見渡し、とりあえず今がどういう状況かをなんとなく把握するよう努める。

「ちょっと待って……。僕はどうして映画館で日照雨さんに膝枕をしてもらっているんだ?」

 日照雨さんは唇に右の人差し指をあてて考える仕草をする。

「うーん? どうしてだろうね♪」

 僕の真上で笑顔が咲く。

「どうしてだろうね♪ じゃないよ。『私考えてますよ』みたいな仕草しといて出る答えがそれかよっ」

「あはは♪ ツッコめるくらい元気にはなったみたいだね」


 日照雨さんに聞いても埒が明かない。

 こういうのは順を追って確認すれば今の状況を把握できるはず。


 少女を家族のもとに送り届けて、そこから――

 そこから? どうなった?

 僕の記憶では少女を家族のもとに送り届けてから今ここにいる流れになっている。

 確実に記憶が抜け落ちて、空白の時間が存在している。


「待って。あの娘をご家族のもとへ送り届けてからその後って僕どんな感じだった……?」

 恐る恐る日照雨さんに抜け落ちている記憶の部分を聞く。


「うーんとね……、その後なんとか映画にはギリギリ間に合ったんだよ。で、すぐに映画が始まって、それと同時に天空くんが気を失ったように寝ちゃったんだよ。急に肩にもたれかかってくるからびっくりしちゃったよー。それでずっと肩に寄りかかってるよりは膝枕の方がお互い楽かなーと思い、今に至る! って感じかな」


 意識的に"力"を使った弊害ってことか。頭を使いすぎたみたいだ。


「てかさ、これもしかしてカップルシートじゃない?」

「もうっ! 気づくの遅いって。店員さんにカップルシートがお得です! って言われたから」

「僕たち付き合ってないんだけどな」

 日照雨さんは唇を尖らせる。

「いいじゃん、今日はデートなんだし。それに膝枕されながら言っても説得力皆無だよ。『遠慮しておく』とかすかした顔で言ってたくせに膝枕してもらってるんだもん」

「すかしてない。それに膝枕に関しては日照雨さんが勝手にやったことだろ」

「あー何その言い方! 爆睡してたくせに!」

 日照雨さんが僕の頬を指でつつく。

「いだいっ」

「はははっ。良い反応するね。じゃあそろそろ行こっ」

 気付くと映画館内には僕たちだけが取り残されていた。


 日照雨さんに促され、むくりと立ち上がる。

 右側の頬がほのかに熱い。柔らかな感触が残る。

 思わずさすってしまう。

「なーにー? 私の太ももが名残惜しい~?」

 日照雨さんがニヤつきながら顔を覗いてくる。

「まぁ、寝心地は良かったんだと思う。ありがと……。それと、結局一緒に映画見れなくてごめん。埋め合わせはするから」


 それだけ言い残して僕はさっさとここを後にする。

 日照雨さんが小走りでついてきて、やがて僕に並び、前へ出る。

「埋め合わせっ! 約束だからね!」

 その勢いに少したじろいでしまったが、すぐに立て直す。


「うん。約束する」


 彼女の頭上の晴れマークがより一層大きく輝いた。


 **


「ねぇ、天空くん。今日――歩いて帰らない?」


 映画館を出てすぐ日照雨さんからそんな提案をされる。

 時刻は15時過ぎ。


 利府りふイオンから多賀城たがじょう浮島うきしま城南じょうなん方向へ歩くとなると1時間以上はかかる。

「日照雨さんがいいならいいけど……」

 日照雨さんの足元へ視線を移す。

「大丈夫。今日スニーカー履いてきたから」

 日照雨さんは僕の懸念に気付き、僕がそれを投げかける前に先回りをして答えた。

「日照雨さんがいいなら歩いてでいいよ」

「ありがと。じゃあ帰ろっかっ」


 帰りがけに1階のフラワーショップで日照雨さんがお母さんへの母の日のプレゼントとしてカーネーションを購入し、僕たちは利府イオンを後にした。


 **


 利府イオンから多賀城方面へ歩く。

 左側には車両基地があり、カラフルな新幹線が悠然と立ち並んでいる。

 そこを抜けると一面に田んぼが広がり、その上には高速道路が通っており、車のエンジン音や空気を裂く音が聞こえる。


 空には白雲がいくつか散りばめられているが、太陽は隠れることなく僕たちを照らし続ける。

 心地の良い春風が遮るものがないため、邪魔されることなく、僕らの肌をなでる。


「風が気持ちいいねー」

 日照雨さんは両手を広げて、全身で風を感じている。

 栗色の艶やかな髪の毛が一本一本鯉のぼりが空を泳ぐように揺らめく。


「どうして歩いて帰ろうと思ったの?」

「もう少し天空くんと話したいなって思ったから。それだけじゃダメかな」

 日照雨さんは視線だけをこちらに流して、僕を窺いながら答える。

 僕はそれに視線だけで応答する。


 日照雨さんは再び視線を前に戻して、話を切り出した。


「私が天空くんと話したいことは2つあります」

 日照雨さんは僕の隣からピョンと跳んで僕の前方に移動し、両手を握りしめたまま僕の前に差し出した。

「どっちから話そっか? 左手は私のこと。右手は天空くんのこと。選んでいいよ」


 選んでいいよも何も2つとも話すことになる。

 僕は一瞬だけ逡巡して、僕から見て左――日照雨さんの右手を指さした。

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