第15話 デート(仮)日和⑦

 日照雨そばえさんの買い物を終え、店を出る。


「結局私の服買っちゃってるし!」

「そう言いつつノリノリだったじゃん。それに……」

「それに?」

「なぜペアルック!?」

天空あまぞらくんが選んだんじゃん!」

「そうだけど! 今着る必要ある?」

「今着ないともったいないじゃん……」


 日照雨さんは先ほど試着していた服のタグを切ってもらい、そのまま着ている。

 これではデート(仮)の(仮)の信ぴょう性が揺らいでしまう。(仮)をつけていられなくなるのでは?


「その袋ちょうだい。持つよ」

「え、いいよ。入っているの私の服だし……」

「いいよ別に」

 僕は日照雨さんから紙袋をもらう。

「あ、ありがと」

「ん」

 短く返事をする。


「そろそろお昼食べに行こうか」

 腕時計を見ると11時15分を示している。

「え、早くない?」

「今行かないと席埋まっちゃうよ。それに映画の時間もあるし」

「あ、そっか。13時10分からだもんね。流石天空くん!」

「そうと決まればって――どうしたの?」

 先を急ごうとした僕の腕を日照雨さんは掴み、僕を引き留めた。

 日照雨さんの視線を追う。

 その先にはフラワーショップ。

 そして今日この日限定ののぼりが立っていた。

『mother's day 母の日』


「今日母の日か……すっかり忘れちゃってたよ……。天空くんは何かお母さんに買った?」

「あぁうん。一応用意しているよ」

「え、何渡すの?」

「渡すというか振舞う」

「振舞う?」

 日照雨さんは首を傾げる。


「うん。料理。夕食を作ろうと思ってる」

「えぇ!? 天空くん料理できるの!?」

 日照雨さんはわかりやすく驚く。

「『いやまさか天空くんが料理できるなんて思ってなかったよー』って顔に書いてあるよ」

「うぐ……今回は大目に見てください……」

 元よりそれを責めるつもりなんて微塵もない。

 男子高校生が母の日に料理を振舞うなんて思わないよな。


「それじゃあ今日は早く帰らないといけないね」

「18時くらいまでに家につければ全然いいよ。日照雨さんはカーネーション渡す?」

 値札を見るとカーネーションは400円ほどで販売されている。

 うーんと唸り、考える素振りを見せる。

「うん、そうしようかな!」

「帰りにまたここに寄ろうよ。今買っちゃうと荷物増えるしね」

 そう言って僕たちは踵を返して、横並びでフードコートへ向かう。


「ねぇ、天空くん」

 名前を呼ばれ、僕は正面から右隣に視線を移す。

 数歩進んでところで日照雨さんがその瞬間の顔を僕に見えないように――視線を下に向けてつぶやいた。


「天空くんの手料理食べてみたいなー……。なーんて、えへへ……」

 すぐに冗談めかして笑う。その頬が若干赤みを帯びていた。

「いいよ」

「え?」

 余りにもすぐに反応を示したからだろうか。

 日照雨さんは思わず声を漏らす。

「それくらい全然構わないよ」

 僕が答えてから少しだけ間が空く。

「ほ、ホントに!? いいの!?」

 日照雨さんは目を輝かせて勢いよく顔を近づける。

「あぁ……うん。機会があればね……」

 僕は思わずその勢いと至近距離から見せられる日照雨さんの白くざらつきを感じさせない綺麗な顔に気圧され、言葉が尻すぼみになってしまう。


「約束――約束だからね!」

 そんなに嬉しがるものなのだろうか。僕が作る料理なんて本当にただの家庭料理の延長線上――いや、数直線で表したら左側に動いてしまうかも。


 ただそんなことを言うのも、考えてしまうのも憚れるくらい日照雨さんがご機嫌な笑顔を浮かべている。今なら頭上を見なくても彼女の感情はわかる。

 口に出してしまうのは野暮なことだ。


「(練習、しとくか……)」

 日照雨さんの顔が比喩とかではなく、上気しているように見えた。


 **


 気を取り直して三階のフードコートへ向かう。

「あぁー楽しみだなー天空くんの料理」

「さっきから言っているけど、機会があればだから」

「ならばその機会を人為的に作るまで!」

「僕の手料理への執念……」


 エスカレーターを乗り継いで3階へ到着する。

 その瞬間僕の眼に違和感のある光景が映った。

 もっとも僕にしか見えない光景。


 小学生くらいの子どもを連れた3人家族。

 それになんら違和感などない。

 違和感の正体は3人の頭上に浮かんでいる天気マーク。


 母:雷 

 父:曇と雨 

 娘:大雨


 ショッピングモールにいる家族は晴れマークが全員についていることがほとんど。

 基本的にポジティブな感情を抱くことが多いし、疲れているとしても曇や雨が混じるだけ。

 周囲を見渡してみても他の家族連れは全てこの法則に当てはまっている


 ただこの家族はあまりにもバラバラすぎる。

 母は雷マークということは何かに怒っているのだろうか。

 娘さんと手を繋いで何かを言っている。

 父はその様子を隣で見守っている。疲れていて、焦りもあるのかもしれない。


 そして、最大の気がかりは娘さんだ。


 小学校低学年くらいで赤いワンピースとチェックの靴を履いている。

 かなり目立つ服装。いや、今回気になるのはそこではない。


 お母さんに怒られているから傘マークというのはわかる。しかし、傘が大きく傾いている。ということはとても今悲しんでいるということだ。

 当の本人の様子を見てみてもそこまで大雨になるほど悲しんでいるようには見えない。

 怒られているのにも関わらずその視線はフラワーショップのカーネーションへ向いているようにさえ見える。


 感情が天気のように浮かぶといっても表面的なことしかわからない。それ以上踏み込むためには自分の推測になる。試行回数も増えているからその推測も正確性を帯びてきているのかもしれないが、所詮推測の域をでない。


「天空くん? 何か気になるものではあった?」

 先に進んでいた日照雨さんが僕の様子に気付いて引き返してくれた。

「いや、ごめん。なんでもないよ」

「そっか! じゃあお昼ご飯食べにいこ」


 赤の他人の感情を気にしても何も意味がない。

 ただ脳が圧迫されてしまうだけだ。


 今の情報を忘れるように僕は自分に言い聞かせ、昼食に食べるものを考えることにした。

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