第14話 デート(仮)日和⑥
「こっちはどうかな?」
「おぉーいい。これも日照雨さんの雰囲気に合うね」
「これも買おうかな。迷っちゃうよ――ってなんで私の服選んでるの!?」
「ゴリゴリのノリツッコミするじゃんか」
**
時は遡ること30分前。
「さぁーてどんなのが
日照雨さんは今にもスキップしそうなほどウキウキ気分で服を見て回る。
「どんなのがいいとかある?」
服を見る片手間に質問を投げかけてくる。
「好んで着るのはシンプルでキレイ目な服かな」
「なるほどなるほど~」
まずい。
陽気な日照雨さんとは対照的に僕は尻に火が付いたように焦っていた。
このままでは本当に僕の全身コーディネートが始まってしまう。
日照雨さんの着せ替え人形になるのだけは勘弁してくれ。
今っぽい言い方をするとビスクドールか。
僕は自分が主役になることを嫌う。
そんな器じゃない。
誰かを傍から見ているだけでいい。
何かないだろうか。日照雨さんのテンションを下げずに僕への注意を逸らす何か。
ふと僕の視界にある光景が飛び込んでくる。
「これどうかな?」
「うん! すごい似合ってる。可愛い!」
「ホントに!? じゃあこれにしようかな」
女性は試着室のなかでえへへと嬉しそうな笑顔を。浮かべている。
大学生だろうか、カップルの眩しいやり取り。
女性の頭上には晴れマークが燦燦と輝いている。
男性の頭上にも晴れマークがあるが女性よりも輝きは少なく、曇マークも後ろには見える。
女性は恋人に「可愛い」「似合っている」と言われて喜んでいるんだ。
男性も可愛いと思っており、楽しんではいるが、気を遣っている部分が少なからずあるのだろう。
やはりこの"力"も考えものだ。
見なくてもいいこと、知らなくていいことまで僕の脳内に勝手に情報が溢れる。
いや、今はそれは二の次だ。
これだ。
日照雨さんを主役に据えればいいんだ。主演交代。
店内を見渡す。日照雨さんに似合いそうな服を探す。
レディースのファッション事情は正直全くわからないが……。
「日照雨さん」
「んー? 何か着たいのあった?」
「違う違う。僕が着るんじゃなくてさ。これ日照雨さんに似合いそうだなーと思ってさ」
「えぇ!? あ……ご、ごめんなさい……」
日照雨さんの大きな驚きの声がお店に反響する。
店員さんの視線が一気に向けられ、1人近寄ってくる。
普段ならば勘弁してほしいところだが、今は好都合だ。
「どうしたのさ。そんな大きな声出して……」
「ごめん……。ちょっと予想外の出来事で。これ私に似合うかな……」
「似合うって。すいません。試着させてもらってもいいですかね」
僕は手に取った服を店員さんに見せる。
「ちょっ! 天空くん!?」
「はい、もちろんです。ではこちらに」
まさか自分が試着することになるとは思ってもみなかった日照雨さんをよそに店員さんは試着室へと僕たちを導く。
僕一人だけでは日照雨さんに僕のことをそっちのけで試着させることは難しい。だが、第三者の力を借りればそれも不可能ではない。
日照雨さんは試着室の前でも渋りを見せる。
また曇マークが現れた。
そして、一瞬で消えてしまう。
「ほら早速着てみようよ」
「で、でも……」
「着・て・み・て」
僕は念を押す。
「もう! わかったよ! そんなに天空くんが選んだ服を私に着させたい! って言うなら着てあげるよ♪ 仕方ないなー」
そう言って勢いよくカーテンを閉める。
頭上の晴れマークが少しだけ大きくなってように見えた。
感情がわからないくせに感情がよく動く人だな。
「嫌な開き直り方をされた気がするんだが……まぁいいか」
2、3分経っただろうか。
「着てみたよ……」
控えめな声が中から聞こえる。
「なんか自信なさげに聞こえるけど」
「うぅ~。だ、だって! 天空くんが選んでくれた服を着た姿をいざ本人の前で見せるって緊張するんだよ」
「そういうもんか」
「そういうもん!」
これは埒が明かないな。着替え終わっているのなら……。
「じゃあこっちから開けるよ」
「ちょっ!? そ、それはダメー! わかったわかったから! 今開けるから!」
日照雨さんは観念したのか恐る恐るカーテンを開ける。
「ど、どうかな……」
下を向き、恥ずかしそうに目線だけをこちらに向ける。
僕が選んだのはベージュのフレアスカートと紺色のクルーネックカーディガン。
日照雨さんの可愛らしい雰囲気を生かしつつ、おしとやかさも演出できている。
そして頭にはキャスケット。これは完全に僕の趣味。
日照雨さんには絶対に言わないけど。
「うん。似合ってる。可愛いよ」
僕の言葉を受けて日照雨さんの顔はさらに赤く染まり、目を逸らされてしまった。
そして、口元を腕で隠して何かをつぶやいた。
「(なんでそんなことさらっと言えるのよ……!)」
「何か言った?」
「なんでもない!」
「いてっ!」
日照雨さんに言葉尻に合わせて肩を叩かれた。
そうこうしているうちに店員さんが様子を確かめに来た。
「いかがでしたか? わー♪ とてもお似合いですね!」
店員さんとやり取りをするために日照雨さんは少し端による。
その拍子に僕の全身が試着室の中の鏡に映し出される。
ベージュの太めのテーパードパンツに紺色のカーディガン。
僕は違和感を抱いた。
家を出るときには何もおかしいところなんてなかったのに。
日照雨さんを見る。次に鏡に映った僕。
何度も何度も交互に。
違和感の正体。
それが僕の頭に思い浮かんだ瞬間、店員さんの口から発せられる。
「これ彼氏さんのチョイスですよね。うふっ♪ ペアルックですね♪ とても愛されていて羨ましい限りです」
愛想のよい微笑みを浮かべる店員さん。
店員さんに教えてもらった日照雨さん。
その瞬間気づいた僕。
その刹那――
交わる視線。
「タグ……切ってください。あと他のを見てみていいですか……?」
「かしこまりました♪」
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