第5話 出会いの日 快晴⑤

「私は私の感情がわからない。っていうのは簡単に言うとこんな感じかな。ありえないって思うでしょ?」


 強張った笑顔。少しだけ手が震えている。

 きっと僕に悟られないように必死に抑えていた。

 でも、僕にはそれがわかる。


「あはは……いきなりこんな話されても信じられないよねー……」

 力のない乾いた陰を含んだ笑み。


 他人に自分の心情を、それも自分にとっては当たり前であっても他人にとっては当たり前ではない得体の知れないものを吐露するときというのは喉が締め付けられ、身体がまるで自分の制御下から脱したのではと錯覚するほどうまく動かなくなる。


 僕はそれをよく知っている。


 全てを明かしたからと言ってそれが理解され、受容されるとは限らない。当事者にできることはただ話すことだけ。それをどうするかはもう聞き手に委ねられる。

 だからこそどうしようもないほど不安になる。


 僕は日照雨そばえ瑞陽みずひに言わなければならない。伝えなければならない。

 わからないから怖くなる。不安になる。


「日照雨さん」


 僕は初めて自分から彼女と目線を合わせた。

 柔らかな印象を与える透き通った瞳。

 今は不安の色が滲んでいる。そんな風に僕には見えた。


「僕と日照雨さんは図らずも似たような境遇にあるって今の話を聞いて勝手に思った。僕の力も日照雨さんが自分の感情がわからないのも僕たちが自分で望んだことじゃない。自分の感情がわからないなんて普通じゃないかもしれない。それでも僕は君を信じる」


 決して目を離さず、僕は告げた。


「どうして信じてくれるの……?」

 日照雨さんは窺うように尋ねる。


「他人の感情が浮かび上がるなんて力を持っているほうが普通じゃないよ。それでも君は僕を信じて頼ってくれた。だったら僕も日照雨さんを信じて協力するのが当たり前だ」

 彼女は僕の言葉を頭のなかで数秒嚙み砕いているように見えた。


「ふっ――はは、あはは! もう、そんなこと言われたの私初めてだよ」

 せき止めていた何かが決壊したように彼女は吹き出す。

 張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れたみたいだ。


「ふぅ……」


 日照雨さんは安心したのか体を後ろの木に預けて一息つく。

「天空くん、ありがと。そんな風に言ってくれて。やっぱり天空くんを頼って正解だった」

 さっきまでの強張った笑みではなく、緊張がほどけた柔らかい笑顔だった。

 彼女にはよく笑顔が似合う。素直にそう思った。


「天空くん?」

 彼女が僕の視線に気づく。

 しまった。少々見すぎた。

 日照雨さんは体を起こし、僕に近づく。

「もしかして見惚れちゃった?」


 僕の顔に影がかかる。

 くすっと口角をあげて可愛さの中に大人びた雰囲気を感じる――小悪魔的な笑顔を浮かべる。


 彼女にはよく笑顔が似合うだと? 誰だそんなこと言ったやつは。

 前言撤回だ。

 そんな可愛らしいものじゃない。


 思わず目を逸らしてしまいそうになったが、ここで逸らしたらそれこそ彼女の思う壺だ。


 僕は不自然なくらい彼女の両眼から決して目を動かさないように徹した。

 その瞬間――日照雨さんの瞳が動き、両頬が赤く熱を持ったような気がした。

 ただの気のせいか?


「いや、僕はただ日照雨さんのお眼鏡にかなってよかったなって思っただけだよ」


 極めて冷静沈着に、動揺なんてしてませんけど? というスタンスで言葉を交わす。


「なーんだそういうことかー」

 彼女は僕の言葉を受けて元居た位置に戻る。


 ふぅ。助かった……。

 気まずい雰囲気になる前にすぐに話題を振る。


「ところで日照雨さんの感情探しに協力することは決めたけど、具体的などうやっていくつもりなの?」


 日照雨さんは口元に右手の人差し指をあて、「うーん」と唸り、考えるような仕草を見せる。


「端的に言えば――デート、かな?」

「デート!?」


 自分でも驚いてしまうほどの声が出た。

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