第一章 ただいま、銭湯中につき その11 秋水編

 温泉から出た平野平秋水と猪口直衛は施設の中の食堂へ向かった。

 館内の規約に則り入館の際にカウンターで借りた館内着を着ている。

 猪口は、Lサイズにした。

 いささか大きいが体に馴染む大きさだ。

 問題は秋水である。

 館内着で一番大きいサイズを頼んだが、大きさと太い筋肉で少しでも力を入れると破けてしまいそうだ。

 社会人が中学生時代の制服を着ると例え、体が服に納まっても動きにくい。

 秋水の服はぼぼオーダーメイドか本人の手作りである。

 館内着はほぼ拘束具である。

 それでも、秋水は慣れているのか、それなりに手足を動かしている。

「……そんで、何のために俺を朝一で呼び出したんです?」

 食堂で注文をして二人きりになると秋水が声を小さくして聞いた。

「うん。それなりの経歴と経験を持っている秋水君にある事件の現場検証をして欲しいんだ」

「現場検証?」

 猪口の言葉に秋水は眉をひそめる。

「そんなの、鑑識課に頼めばいいでしょ?」

「できないから頼んでいる……と、いうと秋水君は逃げるからこう言えばいいかな?」

 猪口は背筋を伸ばし、よりはっきりとした口調で言った。

「命令だ」

 そこに一点の妥協点もなかった。

――本当にこの人は、自分の立場を使うのが上手だ

 秋水は嘆息した。

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