第一章 ただいま、銭湯中につき その10 秋水編

 サウナから出た二人は、まず水風呂に浸かる。

 それまで乱雑だった思考が冷水に入ることで整えられ、はっきりする。

 水風呂を出ると洗い場で各自で頭や体を洗い、泡を綺麗に流す。

 そして、風呂に入る。

 すでに先客である、老人が数人いた。

 秋水と猪口は下らない話しをしつつ、ときおり目線だけで周りを見た。

 実は同時に猪口の様子も見ていた。

 いつもは自然体で出来ることが、今日に限ってどこかぎこちない。

 これは秋水の観察眼が人より敏感なところによる。

 もしも、他の一般人や普通の警察官が見ても違和感を感じないのが当たり前である。

「秋水君」

「何です?」

 猪口が声をかけた。

「君の首筋の傷痕は大丈夫?」

 言われた秋水は太い首を触った。

 まだ、染みるのだろう。

 少し顔を歪ませる。

「なぁに、プレゼントですよ」

 秋水はこうつぶやいた。

「……最強なんて代物は、退屈なんですよ」

「だから、敵を作るのかい?」

 恐る恐る猪口が聞く。

 猪口が持っている手駒配下の中で、秋水は、特に体術などに関してはなくてはならない存在だ。

 彼がいないことは極端な言い方をすれば自分の持つ野望を諦めるのと同義である。

 また、闇社会においても一種の伝説と化しており、その名前だけでも震え上がるものもいる。

 問題は、本人はに自分の命にはほぼ興味がない。

 実際、秋水の首の傷は彼が殺した兄の弟から受けた。

 無抵抗に首を差し出した。

 現場を見た猪口は唖然とした。

 秋水が言った。

「でも、時々、俺を超えそうなやつに出会うと嬉しいんですよ。可能性というのは実に面白い」

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