プロローグ 1 夢で会いましょう その六

「後悔?」

 普段冷静な男が、この言葉を聞いて声をあげて笑った。

 だが、だぶだぶのスーツを着た老人は顔色一つ変えない。

「貴方が俺のことをどれだけ知っているか分かりませんが、自分の人生において後悔はありません」

 男は答えた。

 真顔だ。

「そうかい? 俺にはむしろ、後悔が多すぎて臆病になっているような気がしたんだが……」

 この言葉にも男は鼻で笑った。

 普通なら激昂するものもいるだろう。

 だが、老人も調子を崩さない。

 男は続ける。

「俺にとって、後悔とは『死』です。だから、与えられた環境、現状、立場……それらを理解し、思考し、実行する。仮にそれが劣悪な環境であったとしても、最善を尽くし仕事を全うする。これこそ、自分の主義、ポリシーです」

 しばし、沈黙が流れた。

「立派だねぇ」

 老人の言葉には敬意と若干の呆れが入っていた。

「でも、疲れないかね?」

「だから、寝るのです」

 至極当然のごとく男は言った。

 老人は目を閉じ、少しだけ考えた。

 すると、徐々に風景も自分も老人も淡くなる。

 男は理解した。

 

 今宵の世界が終わる。

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