プロローグ 1 夢で会いましょう その五

 突然、男に誰何された老人は不機嫌にはならなかった。

 ただ、少し左の口角を上げただけだ。

 その顔に男は見覚えがあった。

 思い出そうとする。

「俺は夢の中の人物だ。『考える』というのは、夢が薄くならんかね?」

 老人の指摘は確かにそうだった。

 周りが色褪せ始めた。

 テーブルも、椅子も、時計も、自分自身さえ色あせる。

「落ち着きなさい」

 老人の言葉は魔法の様だった。

 色あせていた夢が再び元の色になる。

「……何が目的ですか?」

 今度も意外な展開になった。

 老人が目の前にある紅茶をすすって答えた。

「君にお届け物があってね、その配達さ」

「届け物?」

「でも、君は読むことができない」

 少し口を真一文字にして老人は断言した。

「読めない?」

 男は訳が分からない。

「今日はね、ご挨拶に来ただけさ。正確に言うのなら、覗くだけだったんだが、このホテルに興味があってね……」

「でしたら、部屋まで案内しましょうか?」

「いや、君の再現度はかなり高いのだろうけど、今回は遠慮しておこう……そろそろ、夜が明ける。俺は退席しよう」

 老人が立ち上がる。

「ただ、一言。これはジジィの戯言として聞いてほしい。『後悔しないように』」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る