9.「登録No.1相倉さん」
「あたしは
「君の名前は御崎さんって言うんだね。改めてよろしく」
初対面の印象は今後の関係を大きく左右する事になるって幼い頃から教えこまれて来た僕は御崎さんに失礼のない態度を取るように振る舞った。
「あたしはあんたとは友達以上の関係になるつもりないから!」
「わかった。それでも構わないよ」
彼女は差し出した僕の手を取って握手してくれた。
触れた御崎さんの手は僕が思っていた以上に小さい、女の子ってみんなそうなのかな?
ますます自分がこの場所にいることが場違いに思えてきた。
小阪さんに相倉さん、そして御崎さんとまだ転入して数日しか立たないのにもう三人の子と話すようになるなんて。
相倉さんに至っては“ハーレム・プロジェクト”に乗り気だしこれから慌ただしい毎日になりそうだ。
学園の中にはまだ僕の事をよく思わない生徒もいるだろう。
大きなトラブルが起こらず三年間無事に過ごせるのが一番だと思う。
もちろんプロジェクトのことだって忘れちゃいけない。
寮の自分の部屋に戻ってからは明日の授業の予習始めた。
学業だけは疎おろそかにしちゃダメだからね。
家庭教師がいないから勉強する時間は自分で調整するのは面倒だけどしっかりやっておこう。
ノートを広げてテキストのページを写していく。
静かな部屋にペンを走らせる音が響く──三十分毎に休憩を挟んで勉強を進めていく。
終わった頃には二十時を過ぎていた、勉強道具をバッグに仕舞って入浴の準備する。
家にいた頃は就寝時間から起床時間まで徹底的に管理されていたから少し窮屈だった。
その分規則正しい生活はできていたんだけどね。 お風呂から上がってからは特にやることもなく携帯を開いた。
母さんからいつも最新の端末をもらっているけどこのスマホに登録されている番号は母さんと家の事をやってくれていたメイドさんに神崎さんだけ。
標準搭載されているアプリもほとんど使わないしましてやメールをする相手もいないし僕の番号を教えてほしいなんていう物好きはいないだろう。
結局この日は二十三時を過ぎてもなかなか寝付けずに寝不足なまま登校しなくちゃいけなくなった。
「おはようございます」
「おはよう。今日も元気で行きましょう!」
何人かの先生とすれ違った際に挨拶をしたけどこの学園の教師は美人が多い気がする。
大人の女性と話すのはかなり緊張するしどうしても気を遣ってしまう、理事長の神崎さんと会話した時だってそうだ。
小阪さんや相倉さんと上手く話せているように思うけど、深いところで女の子に対しては苦手意識がある。
こんな調子で恋愛なんてできるのか不安だけど頑張るしかない。
「おっはよう! 小鳥遊君」
肩を落として歩いていると元気な声が聞こえたから僕は後ろを振り返る。
「おはよう。相倉さん」
Fクラスの相倉麻奈実さんは今日も人一倍明るい、その明るさに僕も自然と前向きな気持ちになることができた。
「誰か待ってるの?」
僕は彼女の間からAクラスの教室の中を覗き込んだ。
「ううん、私はね小鳥遊君を待ってたんだ。ねえ、今日お昼はまた一緒に食べない?」
「相倉さんが迷惑じゃないのならいいよ」
「全然迷惑なんかじゃないよ! 私は小鳥遊君とお弁当食べたいなあ」
「そうなんだ」
嬉しそうに表情をコロコロ変えていく相倉さんはとてもかわいいと思う。
こんな子とお昼ご飯食べることができる僕は幸せものかもしれない。
「それじゃあまたお昼休みに迎えに来るから」
足取り軽やかにFクラスに向かう彼女を見送って僕は教室に入る。
「おはよう」
「おはよう。小鳥遊君」
クラスの子たちが一斉に挨拶してくれる。僕はそんな彼女たちとの些細な会話を楽しみつつ自分席へ。
「おはよう御崎さん」
隣に座っている子──御崎智佳さん、昨日名前を知ったばかりでまだちゃんとした会話をしたことはない。
「おはよう」
一言だけ返してくれると御崎さんは前を向いた。
最初挨拶すら返してくれなかったから僕らの関係は少しは改善された気がする。
授業の予習バッチリだった。担当教師に当てられても問題なく処理した。
隣の席の御崎さんは難しそうな顔をしてノートとホワイトボードを交互に見直す。
僕はメモ用紙を千切って次に彼女が当てられそうな場所を予想してその回答を書き込む。
「ではこの問題を御崎さん、できるかしら?」
「は、はいっ!」
緊張しているのかガタンと大きな音を立てて立ち上がる御崎さん。
「ええっと…………」
「落ち着いて。わからないのなら素直にそう言っていいからね」
「いえ、だ、大丈夫です」
そう答えているけど今の彼女は確実にテンパっている、ここで助け舟を出すのも悪くない。
僕はさっき書いたメモを御崎さんの机に投げた。
「なにこれ?」
隣の席から投げ込まれたメモを怪訝そうな顔をしながら広げる。
「これ──」
どうやら当たりみたいだ。御崎さんは先生や他の生徒気づかれないようにメモの内容をホワイトボードに書き写したよ
「はい、正解です。よくできましたね」
先生のその言葉にホッと胸を撫で下ろして自分の席に戻る御崎さん。
途中チラリと僕の方を見て何か呟いていたけど小さい声で聞き取れなかった。
「それでは号令おねがいします」
「起立、礼」
それか四時間目まであっという間に過ぎてお昼休みになる 。
朝、相倉さんが迎えに来るって言ってたから彼女が来るまで教室で待っていよう。
教科書を机の中にしまって軽く背伸びをする。
「さっきはありがとうね」
「えっ?」
休んでいると御崎さんが声をかけてきた。どうやらさっきの授業でのお礼らしい。
「いいよ別に。御崎さん困ってたみたいだし」
「あんた勉強得意なの?」
「得意ってわけじゃないけど昨日たまたま予習してて内容知ってただけだよ」
「ふーん。でも助かったよ。ありがとうね」
誰かにお礼を言われることがこんなに気持ちの良いことなんだなって思った。
自分では大したことはしてないはずなのにそれに感謝してくれるなんてなんだか照れ臭い。
「それにしても相倉さん遅いなあ」
昼休みが始まって十分以上経つのに彼女は一向に姿を見せない。
結局昼休みが終わるまで相倉さんは現れず僕は男子寮までお昼ご飯を取りに戻った。
放課後、帰り仕度を済ませて廊下に出る。
「小鳥遊君!」
教師出てすぐの呼び止められて声のする方へ視線を向けた。
「ごめんなさい! 私からお昼ご飯誘ったのに約束すっぽかして」
目に涙を浮かべて謝ってくる相倉さんにこっちまで申し訳ない気分になる。
「大丈夫だよ。何かあったの?」
「お昼は先生に頼まれて授業必要な教材とか運んでて──」
「そうだったんだね。理由があったなら仕方ないよ。だから泣かないで」
僕は指で彼女の涙を拭ってあげた。
「ありがとう。本当にごめんなさい…………」
まだ表情の暗い相倉さんを安心させるために顔に両手をあててあげた。
「心配しないで、僕は怒ってなんていないから、また元気な顔を見せて」
自分でも随分大胆なことをしたと思える。やってから恥ずかしくなって彼女の目を真っ直ぐに見れなかった。
「うん」
僕の言葉に安心してくれたのか彼女らしい優しい顔に戻ってくれた。
「小鳥遊君って本当に優しいんだね」
「そんなことないよ。目の前に泣いている女の子がいたら多分同じようにしてたんじゃないかなって」
「他の女の子でも?」
少し不機嫌そうに上目遣いの相倉さんと目があった。
そんな彼女を女子寮まで送って自分の部屋へ──
「小鳥遊君ちょっと待って!」
名前を 呼ばれて歩みを止めた僕に相倉さんが駆け寄ってきた。
「あのね、小鳥遊君は携帯持ってる?」
「持ってるけど」
僕はバッグの中から携帯を取り出して彼女に見せる。
「わー、これ最新機種じゃん! いいなあ」
僕の携帯を見て目を輝かせる。
「じゃあ、小鳥遊君の番号教えてよ!」
「相倉さんは僕の携帯の番号を知りたいの?」
「うん、だって携帯あればいつだって連絡できるじゃん。でも、小鳥遊君が嫌なら無理には聞かないけど」
「ああいや、無理ってことはないんだけどね」
「何かあるの?」
「今まで僕の携帯の番号教えてほしいなんていう子はいなかったから」
「そうなんだ。先に私の番号教えるから電話かけてみて」
僕は通話アプリを起動して相倉さんの番号に電話する。
「もしもし?」
「出ちゃダメじゃない」
「ごめん。つい嬉しくて」
「これが小鳥遊君の番号かーああそうだついでにメアドも教えて!
「一応アプリはあるけど」
彼女に言われて世界的に人気があるツールLIME起動した。
LIMEは通話やメッセージだけじゃなく画像や音楽を同じLIMEグループ内で共有して楽しめるらしい。
通話も電話よりもクリアな音質でしかもLIME同士なら通話量が無料でメッセージ専用のスタンプなどもある。
この携帯を買った時に標準でインストールされていたけど僕には使う機会が無かった。
「こっちは登録終わったよー」
相倉さんは慣れた手つきでスマホを操作してあっという間に登録を済ませた。
「僕も終わったよ」
「私が小鳥遊君の番号登録ナンバー第一号なんだよね?」
「うん」
「それだけで十分嬉しいよ! 今日は本当にありがとうね」
まっさらだった僕の携帯家族以外の番号が登録された。なんだかとても新鮮な感じがする。
相倉さんと別れて男子寮まで戻る途中──
──メッセージが届いたこと知らせる通知音が鳴ったから僕は画面をタッチしてスマホをスリープモードから解除。
『今日は本当にごめんなさい。明日はお昼一緒に食べようね! 私が小鳥遊君のアドレス登録ナンバー第一号と考えるとなんだかすごく嬉しい』
『僕もそうだよ。明日は楽しみにしてます』
彼女から届くメッセージに返信する、誰かと繋がる事がこんなにも楽しいなんて。
僕は夜寝るまでLIMEのやり取りを続けた。
初めてスマホを持っていて良かったなと思った。
登録した相倉さんの番号を眺めながら眠りについた。
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