8.「出会いのきっかけはいつだって突然」
お昼休み前の授業は体育、1-Aの女子は体育館で球技、男子の僕はグラウンドでランニング。
体を動かするのは嫌いではないけど最近はあまり運動してなかった。
教室で着替えている女子とは違い男子は更衣室まで行かないといけない。
まだ真新しい体操服に着替えてグラウンドに向かう。
担当の先生が来るまでの間、軽く準備運動。
ストレッチやひとりでできる柔軟運動をやって筋肉を解していく。
流石にお金が掛かっているだけのことがあって体育館もグラウンドも大きい。
僕が全部使っているわけじゃないから使用していない場所では他のクラスの女子がハードルやサッカーとかの競技をやっている。
そういえば相倉さんはFクラスって言ってたっけ? あの青い髪は目立つから見つけやすいけど、グラウンドにはいないっていうことはFクラス授業は体育じゃないんだろう。
相倉さんがAクラスで堂々と宣言してからクラスメートの女子たちの僕に対する態度が明らかに変化した。
皆がそれぞれが唯一の男子生徒に色んな方法でアピールしてくる、休み時間中も声を掛けられることが増えた。
内気な性格の子はなかなか積極的になれずに表情に焦りが見えていた。
神崎さんが全校集会で何を言ったのか知らないけれどこんなに変わるものなんだな。
更衣室で着替えを終えてから外に出ても女生徒たちに声をかけられる。
恋麗学園に通っている女の子はみんな可愛い子ばかり、あまり女子と接したことがない僕でもそれがすぐにわかるくらいだ。
運動している女子ってなんだかいいよね。準備運動をしつつもどうしても目線が行ってしまう。
汗をかいて湿った体操服に少しだけ細い腕に太ももかなり刺激的。
グラウンドにひとりで体育をしている男子はさすがに目立つみたいで彼女たちも僕の様子を気にしていた。
先生からの指示でグラウンドを十周走ることに。
全力で走っても無断に体力を消耗するだけだから力を抜いて走ろう。
疲れないようにペースを一定に保ってまず一周。
久しぶりに体を動かしたけどなんとか疲労感は無い──ラストスパートが近づいてきて一気に速度を速める。
ランニングも終わって小休止、僕は水道で水を飲んでそのまま頭に被った。
女子も休んでいるみたいで無意識に蛇口に口を付けて水を飲んでいる子がエッチだなって思った。
その子は僕と目が合うと顔を赤らめてすぐに蛇口から口を離した。
ああいう仕草は女子高でしか見ることができないだろう僕はラッキーなんだろう。
授業が終わって制服に着替える。今日のお昼は相倉さんと一緒に食べる約束をしているけど、どこで会えばいいんだろう? Fクラスに直接会いに行くのが早いのかな?
「小鳥遊君!」
「えっ…………?」
名前を呼ばれたから振り返って見ると二人分のお弁当を手に持った相倉さんに会う。
「男子は体育だったの?」
「うん、もう終わったから相倉さんのことを探していたんだ」
「そうなんだ! 嬉しいなー私からお昼食べる約束したんだから一緒に食べようね」
彼女に手を引かれて校庭へ──他の生徒が見ていることなんて気にも留めていない様子で芝生にレジャーシートを広げた。
「さあ座って。あ、お茶飲む?」
相倉さんは水筒を出して紙コップにお茶を注ぐ。
「ありがとう」
彼女からお茶を受け取って一気に飲み干した。冷たいお茶が渇いた喉を潤す。
「冷たくて美味しいよ」
「よかった! ねえ、お弁当食べようよ!」
綺麗に包まれた弁当のひとつを渡してくれた──お弁当が包まれた布は花の模様がプリントされたかわいらしいデザイン。
「おお! すごく美味しそうだね」
「えへへ、私料理には自信があるんだー」
彼女の言うようにどのおかずも美味しそうだ! 几帳面に並べられている食材は彼女の性格なんだろう。
僕は箸を伸ばしてまず卵焼きを口に入れた。
「お、美味しい!」
「本当? よかったー」
丁度いい塩加減で好みの味だ。甘い味付けをすることもあるけど僕はあまり好きじゃない。
ハムに巻かれたキュウリにタコさんウィンナーが可愛らしくて食べるのが少しもったいない気もした。
思えば誰かの手作りのお弁当を食べたことなんて今まで一度もないから感動。
僕はべた褒めしながらおかずを一つ一つ口に運んでいく、相倉さんは褒められるのに慣れていないのか耳まで赤くなっていた。
こんなに楽しい思いができるのなら女子高に通うのも悪くないなあ。
どこが美味しかったのか伝えるとメモを取りながら聞いてくれた
「小鳥遊君が嫌じゃないのならこれからも作ってきてもいい?」
少し上目遣いで見つめてくる彼女に嫌だなんてとても言えなかった。
自然な表情にすごくドキドキして目を真っすぐと見ることができなかった。
恋愛ってこういう感じなのかな? 幸せに気分になれる。僕とお昼ご飯を食べることを楽しんでくれているなんて嬉しい。
「そうだね、僕も相倉さんと一緒にお昼ご飯食べたいよ」
「本当?」
目をキラキラと輝かせて言う彼女に頷いてみる。
こうしてちょっとずつお互いの関係を深めていくことが恋愛では大事なことだと思う。
神崎さんに食事の件を電話でお願いしたけれど、これからお昼は誰かと食べることになるんだろうなあ。
手作りのお弁当を作ってくれた彼女にお礼を言ってから別れた。
**
午後からの授業は数学。難しい公式が並んでいて正直頭が痛いけどしっかりとノートを取っておこう。
先生は教科書に書かれている問題を板書して答えを問いかける。
授業を聞きながらお昼のことを思い出した。
初めて誰かと一緒にお昼ご飯を食べたこと、Fクラスの相倉麻奈実さんは綺麗な青い髪と瞳をした料理が上手な女の子。
彼女の僕に対する気持ちはきっとハーレム・プロジェクトによるものなんだろうな。
自分に決定権が与えられているけど候補になっている子たちが本当に僕のことを好きになってくれるのかはわからない。
選ばれる子もいればそうじゃない子だっている彼女たちの人生だって変えてしまい兼ねない。これはかなり責任重大だ…………。
放課後になる。特に予定もないから寮で休もう。
教室はまだざわついているけど僕はそんなことは気にせずに帰り支度を整えた。
「ちょっといいですか?」
ドアを開けてから教室を出ようとすると誰かに声を掛けられる。
「小阪さん? どうかしたの」
声の主はクラスメートの小阪さん。今日の彼女はいつもと違って僕に対する声が優しい気がした。
「あなた、今帰るんですね?」
「う、うん。特に用もないし寮で休もうかなって」
「そうですか、少しだけお話しできません?」
僕は小阪さんと一緒に教室を出てひとまず寮へ──ってここは女子寮の方角じゃないか? これはまずくないかな?
「小阪さん、こっち女子寮だよね?」
「ええ、そうですわよ」
「そうですわよって」
男子の僕がここにいるのを彼女はどう考えているんだろうか。
小阪さんは寮の部屋の前に止まるとキョロキョロと辺りを見回した。
「どうしたの?」
「しっ! 静かに」
人差し指を唇に置いて静かにするように表現する。
「とにかく中へ入ってください」
彼女に言われた通りに部屋の中に入る。
「ここって──」
「私の部屋ですわ」
小阪さんの部屋は配置まで考えられて置かれた家具に落ち着いた色合いの壁紙。
確か女子寮は生徒の希望で色々と模様替えができるらしい。家具や必要なものは学園に申請すれば準備してもらえる。
これもストレスを抱えないで学生生活を送れるようにという学園側の配慮なんだろう。
「座ってください」
小阪さんがポンとクッションを出してくれて僕は言われた通りにする。
彼女もカーペットの上にぺたん座りして僕たちはお互いの顔を近づける形で向き合った。
「最近クラスの女の子たちのあなたを目る目が変わったるのは気づいていますか?」
「うん…………」
「理事長のあの言葉には正直私も驚きました」
「やっぱり何か言われたの?」
「この間全校集会でハーレム・プロジェクトについて理事長が教えてくれましたわ」
「学園に通う女性と全員があなたの恋愛相手の候補だっていうんですもんね」
「いきなりそんなこと言われても私たちには気持ちの整理がつきませんでした」
確かにそうだ。全生徒が僕の恋人候補でしかも恋愛関係にならないといけないなんて──しかもこれで恋麗学園に通う生徒全員に僕が編入している理由が分かってしまったわけだし。
「僕の行動で皆の将来が決まってしまうんだ。いい加減には振舞えないよ」
「あなたはそれで納得してるんですの?」
「どうなんだろう? 今まで誰にも必要とされなかった僕にこんな重要な役割があるなんてわかってちょっと意気消沈気味かなあ」
「でも、プロジェクトの重大性は自分でもわかっているから真剣にやっていくよ。いい加減な気持ちではやれない。そうじゃないと女の子たちに失礼だからね」
「あら、案外真面目なんですね」
「三年間で成果を残せるだけのことはやっておかないとね。そうしないと僕が存在する意味も無くなってくるし」
時間がそこまであるっていうわけじゃないけど終わりが来る時まで母さんにしっかりと結果が報告できる形にはしておきたい。
まあ、皆が僕の事を好きになってくれるなんて思わないからそれでもいいんだ。
「相手の気持ちを無視して恋愛なんてしたくないから恋人は考えてから選ぶつもりだよ」
「私は別にあなたと恋人になんてならないでも平気なのですけどね」
「ははは」
小阪さんがそういうのなら彼女の気持ちは尊重しよう。無理に恋愛関係になってもお互いにいい気分じゃないだろうからね。
「ですが──この学園に通っている以上理事長の言う通りにしようとも思いますの」
「それって──」
「別にすぐに仲良くつもりなんてありませんし私にはあなたも世間の卑しい男どもと同じだという評価です! ですからあなたの方からしつこくするようでしたら私も考えないといけませんわ」
「僕は別に…………」
「いいこと? 私に馴れ馴れしくしないでください。今はただの友人なんですから」
「友人かーちょっとは進歩したのかな?」
「どういう意味です?」
「あ、いや今まではなんだか友達っていう感じじゃなかったから小阪さんの口から『友人』なんて言う言葉が出てきて素直に嬉しいと思っているんだ」
「か、勝手に勘違いしないでくださる!? ただの友人というポジションから変わることはありませんわ」
それでも僕は嬉しいなあ。
今まで友達と思われてなかった相手にそういうふうに言ってもらえるなんて。
小阪さんとの話を終えて寮の自分の部屋まで戻った。
*Manami point of view*
「小鳥遊君はどこにいるんだろう?」
お昼を食べてから放課後も一緒に過ごそうと思ってAクラスを覗いてみたけど彼の姿はなし。
私の作ったお弁当をあんなに美味しそうに食べてくれた
「ねえ小鳥遊君どこに行ったか知らない?」
Aクラスの子に彼の居場所について聞きだしてみることに。
「彼なら小阪さんと一緒にいるとこを見かけたけど?」
「ええっ! それ本当?」
小阪さんがどうして彼のことを、そういえば前に廊下で話している床を見たことがあるけどもしかしたら! 私は急いで教室を後にして寮の方へ向かった。
「ここね!」
女子寮まで戻ってきた私は小阪さんの部屋の前に立つ──中に彼がいるのかはわからないけど。
「はい」
ドアをノックすると返事がある。ゆっくりと扉が開いた。
「あら、あなた。一体何の用ですの?」
「ちょっと入るわよ!」
「あっ! いきなりなんですのよ」
「──いない」
「あら? あなたは確かFクラスの相倉さん? 何なんですの急に」
「小鳥遊君はどこにいるの?」
「は?」
「Aクラスの子に聞いたわよ。小阪さん彼と何を話したの!」
「あなたには関係ないことです」
「なんか怪しい言い方ね」
「別にそんなことは──」
一瞬だけ口ごもった彼女のしぐさを私は見逃さなかった。明らかに何かを隠している気がする。
「小阪さんって男嫌いだったよね? なのにどうして小鳥遊君と話すことがあるのかな」
「いいでしょうそんなことは」
「男なんて取るに足らない存在なんでしょう? そんな相手と親しくなるんなんてあり得ないわよね」
小鳥遊君と彼女がどんな話をしたのか知らないけど私の心のなかなかに今まで感じたことない感情が沸き上がってくる。この気持ちは一体なんなのだろう?
「私は彼とお昼一緒に食べたんだから!」
「知ってますわ。クラスの子たちが話してましたから」
「Aクラスで言った通り私は小鳥遊君に恋人として選んでもらえるようにがんばるわ。小阪さんみたいに彼に興味がない子とは違うわ」
「お付き合いする相手をそんなに簡単に決めることないんじゃない?」
「今ではできなくなった恋愛ができるチャンスなのよ。全力で楽しむべきじゃない」
「相倉さんは将来の事は何も考えていないんですのね」
「なによ! その言い方! 私だってちゃんと考えて行動してるわよ」
小阪さんの言葉に私はらしくなく反発した。
私が何も考えてないですって? 勝手なこと言わないでよね!
いつもならこんなことはないのに何故か今日だけはイライラした気持ちになる。
「彼ならさっき部屋に戻りましたわよ」
「そうなんだ」
「ええ、あなたが気にするようなことは話してませんわ」
「少し落ち着いていきませんか?」
小阪さんは部屋の鍵を閉めて立ちっぱなしの私に座るように薦める。
「ごめんなさい」
「いいですわよ。彼とは“ハーレム・プロジェクト”のことを少し話しましたの」
「そうなの?」
「小鳥遊君自身もこんなことになって少し戸惑っていた様子でしたわ」
「そう」
「誰でもチャンスがあると分かれば皆目の色を変えるのもわかる気がします。学園を卒業すれば将来は約束されたも同然ですしね」
彼女の言う通りだと思う。私たちは選ばれてここにいれるチャンスを与えてもらっている立場。
同じ舞台に立てない女の子だって大勢いるのに。
ライバルはたくさん──全員が彼の恋人に選ばれるわけじゃない。
だからこそそれぞれが必死になるんだと思う。
今の生活で満足している子だって少なからずいるんだろうけど、
そういう子は学園にいる理由がない。
恋麗以外にも女子高は多くあるわけだからそこに通えばいいという選択肢だってあるし、学園側も違ったアプローチを用意しているはず。
だけれど、普通の学校で平凡な日々を送るよりも充実した学生生活を過ごす方がいいに決まっている。
「小阪さんは恋愛には興味無いの?」
「今のところはね、わたくしが夢中になれる相手がいれば話は別ですわ。今の小鳥遊君では力不足です」
「そっか」
小阪さんはお茶とお菓子を準備してくれて私に振舞ってくれる。高そうなお菓子を摘まんで口に運んだ。
「あなたが必死なのはよくわかっているつもりです。その積極性は見習わないといけないですわね」
「小阪さんってさ、意外といい子?」
「もう! 意外とは余計ですわよ」
同じクラスじゃないけど彼女とは純粋に友達になりたいなって思えた。最初この部屋に来た時のイライラもすっかり無くなっていつも通りの私に戻れていた。
「お邪魔しました。ごめんねお騒がせして」
「いいえ。相倉さんさえ良ければまた一緒にお菓子でも食べましょう」
「うん! ありがとうね」
寮の小阪さんの部屋を出てからは真っすぐ自分の部屋へ戻る──小鳥遊君と彼女が仲良くなったらどうなるんだろう。別に一人の子が恋人になるってわけじゃないしそうなったら私は素直に応援できるのかな?
そういえば小鳥遊君はケータイを持っているのかしら? すぐに連絡が取れるようになりたいし次に会ったら聞いてみようっと。
入学した時よりも今の方が全然楽しい。ハーレム・プロジェクトについて始め聞いた時は信じられなかったけど、恋愛をすることで前とは違った自分を見ることができるんじゃないかな? っていう期待もあるの。
私とお昼を一緒に食べたいと言ってくれた彼の為に張り切って料理をしなくちゃね!
食材とかは学園側に言えば準備してもらえるし私みたいに自分でお弁当を作る生徒はあまりいない。
ほとんどの子が女子寮の学食を使っているしあそこは種類も豊富でお金をかけて専属の栄養士さんがバランスが取れたメニューを作ってくれる。
この学園は私たちには凄く快適に過ごせる場所で恵まれているなって改めて感じる。
女子生徒の私がそう思っているけど男の小鳥遊君はどうなのかな?
お弁当を作るなら好きなおかずも聞いておかないとね。
男子寮で休んでいると珍しく僕の携帯が鳴る──着信の相手は「小鳥遊美鈴」母さんからだ。僕は姿勢を正して電話に出る。
『もしもし』
『もしもし勇人、そちらの様子はどう?』
『毎日大変だけどなんとかやれてるよ』
『そう。あなたの行動にプロジェクトが大きく左右されるのよ? しっかりとしなさい』
『わかってるよ』
母さんとの電話はいつも緊張しっぱなしだ、普段からそこまで話すわけじゃないけど子どものころから忙しくてほとんど家にいない母親との思いでなんてそんなにない。
僕の誕生日の日。幼心にプレゼントを待ちわびて帰りを遅い時間まで待ち続けたこともあった。
結局寝ちゃったけどあとでメイドさんからお金を渡された時はどうすればいいのか理解できなかった…………。
仕事で子どもの誕生日の日でさえ帰宅せずにお金は渡すからプレゼントは自分で買いなさいという意味だったたしい。
だから僕は一番欲しいものは手に入ってたけど母親からの愛情なんてもらった試がない。
メイドさんと町を歩いていると同じくらいの年の子が親と楽しそうに買い物をしているところを見て何度羨ましいと感じたことか。
僕はわがままも言わずに母親が示した通りの生き方をしてきた。
母さんにとって今の僕はプロジェクトを進めるために必要なだけで大した価値のない存在しかないんだろう。
せめて期待を裏切らないようにしないと、僕がここにいる理由が無くなってしまう。
まだ女性には少しだけ苦手意識があるけれど、そんなのじゃ恋愛は上手くいきようがない。
僕自身が変わっていかないと──
『勇人、あなたは自分がそこにいる意味をしっかりと理解しておきなさい』
『うん』
『三年もあると考えるのか三年しか無いと捉えるのかはあなた次第よ』
『母さんの期待を裏切らない程度にはがんばるよ』
『ええ、何かあれば理事長の歩美に頼んであるから』
それだけ言うと電話は切れた──相変わらず忙しいひとだ。
昔メイドさんに母さんの仕事のことを聞いた事があるけれど、まだ子供の僕には難しすぎるくらいだった。
母さんは僕を生んでから仕事により一層取り組むようになったらしい。
今の社会的な地位も一から積み重ねていったもの──家庭を犠牲にしてでもやり遂げないといけないことがあるらしい。
そんな説明を受けても何を言っているのかすらわからなかった。
あの時の生活が嫌なわけじゃなかった、ただ普通の子みたいに家族と一緒にどこかに出かけたり会話をしたりそんな細やかな願い事が叶ったってよかったのに。
今日の夜は久しぶりにゆっくりと眠ることができた。
「おはよう」
「小鳥遊君おはよう」
今まで挨拶すら返して貰えなかった状況からしたらかなり進展したんじゃないかな?
僕はクラスメートのみんなに挨拶をしてから自分の席に座る。
「おはよう」
いつもみたいに隣の子にもおはようを言う──そういえばまだ彼女の名前は聞いてなかったなあ。機会があれば聞いておこう。
「おはようございます」
僕が席に座ってそんなに経たないうちに小坂さんも登校してくる。
彼女は教室に入ると真っ先に僕に視線を向ける。だけど以前みたいな刺々しさを感じない友人へと向けられた柔らかい感じ。
僕も微笑みを返してホームルームが始まるのを待った。
午前中授業は終わりお昼休みになる。昨日は相倉さんと一緒に食べたけど今日はどうなんだろう? なんて考えていると一部の女子から声をかけられる。
「小鳥遊君、良かったら私たちと一緒にお昼ご飯を食べませんか?」
「いいの?」
「誰かと約束しているのでしたらそちらを優先してくれてもいいですよ」
「ああいや、今日は誰とも約束してないからー」
僕は両手を左右に振って否定の動作をする。せっかく誘ってくれているのに断るなんて事をしたら彼女たちの好意を踏みにじってしまうかもしれない。そんな失礼なことはできない。
「それじゃあお願いします」
「ほら、あなたも机をくっつけて」
小学生が給食でやるみたいに机を繋げる、僕はいつも一人で食べていたからこれはまだ経験したことがない。
「小鳥遊君は何を食べるんですか?」
「僕はパンかなあ」
朝ごはんで食べたパンの残りを持って机に座る。
「まあ、昨日はお弁当を食べていらしたのに」
「あれは別のクラスの子が準備してくれたんだよ。本来ならパンか朝の残りを持ってくるし」
「一緒に食べていた相手というのはFクラスの相倉さんでしたよね? ]
「うん、そうだよ。彼女から誘われたんだ」
「そうだったんだーあの子結構大胆なことやるんだね」
「そうよねー同じクラスの私たちだって小鳥遊君に声かけるの結構勇気いるのに」
それぞれ楽しそうに話しながらパンやお菓子を準備する。
「私たちはあまり食べるっていうわけじゃないんだーこういうので十分だし」
そう言って僕の向かいの席に座っている子は鞄から携帯食とペットボトルのジュースを出す。あれくらいで足りるんだから女の子は本当に羨ましい。僕はがっつり食べても午後はお腹が減ることが多いのに。
「ねえねえ、もっと小鳥遊君の事聞かせてよ」
「僕のこと?」
「うん! せっかく同じクラスになれたんだしお話ししようよ」
自分のことを話すのはあまり得意じゃないけど彼女たちが聞きたいと言ってくれているし話してもいいかもしれないけど、話せるような面白いエピソードはない。
「あんた、女の子にチヤホヤされて二ヤつくとか気持ち悪いんだけど」
「えっ…………」
声のしたほうを向くといつも僕を睨んでいた隣の席の子がそこにいた。
「なに? 私たちが小鳥遊君とお話してるのに邪魔しないでくれるかしら?」
「バカみたい」
彼女は一言呟いて教室を出て行ってしまった。
「なんなんだろう」
「気にしなくていいよ。あの子はそもそもうちの学園に通っていること自体が場違いなんだしさー」
「言えてるー家柄が優れているわけとかでもなくてただの一般家庭なのにね」
「頭もあまり良くないみたいだし。ここにもギリギリで合格したって話だよ」
「ええ!? マジでー」
「授業ついていくのがやっとみたいだしねあの子」
「クラスに仲のいい友達いないみたいだしいつも孤立してるよね」
そういえばあの子がクラスの友達と一緒にいるところを見たことがない。休み時間は机に突っ伏して眠っているし昼休みはすぐに教室を出て行ってしまう。
学園に通っている生徒にもそれぞれの事情があるんだなあ。だけどいつもひとりの彼女を見ているとどうしても自分と重ねてしまう。
中学時代の僕は友達もいなくてクラスからも孤立していた。
最初の頃は気を遣って話しかけてくれるひともいたけれど、僕自身が積極的に周りと関わって来なかったから気が付いた時にはひとり。
部活にも入ってなかったから放課後はいつも家に帰るだけ。
友達を作らないでも苦労することはなかったし生活に何の影響もなかった。
試験でしっかりと結果を残せば家庭教師の先生も母さんも特に何も言って来なかった。
そうして三年間目立った活動もせずに卒業した。
普通の学生が思い出話として話す修学旅行や文化祭の思い出もこれと言ってない。
孤独だった僕と彼女は似ている気がするんだ。
教室から出て行ったあの子はなんだか悲しい目をしていた。
気になる──僕の頭の中はそのことばかりで埋め尽くされた。
「それでは今日はここまで。それではまた明日」
「礼」
ホームルームが終わって放課後に──隣の子は挨拶が終わると同時にカバンを持って出て行ってしまう。
「小鳥遊君。よかったらこれからー」
「ごめん。また今度」
僕もスポーツバッグを持って彼女の後を追った。
「あら。行ってしまいましたわ」
「んーどうしたのかな?」
「彼は何か用事があるんでしょう。また機会を見て声をかけましょう」
「──いた」
廊下に出るとちょうど角を曲がる彼女の姿を見かける。走っているわけじゃないのにすごく歩くのが早い、彼女に追いつくために僕も歩くペースを速めた。
「ちょっと待ってよ」
彼女に追いついて声をかける──けれど彼女は一瞬だけ足を止めてすぐに歩き始める。
「待っててば」
「うざい」
「なんでそんなこと言うの!?」
「あんた何考えてるのよ」
「僕は君のことが気になったんだ」
「キモイ」
「酷いなあ」
取り付く島もない。絶対防御と言えばいいんだろうか? 彼女は他人に壁を作っている。
「あたしなんかに構ってないで他の子と遊べばいいじゃん」
ズンズンと先を行くように進んでいく、僕は彼女のペースに合わせて一緒に歩く。
「僕の名前知ってる? 小鳥遊勇人って言うんだ」
「あっそ」
興味なさそうに言うとそのまま下駄箱へ──寮に戻らないってことは部活にでも行くのかな?
「いつまでついてくんのよ!」
「部活に行くの?」
「あんたには関係ない!」
靴に履き替えてグランドに僕も慌てて後を追う。
「しつこい!」
「うわあ」
彼女はいきなり後ろ回し蹴りをしてくる。白い足が空を切って着地する。
さすがにスカートでそんなことしたら下着見えちゃうんじゃないかな?
「危ないなあ」
「ちっ」
舌打ちをして僕から距離を取った。
「これ以上近づくなら蹴るよ」
「さっきはいきなり蹴ってきたよね!?」
「ム!」
彼女は足を振り下ろす。僕は体をそらしてそれを避ける。なんでこんな格闘ゲームみたいなことになっているんだ?
「ちょっと!」
振り下ろされた足から見える下着──こんなことをしているとは思えない水玉模様のパンツが一瞬見えた。
「危ないってば!」
彼女は警戒を解くことはせずに何度も足を振り下ろしてくる。
「はぁはぁはぁ」
「避けるこっちの身にもなってよね」
「じゃあ避けなきゃいいじゃん」
「あんなキックにまともに当たったら無事じゃすまないって」
「あたしに何の用なの?」
「少しでいいから僕の話も聞いてよ」
まだ距離は離れているけど彼女は一旦警戒を解いて近寄ってくる。
「僕は君と仲良くしたいんだ」
「こっちには別にあんたと仲良くする理由なんてないけど?」
「だって君悲しそうな顔してたよ」
「は? なにそれ」
「教室を出ていくときそんな顔してたから放っておけなくて」
「似てるんだ昔の僕に」
「昔のあんたにあたしが?」
「僕、中学の頃は友達もいなくてずっと一人だったんだ」
僕は昔の事を話し始めた。彼女は逃げもせずに聞いてくれた。
人と付き合う必要なんてないって思ってた。関わらないでも自分の生活が変わるわけじゃなかったし、それでも生きてゆけた。
けれど、それじゃあ駄目なんだと思う。
社会出れば色んな人間と交流することになる、その中で孤立してしまったらおしまいなんだ。
変わっていかなくちゃいけない。もっと交友関係を広げていかなくちゃならない。
もちろん“ハーレム・プロジェクト”は重要──だからこそ僕はひとりでもたくさんの女の子と仲良くなりたいんだ。
「物好きねあんた。あたしと関わっても面白くなんてないのに」
「そんなことないよ。今はそうかもしれないけれど、もっとお互いの事を分かり合えるようになりたいんだ。もちろん君が嫌なら僕はやめるよ」
「変な子…………」
彼女はホッとしたような表情をする。自然に出た仕草だろうけどすごく可愛いと思った。
「僕は小鳥遊勇人って言います。改めてよろしく」
「あたしは──」
新しい出会いが自分自身を変えていく、このきっかけを大切にしていこう。目の前にいる女の子の顔を見つめて優しく微笑んでみた。
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