6.「あの人の見えてる世界は?」

 *Someone's point of view*


 昔はあたしもお嬢様なんて呼ばれていた頃があった。

 あたしの家は白鳳堂はくおうどうと言って老舗有名化粧品メーカーで日本を拠点において色んなジャンルの商品を開発していた。

 化粧品ブランドと言えばと言われるようにテレビCMとか雑誌にも載るくらいには知名度があってあたしも小さい頃からお母さんの仕事を見て将来は同じ仕事を継いで活躍したいと思っていた。

 お化粧に興味を持ち始めたのも小学生の頃でいつもお母さんが持って帰ってくる試供品をこそっと使っていた。

 白鳳堂の化粧品はたくさんの女の人たちに支持されてどんどん人気が上がっていく。

 お母さんもファッション誌のインタビューを受けたりコスメ業界から様々なオファーを受けて順風満帆そうに見えた。

 だけど、そんなあたしの夢は儚はかなく崩れ去っていく。

 順調に見えた会社経営は海外展開が失敗が続いて失速していき、あっという間に日本でのブランドの名声は地に落ちた。

 会長のお母さんも経営責任者としての失敗を感じて会社を立て直す為にそれこそ寝るのも忘れるくらいに働き詰め。

 お得意先から契約を解除され毎日ビジネスパートナー探しに奔走するお母さんは日に日にやつれていってもうあの時の面影も残っていなかった。

 家族のことよりも仕事を優先させて家事もやらなくなった。お酒を飲む機会も増えて荒れていく母親を見るのは子どものあたしには見るに堪えなかった。

 あたしが家に帰っても部屋から出てくることは無くてたまに顔を合わせてたら学校での成績の事ばかり。


 今では大好きだったお母さんと言い合いをする日々、家族はどんどん壊れていった。

 中学卒業を控えて進路先を決める面談でもお母さんは仕事を理由にして学校へは来なかった。

 あたしは成績が良くないからレベルの高い高校へは通うことが厳しい……だから家から近い高校への進学も考えていた。

 友達はいなかったわけじゃないけどうちの会社の経営が厳しくなったら皆が離れていった。

 所詮人間関係なんてそんなもの、上辺だけ取り繕って本当に親しくなろうなんて誰も考えていない。

 お母さんもあたしの将来に興味が無いみたいだから好きにさせてもらうことにした。

 あたしは色んな学校の紹介集めて自分の進学先を決めた。

 その中に恋麗女子学園を見つけた。全寮制のお嬢様学校で卒業生は海外を含めて多くの場所で活躍している。

 だけど、あたしの成績だと受験するのは難しいレベルの学校……でも、ここで諦めたらこの先ずっと後悔することになる。

 あたしは苦手な勉強を必至で頑張って成績を上げていった、学校内で一桁の順位に入ることも当たり前になるくらいにね。

 先生からも受験は問題ないと言われた。

 これからは親元を離れてひとりで生活していこう。

 結局お母さんとは何も話せずにあたしは家を出ることに決めた。

 だってあたしが家を出るっていうのにあの人は仕事で全く帰って来なかったんだから。


 入学式を終えて教室に入る、新しい制服はすごく可愛くて気に入っている。

 周りの子は皆あたしよりも全然レベルが高い子ばかりで家柄が優れている子ばかり──容姿だってそう。

 いきなり現実を突きつけられてあたしは既に自信を無くしかけていた。


「実は今日はもうひとり皆さんと一緒に学園に通うことになった人がいるんです、御崎みさきさんの隣の席が空いてますからそこに座ってもらうことになります」

 ホームルームで担任の香月先生の話しが終わる前に転入生が紹介されることに入学式ではそんなことは言ってなかったし急な話もあるものなんだなって思った。


「小鳥遊君。入ってきていいですよ」

「はい」

 香月先生に名前を呼ばれると一人の男の子が教室に入ってきた。

 男? 嘘でしょう確かこの学園は女子高なはずなのにどうして男の子がいるの? 



「やーね、男ですって」

「問題を起こさないといいのだけれど」

「男なんて汚らわしい生き物がどうして私たちの学び舎にいるのでしょう?」

「教室を分けることはできないのかしら」

 クラスの女子たちは口々にそう言う。

 彼女たちの反応は当然のことだしあたしもなんで男の子がAクラスにいるのか理解できなかった。


「はいはい、皆さん静かにしてください。小鳥遊君の席は一番後ろの窓際ですよ」

 そしてその男の子はあたしの隣の空いている席までやってくる。

「よ、よろしく」

 彼は引きつった顔で挨拶する──あたしはそれを無視して前を見た。

 ホームルームも終わって授業の準備する。彼は机にかけてあるスポーツバッグから教科書を取り出して机の上に置いた。


 彼、本気で授業を受ける気なの? 女の子ばかりのクラスの中にいる場違いな男子生徒は嫌でも注目される。

「ちょっといいかしら」

「えっ……?」

 そんな彼に同じクラスの小阪亜理紗こさかありささんが声をかける、他の女子も聞き耳を立ててふたりが何を話するのか気になっている。

 彼女は小鳥遊君に色々と自分の感情をぶつけて居る。何も悪いことをしていないのに謝る辺り人と話すのがあまり得意なタイプには見えない。チャイムが鳴って授業が始まると彼は溜息をついてノートを広げていた。


 小鳥遊君は完全にクラスから浮いていた。

 あたしもまだこのクラスに友達ができたわけじゃないけどそれでもクラスメートと端的な会話をするこだってある。

 誰も彼の存在なんて気にもしていない様子でいつも自分の家の事を自慢している子ばかりで正直あたしも居づらい……

 どこで聞いたのか知らないけれど、もう名家めいかとは程遠いあたしの実家の事を蔑さげすむような言葉も耳に入ってきた。

 自分で選んでこの学園に通っているけど思っていた以上に居心地の悪い場所だと思う。

 周りがお嬢様ばかりでここにいるあたしは完全にあぶれ者。

 そんな生活に疎外感そがいかんを抱いてひとりでいるように行動するようになった。

 どこにいても心の休まる所はない。

 あたしと同じように孤独な小鳥遊君も同じ気持ちなんだろうか? 

 彼は朝いつもあたしに挨拶をしてくれる──クラスメートなんだからそれくらいは普通のことなんだろうけど少なくとも自分から彼に挨拶をしたことはない。

 女子高に男子生徒がいるんだからきっとあたし以上に辛い思いをしてるんじゃないかな。

 授業中にたまに横目で様子を伺うと真剣にノートを取っている。勉強についていくのがやっとなあたしも見習いたいくらい。


 どうして彼はうちの学園に通っているんだろう? きっと何か訳があるんだろうけど自分で聞き出す勇気は持てなかった。

 小鳥遊君にとってあたしはただのクラスメートのひとりにすぎないわけだし。

 自分がどういうふうに思われているのか知ったところで何かが変わるわけじゃないし。

 将来のことは特に考えていない──この学園を無事に卒業した後自分のやりたいこと見つけるのだって遅くない。


 昔のあたしの夢だったお母さんと同じ仕事に就いて働くなんていう未来は今はもう幻想に過ぎないんだって思う。

 今度理事長が全校集会で重要な事を発表することになっているらしいけどあたしには関係ないこと。

 ふと小鳥遊君の席を見ると彼は帰り支度を済ませてすぐに教室を出て行ってしまった。

 目で後を追うけど彼の表情に悲壮感とかはない。

 あの人の目には何が見えているんだろう? あたしとは違う世界が見えているのかな? 

 夕暮れに染まった教室に残ってひとりで考える。

 このあと小鳥遊勇人君があたしのこれまでの生活を大きく変えてくれるなんて思いもしなかった“ハーレム・プロジェクト”の存在を知るのはすぐ後の話。

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