4.「変化を予感させるかもしれない相手」
まずい……。普段起きない時間に目が覚めてしまった。時計で時刻を確認すると朝の四時。
こんな早い時間に起きたことなんて今まで一度もなかった。
家にいる頃は決まった時間にメイドさんに起こされていたから毎日規則正しい生活が送れていたけれど、今は僕ひとりだから遅刻することだって十分にあり得る。
明日の朝からは目覚ましをセットしておこう。
いつまでもベッドに寝ていても仕方ないので起きることにした。
カーテンを開けるともう結構明るい。そういえば今日の朝ご飯はどうしようかな?
思えばこの学園は都市部から結構離れた場所に建てられている。なんでも学生が勉強に集中できる環境を作るためらしくてどこかに遊びに行くのも車で移動しないといけない。
近くにコンビニとかも無いしわりと不便なんじゃないか? と感じる。
神崎さんに頼んだらなんとかしてくれるんだろうか? ちょっと相談してみようかな。
でも、こんな早い時間に電話しても大丈夫なのかな、僕は少し不安に感じて携帯からなかなか神崎さんへ電話することができないでいた。
「よし」
意を決して母さん以外が登録されていない携帯のアドレス帳を開いて神崎さんの番号を呼び出した。
呼び出し音が鳴って相手はすぐに電話に出てくれた。
『もしもし、小鳥遊君? こんな早い時間にどうかしたの?』
良かった神崎さんはもう起きているみたいだ、左手に携帯を持ち替えていつもより小さな声で話す。
『すみませんこんな時間に。実は今食事のことで悩んでいて』
『食事の事……?』
『はい、朝ごはんとかお昼ご飯をどうしようかなと』
『あーそういうこと。男子は女子寮の食堂は使えなかったわね。お昼は学食もあるんだからそこで食べればいいんじゃない? まあ、女子生徒ばかりだから行きづらいでしょうけど。困っているみたいなら業者に頼んで寮まで食べ物を届けるように手配しておいてあげるわよ?」
『すみませんお願いできますか?』
『いいわよ。電話かけてくるからもっと深刻な要件があるんじゃないかって身構えちゃったわ、学園側はあなたが不自由なく学生生活を送れるように最大限の事はやるっていう約束じゃない。私をもっと頼ってくれてもいいのよ』
『ありがとうございます。ひとりで生活し始めたんだし、いいかげん家事も覚えないといけないですよね』
『お家にいる時はお手伝いさんがいたのよね? 家電はあるから自分でやるのもいいけどあなたが困るなら誰か外部から雇うのも考えるわ』
『それは悪いですよ。できるだけ自分でできるようにならないと』
『無理しなくてもいいと思うわ。ただでさえ今は慣れない学生生活でストレスが溜まってるでしょうし』
『昨日は本当に疲れましたよ』
『大変だったようね。担任の香月先生には私から色々頼んでおくわ』
『ありがとうございます』
『大丈夫よ。小鳥遊君の方こそあまり無理しないようにね』
『はい』
『食事の件は明日までには解決できるわ。取り合えず今日はお弁当を届けさせるからそれを食べておいて』
『……わざわざすみません。それでは失礼します』
『ええ、それじゃあ私はすぐに仕事に取り掛かるわ』
神崎さんとの通話を終えては制服に着替えて寮を出た。時刻はまだ五時前だけどちょっと朝の風に当たるのも悪くない気がしたんだ。
**
朝の学園は静かで僕が道を歩く足音が廊下に響いている──まだ他の子達は寝ているだろうからあまり大きい音は立てられない。
「それにしても広いなあ」
まるでどこかのお金持ちのお屋敷みたいな広さがある。女子寮は四棟あって全生徒が寮で生活している。
エレベータも付いていてしかも完全バリアフリー。さすがにお金がかかっているのがよくわかる。
廊下を通れば男子寮から女子寮まで行くことはできるけれど色々と面倒なことになりそうだからできる限りは近づきたくはない……
「誰ですの? そこにいるのは」
「えっ……?」
声のした方へ振り替える──
「──君は小阪さん?」
「あなたこんな時間に一体何をしているんですの? まさか女子寮に忍び込もうと考えていたとか!」
「違うよ! 早く起きたからちょっと朝の運動がてらに歩いていただけだよ」
「本当かしら?」
僕は疑った目で見てくる彼女の隣に並んで一緒に歩く。
「ついてこないで下さい!」
「別について行っているわけじゃないよ……たまたま行く方向が同じなだけだよ」
自分から僕を引き離すように歩くスピードを速めていく。すごい早い……。
「小阪さんの方こそ、こんな早い時間から何をしていたの?」
「別にあなたには関係ないことですわ! これ以上私に付きまとわないでください!」
どんどん先に進んでいく彼女を小走り気味で追いかけた。
「そんな言い方しなくても……」
改めて分かったけど小阪さんは本当にスタイルがいい。
最初あった時はあの大きな胸が気になっていたけれど、それ以外のところも結構──
「せっかくクラスメートになったんだから仲良くしようよ」
「結構です! 男の友達なんて私には必要ありません」
取り付く島もなく女子寮の方へ行ってしまった。これ以上先に進んでも仕方ないから僕は教室に向かうことにした。
*Someone's point of view*
「へえー面白いことになってるじゃん」
この学園に唯一いる男子生徒──名前はまだ知らないけど小阪さんとなんだかいい感じ。
彼女がぷりぷりと怒りながらこっちに来たから声をかけてみることにした。
「おはよう! 小阪さんも隅に置けないわね〜」
「何のことですの?」
「とぼけちゃってーさっき男の子と話してたじゃんか」
「あなた! 見てらしたの?」
「バッチリね、お嬢様のあなたがあんなにむきになってるところが面白いと思った」
「それ、喧嘩を売ってます?」
「別にそんなつもりはないってば! ねね、それで彼どんな子なの?」
「知りません! 気になるなら自分で聞けばいいでしょう」
「教えてくれてもいいじゃん。なんか見てた感じ小阪さん彼と仲良さそうだったしー」
「仲良くなんてありませんわ!」
「またまたー」
「というよりあなた誰ですの? なんで私の名前を──」
「ああそれはねー。あっ、まずいそろそろ部屋に戻らないと」
「ちょっと! まだ話は終わってませんわよ」
「ごめんなさい。あとでまた聞くからー」
小阪さんと別れてすぐに寮の自分の部屋で学園へ行く支度を済ませた。
「おはよう」
教室に入ってクラスメートに挨拶する。彼女たちはお喋りに夢中で何も反応しない。
自分の席に向かう途中で小阪さんの席の横を通り過ぎる。
「まだ来てないのか」
教室に来る前にちょっとだけ話したけど僕の彼女と仲良くなりたいって気持ちに嘘はない。
ああいう態度をしているのだって何か理由があるんだろうし。
それにあの子はなんだか魅力的だしね。
「お、おはよう」
隣の子に挨拶しても無視される。こうもはっきりやられるとなんだか傷つくなあ。
結局小阪さんはチャイムが鳴る前ギリギリになって登校してきた。僕と話したあと何かあったんだろうか?
しかも席に着く前にこっちを睨んできたし……もし機嫌を悪くしたのなら謝っておかなくちゃいけない。
今日も一日が始まる。まだ今の生活に慣れたわけじゃないけどハーレム・プロジェクトの意味を理解して自分の役割を全うしなくちゃ。
「へえー小鳥遊勇人君って言うんだ」
放課後、私は1-Aにいる友達に彼の名前を聞いた。次に彼に会えるのがちょっぴり楽しみに思えてきた。
なんだか興味深い存在じゃない? 女子高にひとりだけ男がいるなんてきっとなにかがあるだろうし。
今までずっと何も代り映えの無かった私の学生生活が変化しそうな予感がしていた。
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