3.「プライド高い系お嬢様!小阪亜理紗」

「それではホームルームを終わります。号令お願いします」

「礼」

 号令が終わると香月先生は1-Aの教室を出て行く。

 うちの学園はAからFまで六クラスあって学年が変わるごとにクラス替えが行われる。

 つまり一年は同じクラスで二年になればまた違ったクラスに所属することになる、

 一クラスが四十人それでいて全員が女子。

 クラスメートも多いから名前を覚えるのだって一苦労だ……。


「なんとか終わったー」

 僕はほっと一息ついて心を落ち着かせる。

 休み時間が終わったら授業が始まるから教科書を入れてあるスポーツバッグに手を伸ばす──

 ──授業に必要なものは男子寮に準備されていて僕が持ち込んだのは中学時代から使っていたスポーツバッグのみ。初日は使う教科書も少ないから残りは机の中に置いていてもいい気がするけど。


「ちょっといいかしら」

「えっ……?」

 声のした方に顔を向けてみると怖い顔をした女の子が立っている。

「あなたのことですわよ! 聞いてますの?」

「はぁ……僕に何かようですか?」

「まあ! わたくしが小阪亜理紗こさかありさだと知らないのかしら? これだから男ってやつは……」

 小阪と名乗った彼女は綺麗な黒髪とファッション誌の表紙を飾っていても不思議じゃないほどにスタイルのいい体形をしている。そして何より彼女はその、胸が大きい……

 これくらいが普通なんだろうか? なんて思いながらドンと張られた大きな胸に男ならどうしても目が行ってしまう。

 女性に対してすごく失礼な事をしている気もするけどなんとか理性を抑えこんで堪えるしかない。 

 けれど、彼女は僕の視線には気がついていないようで顔を近づけてくる。


「そもそもどうして男がこの恋麗学園にいますのよ!」

「それは──」

 おっといけない僕が学園に通う本当の理由は伏せていないといけなかったんだ。あやうく話してしまいそうになった。

「さあ、なんでだろうね?」

「あなた、この学園の存在する意味が理解できているんですの? ここを卒業すると約束された未来があるんですのよ!」

「誰もが憧れる素晴らしい女性になることを皆さんが目標にしてますわ。恋麗学園に通えることを誇りに思ってますの」

「それなのに場違いなあなたがいること時点で間違いだというんです」

「すみません……」

 僕はつい謝ってしまった。何も悪いことをしていないのに謝ってしまうのは子どもの頃からそういう習慣が身についてしまっているから仕方がない。


「とにかくー。あ、授業が始まりますわ」

 丁度いいタイミングでチャイムが鳴った──ナイスタイミングと心の中でそう言って一安心した。

 小阪さんは自分の席に戻っても僕の方を睨んでいる、よっぽど気に入らないみたいだ。

「はぁ……」

 溜息をついてノートを広げ授業に集中する。初日の授業は香月先生の担当科目の国語だった。


 授業はしっかりと進み香月先生が内容を理解しているのかを何度も問いかける。

 質問をされてもクラスの中で積極的に手を挙げる子はいない。

 最初に僕を見てきた隣の子はうーんと唸りながらノートと睨めっこしている。

 どうやら彼女は勉強についていくのがやっとみたいだ。

 僕も集中して授業を聞くことに、実はこの部分は家で家庭教師の先生に教わった内容だけど復習の意味でもう一度学ぶのもいいんじゃないかな。

 ゆったりと過ぎていく学園での生活にどこか安心感を覚えてしまう。


「これからどうする?」

「わたくしは食堂に行きますが一緒にどうでしょう?」

「いいねー。私もそうする」

 午前中の授業時間はあっという間に過ぎて昼休みに、だけれど僕は香月先生の授業以外は緊張して内容が全く頭に入って来なかった。

 クラスメートはそれぞれグループを作って昼ご飯を食べに行く。

 教室でひとりになってしまった。さて、何を食べようか? なんて考えながら外に出てみることにした。


「あら、あなたどこに行くんですの?」

 最初に僕に声をかけてきた小阪さんが何人かのクラスメートを廊下を歩いている。

 もう仲のいい友達ができたみたいだ。

「僕もこれからお昼ご飯を食べに行こうかと思ってね。それで──」

「そうなんですのね、惨めですわねー。お昼を一緒に食べてくれる相手が誰もいないだなんて」

 彼女は嫌味をひとこと言うと食堂の方へ向かった。良いんだ別に、女子高に入学したってことはこういう扱いを受けるっていうことはなんとなくわかっていたし。


「パンでも買ってくればよかったかなあ」

 お金はあるけれど今日のお昼ごはんの事までは考えていなかった。

 明日からはちゃんと準備してどこかで食べないといけないなあ。

 結局その日、お昼ご飯を食べ損ねてしまい腹ペコで午後からの授業を受けるしかなかった。


「終わったー」

 ホームルームが終わって背伸びをする、初日の学園生活はこれでおしまい。

 放課後はそれぞれが選択した時間を過ごす──部活もまだ始まってないから真っすぐ寮に帰る人がほとんどだ。しかも彼女たちはお嬢様だから学園を出て町に繰り出すなんて行為をしない。

 放課後の予定なんて特にはないからあとは男子寮に帰って休むのみ。僕は帰り支度を済ませて教室を出る。


「きゃっ!」

 廊下に出ると誰かとぶつかった。

「いったーい」

 相手の子はしりもちをついた。

「大丈夫?」

 倒れた相手の傍に近寄って手を差し出した。

「えへへ、ごめんない。ちょっと急いでいたので」

 彼女はその手を取って立ち上がるとパンパンとスカートについたゴミをはたいた。

「本当にごめんなさい……って。ええっ!? 男の子!?」

 自分が手を取っている相手が男だとわかると驚いた様子でぱっと手を離した。

「どうして男の子がここに? 確かうちは女子高のはずだよね? もしかして不審者!」

 警戒した女の子は咄嗟にファイティングポーズを構える。

「違うんだ不審者とかじゃなくてー。なんて言えばいいんだろう……その、ちょっと事情があって」

「事情?」

 思いっきり疑った目で見てくる、女子高に男子生徒がいるんだからこういう反応をするのは間違いじゃない。

「あっ! そうだ急いでたんだった! ごめんなさい私もう行くね」

 僕が次の会話の答えに悩んでいると彼女は走り出す。

 お嬢様の中にもあんな元気な子がいるんだなあ。そんなことを思いながらしばらくその場に立ち尽くした。


 寮に戻ってからは普段着に着替えて自分の時間を過ごす。

 以前、ここは宿直室で先生たちが交代で泊まり込んで緊急事態に備えていたらしい。

 今は新しい宿直室が作られて前からあったこの場所が男子寮へ改装された。

 風呂もシャワーも完備されれいて男の僕がひとりで住むには十分過ぎるくらいだ。

 でも、家とは違ってメイドさんがいないから家事はひとりでやらないといけない。

 今日は初日だったけど定期的に神崎さんに僕からプロジェクトの経過を報告しなければならない。

 このプロジェクトは思っていた以上に重要なものだ。しかも自分が中枢にいるんだから気を引き締めよう。


「今日は色々疲れたなあ」

 クラスで小阪さんという女の子に半ば八つ当たり気味にあれこれ言われたことや帰り際に廊下で会った女の子の事。

 そういえばあの子は誰だったんだろう? 同じクラスの子なんだろうか? 

 女子生徒が多い学園の中で僕はこれからも生活をしてかないといけない。

 学園の女の子と恋愛をするっていうのが目的だけど正直それどころじゃなかった……。

 一日でへとへとになるくらいの疲れを感じる。

 風呂から上がってベッドに横になるとあっという間に眠りに落ちた。

 おやすみなさい。

 けれどこの時はこれからもっと大変な生活が待っているなんて思いもしなかった。

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