この記録のなかでこれより述べられていく一連の出来事を本格的に語りはじめるより前に、いくらかの説明が求められる事項について付記しておく必要があろう。

 主題となる出来事の起こった場所は、先述したとおりソロキドスという国である。これがどのような国であるかを率直に述べるならば、貧しさと不信感に支配され、発展には遠く及ばない無秩序と混乱に満ちた光景が続く場所だと言わねばならない。もともと存在していた帝政が崩壊を見たのちにも国民に豊かさは訪れず、代わりに決着のつかない派閥争いと軍閥の成長をもたらした。ここで言う派閥争いとは、思想の異なる勢力同士の武力による争いも含む対立であり、その派閥は主にサトレビル派、フェダートム派、エクサケプス派の三つの勢力に大別することができる。それらの勢力がソロキドスの政権や支配地域を巡って起こしたのが、"ソロキドス戦争"もしくは"東西内戦"と呼ばれる、先述の出来事の約二ヶ月前に終結した戦争であった。

 春に勃発したこの内戦は約半年ほど続き、その間に約十五万七千人という犠牲者を出しながら、かつて自由化と民主化を目指していたサトレビル派政府の高官らが暗殺され、エクサケプス派の組織オクトリタズによる独裁政権が発足して終戦となったのである。これは戦前のソロキドスの総人口が約五百六十三万人だったことを鑑みると、過去にこれほど大規模な戦争はほかになかったと言えるが、しかし、その後に訪れたのは民族の差別と虐殺が蔓延る恐怖の支配であり、それが平時と呼ぶにはあまりにも似つかわしくない時代の始まりに過ぎないことは誰の目にも明らかだった。

 そして事実、内戦後にも死者は後を絶たず、言うまでもなくそうした死者は、常にある特定の民族やそう見做された者、あるいは極端な貧困に喘ぎ苦しんだ者、そして「新政府」に対して反抗的な者たちであった。この記述のなかで描かれるソロキドスという国が、もし窮屈かつ不自由で、閉塞的で退屈な国に見えるとしたら、つまりそれは記述が正確であることを示しているに過ぎない。

 そのほかの光景については、空が晴れた日には肌を焼きつけるような日差し、代わり映えのしない四角が連なる家々、人の手の入っていない荒蕪の自然と、見まわす限り続く漫然と人が生活することだけを機能させている街だといえる。自然の雄大さの中に存在するという意味においては、この街も確かに一定の情緒が認められるのであろうが、それがほかの街で得られるものに比していっそう感慨深いとか、甚大であるとかいうことはない。つまるところ、世界のどこにでもある街々のそれと異なるものを見出そうとするなら、それなりの時間を要するということである。

 ここまで記せば、この記録の主題をなす出来事が起きた場所であるソロキドスという国について、想像するのにはじゅうぶんであろう。そろそろ、ここで示すところの"主題"へ入っていくことにしよう……

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