第33話 ラーレン領8
湖を渡り、陸地に戻るとそこには領民が勢揃いしていた。
皆アイシェの無事を心配していたのだろうか。
丁度いい。
ここにあの領主を呼んで、これまでの悪行をばら撒いてやる。
しかし、領民の様子がおかしい。
まるで、怒っているかのようだ。
「来たぞ!皆あの悪魔を追い払え!」
「さっさとされこの悪魔!」
「騙そうってたってそうはいかないぞ!」
「領主様を陥れるなんて最低!」
何を言っているんだこいつらは……
悪魔?
私のことを言っているのか?
「皆の衆、もういい……おい貴様ら、貴様の魂胆はバレている。観念してこの領から直ちに立ち去れぃ!」
「何を……何を言っているんだ貴様らは!?」
「黙れ、悪魔をこの領に放っただけでなく、悪魔に加担して俺たちの魂を奪おうだなんて、人としてどうなんだ!!」
「今まで犠牲になった子供たちに償え!」
領民はさっきから意味のわからないことを次々と口にしている。
ーーー
1時間前
わしは今馬車の乗車席で放置されている。
くそ、あのガキ共め。
よくも領主であるわしの顔を杖で殴ってくれたな。
しかし、私の所業がバレるとは思いもせんだった。
馬車なんか出すんじゃなかった。
さっさと目的地に置いて行きたいという思いが仇となった。
このままでは領主の地位が危うい。
領主剥奪どころか、王国の牢にぶち込まれるかもしれん。
まず、あいつらは一体誰なんだ?
見たところかなり若い。
勇者ではないだろう。
冒険者か?
ん、まて冒険者だと。
勇者でもないただの冒険者が身勝手な正義感を出して首を突っ込んできたのか?
これはまだやりようがある……
幸い、あいつらはわしに危害を加えてきた。
勇者でもないあいつらと、今まで領地の安寧を保ってきた領主、どちらが信用されるかなんて比べるまでもない。
よし、あいつらがアイシェを見つける前に領民に言いふらさなければ。
ー--
「領主様、どうしたのですかそのお姿!?」
いいぞ、よくぞ聞いてくれた。
「わしらは騙されていた……お主、領民を出来るだけ集めてくれ」
実際に痛いのだが、より悲惨さをアピールしつつ言った。
効果は抜群だろう。
「え、あ、はい! 直ちに!」
よしいいぞ。
ただでさえこの領は小さいため、情報が伝わるのが早い。
そして大怪我を負ったわしの姿を見たら急いで情報を広めてくれるだろう。
10分程経った頃、ちらほらとわしの前に領民が集まる。
想像より早い。
日頃から領民の前ではいい顔をしていた甲斐があった。
「今いるものだけでいい、聞いてくれ。見ての通り、わしは、いやわし達はあの若者たちに騙されていた。あの若者達はあろうことか悪魔と契約しており、アイシェを奪うことによってわしらの魂を回収する様仕向けていたんじゃ。そして今朝、領地を出るふりをしてアイシェを回収しにきたんじゃ。じゃが、わしの良心で次の目的地へと送ろうとした為、やむなく馬車に乗ったが、やっぱり計画を遂行させるために馬車を乗っ取り戻ってきたということじゃ。つまりぬまとこさまを乗っ取っている悪魔は生きておる。はやくあの若者をここから出して、悪魔にアイシェを捧げなければ、わしらの命はない!」
はあはあ、咄嗟に考えた嘘じゃが、まあまあできた話だろう。
この純粋バカ共は怒りに満ちておる。
成功じゃ。
これであのクソガキ共が何を言っても信じぬだろうよ。
「なんて酷いことを……」
「領主様に怪我を負わせるなんて」
「とっ捕まえてリンチにしようぞ」
「いいな! そうしなければ気が済まん!」
いいぞ。
反応は上々。
これでわしの安寧は保たれる。
さて、今日はどの子で遊ぼうか。
アイシェはもう心が死んでおって気持ちよくない。
ローリエはいい声で叫んでくれる。
わしはあの悲痛な声を聞くのが大好きなんじゃ。
最近仕入れたエリンもいいな。
やっぱり小さければ小さいほど気持ちがいい。
いや、今日はナツの気分だ。
いや、今日は気分がいい。
全員まとめてやろうかの!
がっはっはっはー!!
ーーー
せっかくアイシェを助けたと思ったのになんだこの仕打ちは。
フォーリンはその小さなこぶしを震わせ俯いている。
おそらく領主の仕業だろう。
何か適当な嘘をついて領民を騙している。
今、領主の裏の顔を言っても誰も信じてくれないだろう。
だからフォーリンも口を出さない。
「この魔女め!」
ガン!
領民が投げた石がフォーリンの頭に当たる。
フォーリンの額に血が流れる。
思わず投げたやつを切り捨てようと剣を半分ほど抜いてしまった。
しかしフォーリンは動かない。
「フォーリン……」
「レイク様、行きましょう」
「あぁ」
フォーリンが魔力障壁を展開する。
そしてそのまま堂々と領民の中を割り、馬車のある方へ向かう。
馬車はあの領主のものだが、この際もういいだろう。
歩いている間、石が沢山飛んできた。
しかしそれら全ては魔力障壁によって弾かれる。
「レイク様、どうしてこうなったんでしょうか?」
その声は震えていた。
気持ちは痛いほどわかる。
私だって現在自分でも信じられないほど大きな怒りが体の中を駆け巡っている。
しかしそれを出さないのはフォーリンが堪えているからだ。
それと今手を出せば、捕まるのは私達だ。
それがわかっているからフォーリンは堪えているのだろう。
「私に最初に石をぶつけた人、昨日一緒にお酒を飲んだ人です。とても気さくな方でした」
「……」
「ですが、さっき私のことを殺意の目で見てきました……」
「……」
「私に……」
「フォーリン!」
名前を呼ぶとびっくりしたのかフォーリンの肩が跳ねた。
そしてその綺麗な瞳から大粒の涙が溢れ出てきた。
「フォーリン、私達は良い行いをした。ただ、それがあいつらにはわからなかっただけなんだ。わからせるだけの説得力がなかったんだ。だから気にするな」
「うっ……はい……」
そうして馬車乗り場まで来た。
幸い、領民は誰もついてきていない。
何もやり返さない私達には警戒しているのか、はたまた領主が近づかせまいと止めているのかは定かではないが好都合だ。
そのまま領主の馬車をいただいて次の領地ブレイブ領へと向かう。
この馬車は古いのか魔物避けの魔法が消えかかっていた為、フォーリンが掛け直した。
そしてフォーリンの操作のもとラーレン領を出た。
ー--
とても順調だ。
魔法の効果が絶大で、魔物が一体たりとも現れない。
しかし移動は長く感じる。
魔物との戦闘がないのもあるが、いつもはうるさいフォーリンが一言も喋らない。
まだ気にしているのだろう。
たまには私の方から話を振るか。
「フォーリン、ニーナはお前から見てどうだった?」
「……」
しかし、返答がない。
せっかく元気付けようと声をかけたのに無視とは……
ちょっと傷ついた。
「すみません、その集中しているので話かけないでください」
ぬ……
辛いのはわかるが私に当たらなくてもいいだろう!
もういい、私から話しかけるなんてもうしない。
それから30分近く経った。
馬の速度はだんだんと速くなり、フォーリンが急いでいるのがわかる。
というか顔が必死すぎないか?
「お、おいフォーリン、ちょっと速すぎないか?」
「すすすすみません。レイク様、この馬言うこと聞いてくれません!!!」
「何だって!?」
そうして馬の気の向くまま私達は移動し続ける。
そして見えてきた街へと暴走馬が走り出す。
このままだと街の住民に被害が及ぶ!
「フォーリン、魔法でどうにかできないか!?」
「無理です! レイク様こそお得意の剣技で何かできませんか!?」
「それこそ無理だ! やばい、入るぞ!」
無理だと思ったその瞬間、急に馬が飛んだ。
いや違う、浮いた?
いや、私達も浮いている?
「危ないじゃないか! もう少しで街の住民に被害が及ぶところだったよ」
上から声が聞こえる。
上を見るとそこには、紫の派手なコートを着た女性が上から私たちを見下ろしていた。
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